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付与術士の再世界  作者: 二一京日
一章 王立学院入学
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プロローグ~女神からの依頼~

 黒髪の少年は星が煌めく荒野で、無数の影と対峙する。その影たちは辛うじて人型を取っているが、その姿は揺らめいている。

 少年はそれらの影を見て呟く。


「久々の侵攻だけど、今回は少し数が多いかな。ざっと、十万と少しと言ったところかな」


 少年は一つ深呼吸をして、影たちに向かって歩き出す。影も少年へと動き出す。より正確に言うのなら、少年の背後へ向けて、だ。

 影たちは少年の背後にある物を目指している。そのため、少年は影たちを後ろへ行かせるわけにはいかなかった。


「さてと、大掃除と行きますかっと」


 ゆっくりとした歩きから一気に加速し、影たちへと到達すると、一番手前の一体殴る。その影は後ろの影たちを巻き込みながら、百メートル以上もの距離を転がっていった。


 少年はそのまま自身に集まってくる影を次々と倒していく。一撃で後ろの影たちもまとめて倒せているので、処理しきれないということはないが、如何せん数が多すぎる。


 少年は一度下がって影たちから脱すると、言葉を口にする。


「吹き飛ばせ、《テンペスト》」


 一つの巨大な竜巻が正面の影たちへ向けて放たれ、その進路上にいる影を全て吹き飛ばしていく。

 竜巻は地面を抉り、巻き込まれる影たちを引きちぎる。しかし、これだけではない。


「ほらよっと」


 そのまま竜巻を振り回し、前方の影のことごとくを吹き飛ばす。今まで何度もやったことのある使い方だ。

 しかし、影たちが無抵抗に消えていく様は見ていて気持ちが良いが、全体の数から言えばほんの少しだ。


「よし、次。《打ち立てられし杭》」


 今度は影たちが、地面から突き出た無数の杭によって貫かれ、消滅していく。それは少年の視界に映る影全てを対象にする。

 だが、少年に見えているのは前方の一部だ。影たちは消滅していく仲間を気にすることなく、ひたすらに前に進む。


 少年は再び《打ち立てられし杭》を発動させ、進んでくるたびに消滅させていく。突き出た杭も、影が消滅するたびに消滅させていく。そうしなければ、杭が壁となって影たちが見えなくなってしまう。


 これらの影たちに意思はなく、ただ少年の背後にある物を目指しているだけであるため、前に進むだけだ。そのため、このまま続けば、時間がかかっても確実に終わる。


 むしろ、ここからさらに攻めることで隙ができる可能性を考えると、無理をする必要はない。


「確かに、無理はしなくてもいいんだけど……何だか嫌な予感がするんだよねぇ」


 少年は首筋がチリチリとする感覚を覚えながらも、その理由に心当たりがなく、ただ淡々と影たちを消滅させ続けるしかない。


 順調に事が進んでいる中で、そのまま物事が良い方向で進まないことはよくある。しかも、嫌な予感がしている時は特に上手くいかない。そのことは、少年が長く生きてきた中で理解している。

 理解しているのだが。


「あら、お仕事中でしたか」


(規格外の突然をどうやって回避しろと?)


 少年は肩を竦めながら振り返る。


「見ての通りですよ。そちらはどのような御用ですか?」


 空間に穴を開けて無理矢理侵入してきたその女性、女神セリーヌは、頬に手を当てて微笑んだ。


「実は大事な用事があるのですが……その様子ではしばらく時間がかかりそうですね」


 もはや影たちを殺す作業となっている様を見て、セリーヌは少年に言う。


「では、あなたの空間で待っていますから、終わったらすぐに来てくださいね」


「分かりました。少し時間はかかるかと思いますが」


「はい。気を短くして待っていますね」


「分かり……あれ?今、絶対、気を長くして、と言いましたよね?」


「ふふ、自分の記憶から確かめてはいかがですか?」


 セリーヌは曖昧に答えて踵を返すと、来たときと同じように難なく空間に穴を開けて出て行った。


 一方、遠回しの文句を流された少年は、ガックリと項垂れ、安全策の《打ち立てられし杭》を解除する。

 障害がなくなったことで、またしても進み始めた影たちを横目に見て、少年は面倒臭げに頭を掻く。


「早急に終わらせないと、どんなことをされるか分からないしなぁ。かと言って、こいつらを一体たりとも後ろに行かせるわけにはいかないわけで……」


 影たちの動きはそこまで早くないため、少年の所まで来るにはまだ少し余裕がある。

 その余裕の中で少年は考えを巡らし、一番手っ取り早く済む方法を考える。


 思いつくのは、早く終わるものの、力技過ぎてあまり使いたくない方法だ。

 しかし、少年は仕方がないと思いながら、右手を空へ向ける。


「まぁ、安直に《星落とし》でいいか」


 そして、少年はその右手を振り下ろした。


 その後、その荒野では大規模の爆発が起き、影だけでなく、周囲数キロにわたって地面が抉れるという悲惨な状況となった。


 少年はその様子を見て、影が全滅したことだけを確認すると、他のことは見なかったことにして自分の空間へと戻った。

 本当の戦いは、もしかしたらこれからかもしれない、とひそかに思いながら。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あ、戻ってきましたね。待ちくたびれちゃいましたよ」


 椅子に深く腰掛け、優雅にゆったりと過ごしている様子から、本当に長く待っていたように思えるが、実際は違う。少年はセリーヌに言われてから五分と立たずに戻ってきている。そんなに待っているわけがない。

