策士は溺れない(伍)
「ど、どうして美紀さんまで!?」
「あ、ごめーん。カエデがあまりにも必死そうに見えたから、つられて私も取っちゃった! うふふふっ」
姉と工藤さんの声が、ボクの左右の耳に直接振動となって届いた。
ボクらがカードを取ったのとほぼ同時に伸びてきた二本の腕の正体は、姉と工藤さんのものだった。
下に向いた左耳は姉の制服の襟元に、上を向いた右耳は工藤さんの制服の脇腹辺りにギュッと押し当てられている。
とどのつまり、ボクは二人の身体にサンドイッチの具みたいに挟まれてしまっているのだ。
いったい全体、何がどうなっているのか、この際だから一旦落ち着いて回想シーンに突入するよ?
まず、イスに座った姉の胸元をかするように花梨さんとボクの手が奥のカードに伸びていった。
花梨さんの指先がカードに届くと、ボクの手は花梨さんの手の上を滑るようにさらにその奥へと伸びていった。
ボクの指先がカードに触れた次の瞬間、花梨さんの肩とボクの脇の下の隙間にねじ込むように、姉の腕が入ってきて、ボクの手前側のカードに手が伸びていった。
その姉の動き出しとほぼ同じタイミングで、姉の後ろに立っていた美紀さんが姉が選んだカードの隣に手を伸ばしていった。
その結果、花梨さんの上に姉が、姉の上にボクが、ボクの上に工藤さんが覆い被さってしまっているというわけ。
「ちょっ……か、かいちょー……重たいんですけど!」
消え入るような花梨さんの声。
身体の小さい彼女が一番下になっているので無理もないよね。
「あ、ごめんなさい……でも、私も身動きとれなくてぇー」
ボクの下敷きになっている姉は、花梨さんほどには切羽詰まった状況ではないらしい。
「うふふ、私たち絡み合っちゃったわね?」
一番上の工藤さんに至っては、ちょっと楽しそう。
「にゃはっはっ、さすがかいちょーの弟くんだにゃー。ラノベ主人公も真っ青なぐらいに青春してるにゃー、うひひっ」
生徒会のムードメーカーこと名取照美さんの一言で我に返ったボクは、ぷはーっと息を吐きながら上体を持ち上げた。
すると、工藤さんの柔らかい大きな胸に後頭部が埋もれてしまった。
「あんっ」
「あっ、センパイごめんなさい……」
「はっ、祥ちゃんどうしたの?」
ボクが謝ると、工藤さんはにっこりと微笑み返してくれた。
姉はそんなボクらを視線を往復させて見ている。
「ぷはーっ、やっと息ができるわー!」
花梨さんはブラウスの胸元を少し広げて、パタパタとカードをうちわ代わりに扇いでいる。
そのカードは――【♠K】
「おねえちゃ……、ごほんっ、えっと……会長が引いたカードはなんですか!?」
「え、あっ……そうだった! 私の引いたカードはぁー【♡A】でしたぁー! 祥ちゃ……、ごほんっ、祥太クンのカードは何だったかなぁー?」
ボクはホッと胸をなで下ろした。花梨さんと姉がバディーになるという最悪の事態は避けられたのだ。
だからもうボクのカードが何であるかはどうでもいい。
気軽な気持ちで見られるよね?
あ、いや、まだ安心しちゃいけない!
この手のひらに乗せたカードがハートのキングだったりしたら、それはもうボクと花梨さんの運命が決定づけられるようなもんじゃない?
そうなったら、花梨さんはまた嫌な顔をするんだろうか?
ちらっと花梨さんの顔を見ると、にこりと微笑み返されてしまった。
黙っている時の彼女は可愛らしい。
口を開いたら毒舌ばかり吐いてくるのに!
ずるいよ!
カードを持つボクの手が震え始めた。
「さあ、祥太クン開いてみて!」
にこにこ顔の姉が、待ちきれないとばかりに催促してきた。
姉は花梨さんとペアにならずに済んだことがよほど嬉しいのだろう。
じゃあ、ボクは……?
花梨さんとペアにならずに済めば嬉しいのか……?
ペアになる確率は、六分の一。
なれない確率は六分の五。
そのとき、ようやく気付いたんだ。
自分が花梨さんと離れたくはないと思っていたことに――
震える手で開いたカードは【♡Q】だった。
「うふふっ、弟くんとペアになっちゃった。わ・た・し♡」
工藤さんが【♠Q】を顔の横にもち、ウインクした。