テンペスト
ジルファはすぐさま上空の一点から、自身の周囲へと意識を切り替えた。
「壁となれ、《テンペスト》」
その瞬間、その場にいる全員を守るように一気に竜巻が発生する。それは風の壁となって魔剣を防いでいく。いくら爆発が起きようと、それすらも風は吹き飛ばしていた。
ジルファはひとまず安全を確認すると、ほっと一息ついた。
「これでよし。さてと、ここからどうするか」
外から鈍く響く爆発音がいまだに続いている。完全に閉じこもっている今は、外の様子が分かりづらいが、先ほどよりも壁は安定している。
それに《テンペスト》の維持に使う魔力は有り余っている。一時間このままでも問題はない。
ジルファは振り返ると、唖然としている騎士たちがいた。その様子を見て、人間らしい反応にジルファは苦笑した。
「しばらくはこのままでも安全だと思いますよ」
そう言うと、何人かは我に返り顔を見合わせる。そんな騎士たちの中から一人風格のある男が出てきた。
「助力に感謝する。私はベルリンデ王国軍騎士団団長のラルク・シスマだ。貴殿の名を伺おう」
「僕はジルファ・クウェールと言います。詳しい話は後程。聞きたいことがあれば、その時にでも」
「あぁ、そうだな」
ジルファはラルクのことを《真理眼》で覗こうとしたが、すぐにやめた。それで何かを察知されれば、たださえ微妙な関係が悪くなる。
それに《真理眼》で見える物は今は必要ない。
「君は今、このままでも安全と言ったが、具体的にはどの程度なのだ?」
「あぁ、それは確かに不親切でしたね。えっと、このまま状況が変わらなければ一時間は維持できます。それくらいになれば、おそらく向こうも限界でしょう」
ジルファはそう言ってはみたが、今回の襲撃が誰かを殺すことを目的としているのなら、一時間もの長い時間留まって仕留めようとするとは考えにくかった。
(これくらい無茶苦茶な相手なわけだし、暗殺が今回が初めてじゃないだろうし。逃げられる前に、一発くらい返したいな)
下界に降りての初戦闘が負けで終わるのはどうにも我慢ならないのだ。
「そちらは何かこの状況でできることはありますか?まぁ、この状況を作り出した僕が言うのも何ですが、身動きが取りづらいですけど」
そう言いながら、ジルファは自分たちを覆い囲む竜巻を見回した。
その様子を見て、ラルクも同意見なのか、悩んでいる表情だ。
確かに竜巻の中に入るなどと言う経験はそうそうない。そんな状況では弓や剣は使えない。ジルファがラルクを含める騎士たちから感じる魔力では、竜巻の中から一キロ以上離れた相手に攻撃できるとは思えない。
「でしたら、あちらに倒れている人たちの手当てなどをして、あとは魔剣が突破してきてしまった時のために警戒をしていてください。僕はちょっとやり返しますので」
ジルファの言葉にラルクは渋々といった様子で頷き、周囲の騎士たちへ指示を出し始めた。
それは堂々とした立ち居振る舞いで、任せても大丈夫だとジルファは思った。
そして、一つ伸びをして敵の方向へと向き直り、《真理眼》を発動する。
「よし、なら行こうか。こんな初戦闘にしてくれたお礼をしないとね」
《真理眼》で敵の姿を捉えると、ジルファは魔力を一気に解放する。
「穿て、《テンペスト》!」
竜巻を維持したまま、外に新たに細い竜巻を出現させる。それはまるで槍のように敵へと向かって行く。
しかし、敵はすぐに魔剣をいくつも放ち、爆発を連発することで竜巻を打ち消す。
「《これで終わりじゃない》」
その言葉とともに、再び竜巻が出現する。しかも今度は五つ。それらが一気に敵へと向かう。
これにはさすがに敵も攻撃から防御へと移らざるを得ないのか、竜巻を迎撃する大量の魔剣と引き換えに、ジルファたちを守る竜巻への攻撃が止んだ。
「力押しで悪いけど、《ガンガン行くよ》」
竜巻が全て迎撃されるのと同時に、新たに十の竜巻を出して攻撃する。さらに、今度は固まらずに広く分かれて竜巻が進む。
ローブを深く被っていて顔は良く見えないが、辛うじて見える口元で唇を噛んで悔しそうにしているのが分かった。
「《次》!」
迎撃される前に竜巻を次々と攻撃する。やっていることは敵がやっていたことと同じだ。だが、敵は土を変化させて剣として固定し、火属性の魔力も込めなくてはならない。
それに対して、ジルファはただ単にそこら辺にある空気に渦を巻かせて竜巻を作っているだけだ。作る速さではジルファの方が早い。
たとえ相手にストックがあったとしても、直に敵はジルファの攻撃に追い付けなくなる。
実際に段々とジルファの攻撃が押し始め、敵の迎撃場所が敵へと近づいていく。
敵は迎撃するので手一杯だ。それに対して、ジルファは攻撃の他にも防壁の維持もしているが、まだ余裕がある。
だからこそ、容赦なく行く。
「圧し潰せ、《テンペスト》」
そう言い、ジルファは右手を振り下ろす。
すると、竜巻を迎撃する敵のはるか上空で風が渦巻き、雲が渦の形に変わっていく。
「《これで終わり》」
その言葉で渦は一気に大きくなり、竜巻が上空から敵へと落ちていく。それは先ほどまでのとは威力が桁違い。
しかも、気付くのが遅く、回避が間に合うタイミングではない。出来たのはできるだけ多くの魔剣で迎撃して速度を落とすくらい。
それでも逃げるだけの時間は作れず、最後には呆然と立つ敵の姿を《真理眼》が捉えた。
(これで決まっ!?)
