策士は溺れない(漆)
生徒会執行部の二本柱である姉と工藤さんの二人が廊下に出て、何やら大事な相談を始めたようなので、生徒会室に残されたメンバーは何となく気まずい雰囲気になっていた。
もう、このもやっとした空気感を変えられるのは、ムードメーカー名取さん以外にいなかった。
「うししっ、ほらほらー、鈴木っちも機嫌を直してカードを引くにゃー! 副会長も待ってくれているんだにゃー!」
「うむ。残るカードは三枚。我ら男衆のうち、誰かが一年の女子とバディーを組むことになるのだ。それは我か? それとも鈴木か? それとも吉岡か? さあ、運命のカードを一斉に引こうぞ!」
ぐいっと前に出たのは三年副会長、佐渡先輩だ。
髪は七三分け、黒縁の厚いメガネをかけ、たらこ唇が特徴的なちょっと不思議な感じの人。
普段はほとんど喋らないようで、生徒会室に来て二度目にして初めてこの人の声を聞いたような気がする。
ちなみに、もう一人のひょろっとした体型の二年庶務、吉岡先輩もメガネをかけている。つまり、生徒会執行部の男子のメガネ着用率は100%なんだ。
「すみません先輩、待たせちゃいましたね。吉岡もすまん!」
「いいんだよ。さあ、鈴木はどのカードを取る?」
吉岡先輩は、マッシュルームカットの髪を触りながら微笑んだ。
「よし、俺はこれを!」
「じゃ、僕はこれを!」
「なら、我はこれだな」
男三人組は、笑顔を交わし合う。
「我が鈴木とバディーとなりし暁には、インターバル勉強法の極意を伝授しよう」
「僕が鈴木とバディーになれたら、……う~ん、いつも通り仲良く勉強しよう」
「佐渡先輩、吉岡……」
鈴木先輩は、感無量という感じで涙ぐんでいる。
ちょっとボクには何が起きているのか分からないのだけれど、きっとこれが男の友情ってものなのだろう。
三人が同時に引いたカードの表は、佐渡副会長が【♠J】で、吉岡先輩が【♡J】で――
佐渡副会長と吉岡先輩は眉根を下げて鈴木先輩から目を逸らした。
またしても外れくじを引かされた形となった鈴木先輩は、床に膝を付いてがっくりとうな垂れてしまった。
ん? ちょっと待って……
鈴木先輩が【♡K】を引いたと言うことは……
ボクが気付いたときにはすでに、先程までボクの隣にいたはずの花梨さんが、鰹節を見つけた猫のように、とことこと鈴木先輩にすり寄っていく最中だった。
「せーんぱい! よろしくおねがいします!」
ニッと笑って白い歯を見せているけど……
ねえ、よく見ると口元からよだれが垂れてない?
まあ、ボクの位置からは花梨さんの後ろ姿しかみえないんだけどさー!
「ぐすっ……ごめんよぉー鮫嶋さん……俺みたいな奴とバディーだなんてぇ……」
すっかり弱気になってしまった鈴木先輩には、ツンツン頭でご機嫌な司会をやっていた新入生歓迎会のときの面影はまったく残っていない。
でも、空気を読まない花梨さんは、ぐいぐい攻めていくのだ。
「えー、なんでそんなこと言うんですか? カリンは先輩と組めて嬉しいですよ?」
「……ほ、本当に?」
「もちろん、本当ですよ。カリンは鈴木先輩と出会うために星埜守学園に来たといっても過言ではありませんよ?」
いや、それは過言だよね? ボクは頭の中でツッコんだ。でも……
鈴木先輩は新入生歓迎会の時とは一転して、今や銀縁のスタイリッシュなメガネをかけ、鼻筋の通った整った顔つきとも相まって、勉強のできるイケメン眼鏡男子なのだ。
先程からの行動を見るに、やや情緒不安定なところがあるみたいだけれど、もしかしたら女子から見ると『母性本能をくすぐられる』タイプともいえるかもしれない。
とどのつまり、鈴木先輩はイケメンな彼氏を募集中の花梨さんのお眼鏡に適う相手なのである。
少し気分を持ち直した様子の鈴木先輩は、ホコリの付いたズボンの膝を手で払いながら立ち上がる。
鈴木先輩の身長は170センチぐらいで、決して男子としては高身長とはいえないけれど、花梨さんと比べれば頭一つ分は高い。そんな鈴木先輩は、花梨さんにじっと見つめられて少し照れた表情を浮かべている。
生徒会のムードメーカー名取さんも、さすがにこういう雰囲気には慣れていないらしく、目のやり場に困っている様子。
佐渡副会長と吉岡先輩は、額から汗をにじませ、二人同時に眼鏡を人差し指でクイッと押し上げた。
そんなタイミングで、ドアがガラッと開き、姉と工藤さんが生徒会室へ戻ってきた。
花梨さんはパッと顔を向けて、
「あ、かいちょー! カリンは鈴木先輩とペアになりました!」
と無邪気な笑顔で言った。
カードを引く前は、姉とバディーを組みたいとあれだけ騒いでいた人と同一人物とは思えないぐらいの笑顔である。
「あら、良かったわね二人とも」
「はい!」
和やかに応じる姉に、キラキラ笑顔で返事する花梨さん。しかし、その隣に立つ鈴木先輩は急に曇った表情に変わり、鼻息を荒くし始めていた。
「よ、良かった? 会長、それ俺に対しても言っているんですか?」
キッと険しい顔を姉に向ける鈴木先輩。
「あ、……んーと、ほ、ほら! 後輩に良いところを見せるチャンスでしょう?」
めずらしく、しどろもどろで答える姉。
「……そうっすね。会長の気持ちは分かりました! もう俺、ヤケになったっす! そっちがその気なら、俺は可愛い後輩と一緒にどこまでも突っ走ってやりますよ!」
「か、可愛い!? やったー! センパイだけですよー、カリンのこのカワユサに気づいてくれたのはっ。やったー! 鈴木センパイさいこー!」
鈴木先輩に可愛いと言われて、花梨さんはぴょんぴょん跳ねて喜んでいたけれど、十回跳ねたころでガンと机に腰をぶつけ、お腹を抱えてうずくまってしまった。
「そうさ、俺は最高なんだ……くっ」
ドンと机に肘をつけて、うずくまる花梨さんを上から覗き込むような姿勢をとる鈴木先輩。
ねえこれ、壁ドンの変形バージョンみたいなシチュエーションになっていない?
「大丈夫? 鮫嶋さん」
「ううっ、なんとか堪えていますよぅー」
「そ。耐えられるならよかった。ねえ、俺たちバディーになったんだからさ、鮫嶋さんのやりたいこと、何でも言ってよ。俺、何でもやってあげるよ!」
「へっ? な、なんでも?」
おどろいた表情で花梨さんが上を向く。
鈴木先輩は表情をピクリとも変えない。
何だか不穏な空気が生徒会室を覆い始めていた。
およそ1ヶ月ぶりの更新となりました。
じつは、この一ヶ月間は新作の執筆にかかりきりになっていました。
ご興味のある方は、ぜひそちらも読んでみてください。
(PVがぜんせん伸びずに凹んでいます…)
『新米教師ユリカの四十九日間戦争』https://ncode.syosetu.com/n3518gf/
ぜひぜひおいでくださ~い!