 しかも、神の時間間隔は人とは違う。人間にとっての百年ですら、つい最近と言えてしまうほどだ。五分程度が待ったうちに入らないことを、少年は知っている。

 だが、それでも少年はセリーヌに強く言うことはできない。


 女神セリーヌは、世界名ユーレシアを創造した唯一神だ。ユーレシアの基礎を作った彼女は、そこに暮らす人々にとっては崇められる対象である。

 そのため、元ユーレシアの人間である少年は、セリーヌへの感謝があり、彼女の少しくらいの我儘なら、ちょっとしたお茶目として受け入れるのだ。


「遅れてすみません」


 そう言って少年はセリーヌの対面に腰を下ろす。

 そんな少年の張り合いの無い態度に、セリーヌは少しムッとする。


「もう少し何か言い様があると思うんですけど。思うんですけど!」


「それを言われましてもー」


「性分なんでしょう?私に対してはいつもそうなんですよね。他の子にはそうでもないのに」


 セリーヌの言葉に、少年は困ったような表情をする。

 少年はもうずっと前から、話し相手はセリーヌしかいない。そのため、他の子と言われてもピンと来ないのだ。


「……まぁ、いいです。いつまでも言っていても仕方ないですからね。本題の方がよっぽど重要です」


 なら、どうしてその話をした、と少年は考えそうになったが、必死に押しとどめた。些細な表情の変化で察知されることもあり、そうなると後が怖いからだ。

 ここは話しを進めるに限る。


「本題、とは何でしょう?」


 セリーヌは真剣な表情になり、少年を真っ直ぐに見据える。


「……最近、影の侵攻が増えていることは知っていますよね?」


「対処しているのが僕ですからね。確かに感じていましたよ。もしかして、そろそろですか?」


「はい。その通りです。千年前にあなたたちが封じた邪神が、もうすぐ復活しようとしています」


「…………そうですか……」


 予想していたこととはいえ、セリーヌにはっきりと言われた少年は、顔が強張るのを感じた。


 千年前に多くの犠牲を出してやっと封じた邪神。その封印がいつか解けることは分かっていたが、実際にその時が来たと思うと、当時の時のことを思い出す。

 あの時と同じようなことが、今回も起きようとしているのだ。


「あの時は封印することしかできませんでしたが、私は今度こそ倒してもらいたいと思っています」


「……そのための力は付けてきたつもりです」


「はい。ですが、私が望んでいることは、あなたが一人で邪神を倒すことではありません。それを私は、ユーレシアを創った神として認めるわけにはいきません」


「でしょうね。もう千年の付き合いです。それくらいは分かっているつもりです」


 女神としてのセリーヌは慈悲深く、人々のことを思いやり、人々の判断を尊重する神である。しかし、それは同時に人々が世界が滅ぶべきと判断すれば、それを尊重するということだ。

 もちろん、セリーヌはユーレシアを滅ぼしたいわけではないのだが、邪神に関しては勝手が違う。


 邪神は人の悪意によって作られた人工の神だ。それはつまり、邪神自体が少なからず人々の意思によって作られているということ。それをセリーヌは無視することはできない。

 イレギュラーな事態であることは分かっていても、自分の信念を曲げることはできない。


 そこで少年の出番だ。

 少年は今でこそ神の力を持っているが、元は人の身だ。セリーヌの尊重する人々の判断に組み込むことができる。


 とは言え、少年だけの判断でどうにかすることもできない。だからこそ、少年だけで邪神を倒させるわけにはいかないのだ。


「ユーレシアには《使徒》と言う存在がいるのは知っていますね?」


「はい。簡単に言えば、神の力の加護を受けられる人のことですよね?千年前にも何人かいました」


「その《使徒》たちが邪神討伐に加われるようにして欲しいんです。下界では今のままでも《使徒》は十分に強いんですが、さすがに邪神が相手となるとレベルが違うので……」


「つまり、そんな彼らのサポートをしろ、と?」


「そうです。とは言っても、常に日陰に徹しろと言っているわけではありませんよ。最終的に邪神を倒すのも別に構いません。必要なのは、《使徒》たちの意思と、邪神に抵抗できるだけの力なんですから」


「なるほど。そういうことなら、僕は思ったよりも自由にやって良さそうですね」


「はい。信用しているので、現場の判断で好き勝手にやってくれて構いません。ただし、私の裁定に引っ掛からないようにしてくださいね」


「ははは、気を付けます」


 裁定に引っ掛かれば洒落にならないことを分かっている少年は、乾いた笑いを返す。


「でも、まぁ、下界に降りれば僕にできることは大幅に減りますし、戦闘能力も低くなりますから、《使徒》と比べてもそう大した差はないと思いますよ」


「素の状態なら、という但し書きが付きますけどね」


 セリーヌはフッと笑うと、椅子から立ち上がって真剣な表情をする。それを見て、少年も立ち上がる。


「それでは、私の言った通りに《使徒》に強くなってもらえればいいので、それ以外は自由にして構いません。あなたがいれば、自然と刺激されて自分から強くなっていくでしょう?むしろ、そうでなければ意味がないですから」


「そうでしょうね。分かっています」


「下界での立場も気にする必要はありません。あなたのために特別に用意しました。上手く活用してください」


「はい。ありがとうございます」


 セリーヌは一つ深呼吸をすると、最後に言い切る。


「それでは、私の《神格者》ジルファ・クウェール、幸運を。そして、千年ぶりの下界を存分に楽しんできてください」


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