君子危うきに近寄る(参)
そのときボクは、階段を上がっていく工藤さんの後をついて行きながら急に不安になってしまった。
リビングで話しをしているうちに、姉が帰ってくるまでの間にボクの勉強を教えてくれるということになったんだ。
確かにボクと工藤さんはバディーとして二週間一緒に過ごすことになったけれど、それは学校の中に限った話しである。
だから、家で勉強を教えてもらうなんて、甘え過ぎちゃっていないかな?
でも、工藤さんに『勉強、みてあげよっか?』と訊かれたとき、ふと花梨さんのフニャ~っとした締まりのない笑顔が浮かんできたんだ。
花梨さんが鈴木先輩といちゃいちゃするんだったら、ボクだって……あっ、ボクは工藤さんといちゃいちゃする気はない訳だけれど……家で勉強を教えてもらうぐらいはしても良いんじゃないかと思った訳で……
「きゃっ」
「はっ!?」
考え事をして前をよく見ていなかったボクは、ドアの前で振り向いていた工藤さんの胸の膨らみに顔から突っ込んでいた。
石けんの優しい香りがボクを包み込む――なんて考える余裕もなく、ボクは後ずさりした。そして足がもつれてお尻から床に倒れ込むという恥の上塗り。
「はっ、弟くん大丈夫?」
「ううっ、できればこのまま消えて無くなりたいです……」
「はっ、ぜんぜん大丈夫じゃない!?」
慌てた様子でボクをのぞき込む工藤さんの黒髪から、フローラルの香りがふわっと匂ってくる。
火照った顔を誤魔化すように、ボクは慌てて立ち上がった。
「大丈夫になりました!」
「ほんと? 尾てい骨とか打っていないかしら……」
「ひゃうっ」
工藤さんにいきなりお尻を触られて、変な声を上げてしまった。
「ここには神経がたくさん集中していてね、強い衝撃をうけるととても痛いはずなの」
「ほ、本当に大丈夫ですからっ」
「そうなの? なら、安心したわ」
そう言って、クスクス笑う工藤さんは、ボクが胸の膨らみに突っ込んだことなど全然気にしていないみたいだ。
「じゃあ……」
工藤さんがチラッとボクの部屋のドアの方に視線を送った。
「あ、どうぞ中へ入ってください」
「えっ」
切れ長の目が見開かれた。
「女の子を部屋に入れる時って、男の子は慌てて片付けたりとか何かを隠したりとかするもんじゃないの?」
「……そうなんですか?」
ボクらは顔を見合わせて、首を捻る。
「ち……違うのぉおおおおおー!?」
それから、ムンクの叫びの如く、工藤さんは声を上げたんだ。