しかし、ジルファが勝利を確信した直後に、竜巻が縦に割れ、さらに向こうの雲すら切って散らした。切られた衝撃で竜巻から解放された風が吹き荒れる。
その光景を見て、ジルファは驚きのあまり言葉を失った。
自分の空間に入っていれば今見たことは簡単にできるが、今すぐにできるかと言われれば無理、とジルファは答えるだろう。それほどまでにあり得ない。
今の斬撃がただ単に竜巻を切り、雲を切っただけの強力な斬撃なら大したことはない。
しかし、今のはそんな単純なものではなかった。《真理眼》で見ていたジルファは理解できてしまった。
(今、空間を切ったのか!?)
それをしたのは今まで戦っていた敵ではない。竜巻で押しつぶす直前、突然現れた一人の男がやったのだ。
(《真理眼》で見た感じだと、《空間転移》だった。そして空間を切ったことと合わせると、《空間魔術》、もしかしたら《次元魔術》を持っているかもしれない。千年前でもここまでのことができた人間はいなかったはずなんだけど。すご過ぎでしょ)
そう思っていると、男が魔剣使いを連れて消えるのが見えた。これを追うのは今ジルファには無理だ。
それに、どうしても深追いしなければいけないわけではないため、ジルファは諦めて《真理眼》を解除し、維持していた防壁を霧散させた。
突如自分たちを守っていた竜巻が消えたことに驚く騎士たちだったが、戦闘が終わったことをすぐに察したようだった。
ジルファは見まわしてラルクを探すと、先ほどまで気絶していた人たちの所にいるのを見つけた。
向こうもこちらに気付いたようで、すぐにジルファの元へと来た。
「ジルファ殿、終わったのか?」
そう言われ、ジルファは肩を竦めた。
「一応終わりました。邪魔が入って一発入れることはできませんでしたが。あれさえなければスッキリしたんですけど。まぁ、向こうからすれば僕が邪魔に入ったことになるんでお互い様なんですが……」
「そ、そうか。だが、こちらの被害は大したことはなかった。それだけでも上出来だとは思うが」
「あぁ、気絶していた人たちは大丈夫だったんですか?」
先ほどからジルファの方を見ている三人が、先ほど見た気絶している人たちだろう。一人は年老いた男だが、あとの二人はまだ十代半ばほどの少女たちだ。
三人ともパッと見た感じでは特に目立った傷はない。
「問題はなかった。しばらくすれば完全に良くなるだろう」
「そうですか。それは良かったです」
戦いは不完全燃焼だったが、結果としては最低限のことはできたということだ。良かったのは事実だろう。
そうジルファは自分に言い聞かせて納得した。
「それで、だ。話を後で聞けるということだったな?」
「え?まぁ、確かにそう言いましたね」
「ところで、君は王都へ向かうのか?」
ジルファは少し考えた。
元々下界に降りたばかりで状況が激しく変化しすぎてあまり考えていなかったが、ここはこのまま王都に入る方が賢明だろう。せっかく近くにあるのだから、寄らない手はなかった。
「はい。そのつもりですが、もしかして皆さんも?」
「あぁ、そうだ。そこで提案なのだが、我々と共に来ないか?あちらの方々の許可は取ってあるからそこは心配する必要はない」
ここまで言われれば、ジルファは断ることはできない。もっとも、初めから断る気もなかったわけだが。
「あとで話をすると言った手前、断るわけにはいきませんね。お言葉に甘えまして、同行させていただきます」
「そうか。なら早速馬車に乗ろう」
そう言ってラルクはジルファを急かす。どうしてそこまで急ぐのかとジルファは少し疑問に思ったが、目をキラキラとさせて興味津々と言った様子のラルクを見て察した。
(疑いよりも好奇心の方が強いのか。まぁ、完全に気を許したって感じではなさそうだけど)
表向きただ話が聞きたい風にしているが、それでも警戒を怠っていないのが感じ取れた。
(まぁ、警戒されても特に何かするつもりはないから関係ないか)
ジルファは考えすぎないように頭から追い出し、促されるままに馬車へと向かう。
倒されていた物を起こして、三人はもう乗り込んだようで、そのままジルファも乗ることとなった。
乗り物は千年ぶりなので、少し緊張しながら中に入ると、先ほどの三人が一列に並んでいた。
その中の一人の赤髪の少女が強くジルファを睨んでおり、その一方で金髪の少女はジルファを見て驚いたような表情をしていた。
少し面倒そうだな、と内心で思いながらもそれは表に出さぬようにして、ジルファは三人の正面に腰を下ろす。その隣に後から入ってきたラルクが座り、馬車の戸が閉められた。
(あぁ、まるで尋問のようだ)
今さらながらジルファはそう思った。