策士は溺れない(陸)
ボクにウインクした工藤さんの隣で、姉が固まっていた。
自分のカードをじっと見つめたまま、石像になる呪いをかけられたお姫様のように動かない。
「そっかー、ショタ君はセンパイとかー。良かったね、いろいろ教えてもらえるじゃん!」
花梨さんはボクの背中をぽんぽんと叩きながら、屈託のない笑顔を向けてくる。彼女は姉とペアを組むことが叶わずにがっかりしていたはずなのに、もう立ち直っている。すごいなぁ……
「うひひっ、キミらもカードを引くんだにゃー! と・く・に、鈴木っちにとってはこれがラストチャンスになるかもねー、うひひっ」
生徒会のムードメーカー名取さんは、残りの男子メンバーに謎の言葉を投げかけながら、残りのカードの四枚のうちの一枚を引く。
鈴木先輩は、ハッとした表情で立ち上がる。
「わおっ、【♠A】だ! ヤッター! うちはかいちょーと結ばれたにゃー!」
「んんッ―― あ、そうなの、うん、これからよろしくね」
名取さんに抱きつかれてハッと封印が解けたお姫様は、少し困った顔をしながら愛想笑いを浮かべた。
それと同時にガタンと音がして、振り向くと鈴木先輩が床に膝をついていた。
「あっちゃー、ごめんごめん鈴木っち! 運にも見放されたにゃー、うししっ」
床に手をついたままうな垂れている鈴木先輩に、名取先輩が笑いながら手を合わせて謝っている。
うーん、何がどうなっているのか、部外者のボクにはさっぱり分からないや。
そんな騒動に気を取られているうちに、
「ちょっと美紀さん、話しがあるからこちらへ――」
と言いながら、やや強引な感じで工藤さんの腕を引っぱって、姉は生徒会室から出て行ってしまったのである。
▽
廊下へ出ると、通りかかりの女生徒に会釈され、私たちはいつものスマイルで応える。
私たちはミス星埜守のグランプリと準グランプリの二人なのだから、イメージを保つ義務があるのだ。
どんなことがあってもね。
「ねえカエデ……手が痛いわ。そろそろ離してよ」
「あ……」
美紀さんに言われて初めて、自分が必要以上に彼女の手を握りしめていたことに気付く。
いつ振りだろうか……ここまで感情を表に出してしまったのは……
「もう単刀直入に訊くわ! 美紀さんあなた、謀ったわね!」
自分でも強引な訊き方だと分かっている。いくら単刀でも実体のないものには刺さらない。ただ虚しく空を切るだけ。でも、もしそこに実体があるのなら――
「あら、なんの変哲もないカードを選ぶだけのただのあそびだというのに、この私が謀り事を企てる余地もないでしょう? カエデが出したあれは、なんの変哲もないただのカードだったんだよね?」
「うっ――」
私は言葉を飲み込んだ。
意外にもあっさりと食い付いてきたからだ。
本当に素直な子。
美紀さんはあれが手品用のトランプだということに気付いてしまったのだろう。
裏の絵柄を良く見れば、表のマークと数字が読み取ることができる特殊なトランプだということに――
でも、よく考えたら少し変ね。
あのとき私は祥ちゃんが引いたカードとペアになるカードをちゃんと引いたのだ。
それなのにそのカードは別の物だった――
分からない。
どうしてそんな現象が起きてしまったのか。
そもそもの話し、美紀さんが私を差し置いて、祥ちゃんとペアになるカードをわざと引こうとする理由の見当がつかない。
親友の私を裏切ってまで、美紀さんが何かを企んでいるとでもいうの?
ううん、それはない。
十二年間学年トップの座を守り続けてきた私の明晰な頭脳がそう告げていた。
でも――
「ご、ごめんなさい美紀さん。私、最近いろんなことに頭を使いすぎて疲れていたみたい……」
そう。
これは日頃の疲れがたまっていたせいだ。
頭の疲れは判断力を鈍らせ、その結果として、美紀さんに嫌な思いをさせてしまったのだ。
「カエデ……」
美紀さんの暖かな手が首筋に触れ、私は吸い寄せられるように美紀さんの胸に抱かれた。
美紀さんの心臓の鼓動がいつもより早い。
息づかいも少し荒く感じる。
これもすべて私のせい。
「美紀さん……あのね」
顔を上げた私の唇に、美紀さんの人差し指が押し当てられ、言葉は遮られた。
驚いた私に、包み込むような優しい笑顔を向けてくる。
観音様のような慈悲深い微笑み。
「大丈夫だよ。すべて私に任せて。家でも学校でも、カエデは頑張りすぎなんだよ。だから、せめて学校ではその苦労の半分を私に背負わせてよ」
「美紀さん……」
私に疑われたこともすべて飲み込んで、優しい言葉をかけてくれる美紀さん。
本当に素直でイイ子。
いったい彼女が何を企んでいるかは後で解明すればいい。少なくとも、私に敵意を抱いていないことが分かったのだから。
策士策に溺れるというけれど――
溺れるのはあなたの方だからね?





