策士は溺れない(肆)
「運命の相手をカードで決める?」
ボクと花梨さんの声が見事にシンクロした。
姉はやや緊張した面持ちで、机にトランプを表にして並べていく。ハートとスペードのジャック、クイーン、キング、エースの8枚のカードだ。
「今から、このカードをこの場にいる全員に引いてもらうわ。そして同じ絵柄を引いた人同士でバディーを組むの。一週間、二人は授業時間以外は常に一緒に過ごすの! 準備は良いかしら?」
「え、ちょっと待ってにゃー。それって、うちら三年生同士がペアになることもありってことかにゃ?」
「そうね。そういうこともあるわね」
「じゃあ、うちとユメちゃんがペアになるということも?」
「ええそうね。同じクラスの者同士、これまで以上に仲良くなりましょうね!」
「お、おおーっ」
姉に笑みを向けられた名取さんは、アッラーの神に祈りを捧げるような仕草で机に突っ伏した。
それとほぼ同時に、工藤さんがガタンと立ち上がった。
「さ、一年生のお二人さん、こっちにいらっしゃい。あ、あなた達が先に引くんだからね!」
なぜかやや顔が引きつり気味の工藤さんに促され、ボクと花梨さんは男子の先輩の後ろを通って生徒会長席の方へと歩いていく。
その間に工藤さんは姉の背後にまわり、イスの背もたれに手を置いた姿勢でボクらを待っていた。
8枚のカードはすでにシャッフルされ、裏返しに置かれている。それらを前にして、ボクらはほぼ同時に唾をゴクリと飲み込んだ。
「ね、ねえショタ君……あんたは誰と組みたいと思っている?」
「えっ……」
「カリンは会長と組みたいの……それを邪魔するなら、いくらあんたでも許さないからね!」
「ええっ!?」
花梨さんにジロリと睨まれた。
彼女の異様な雰囲気に、生徒会の面々も気圧されているみたい。
うーん、さすが花梨さん。
これは遊びだって言われているのにぜんぜん彼女には通じていない。
「ボクは邪魔なんかする気はないけどさ……そもそも裏返してバラバラに並べたトランプを選ぶんだから、邪魔しようと思っても邪魔できないよね?」
「そ、そうなんだけど! なんか、あんたは邪魔してきそうな気がするんだもん!」
花梨さんの声は真に迫っていた。何をそんなに心配しているのかがボクには分からないけれども、彼女は真剣なんだ。
「じゃあ、花梨さんが先に引いてよ。それならば……」
「だめ! カリンが先に引いちゃったら、あんたは後からそれと同じ絵柄のカードを引く! 絶対引く! それがショタ君の運命なのよ!」
「な、なんだってぇーっ!?」
ボクの頭の中で何かが弾け、ベートーベンの有名なあの曲が流れてきた。
うーん……言われてみると、たしかにそんな気がしてきたぞ。
ん? ちょっと待って!
仮にボクが花梨さんと同じ絵柄のカードを引いてバディーになったとする。
それは今の生活と何ら変わらないということじゃない?
逆に、花梨さんの希望通り、姉と花梨さんがバディーを組むことになったりしたら、絶対に姉は困るよね?
ならば――ボクのやることは一つだ!
「花梨さん! ボクたち同時に引こう!」
「同時に?」
「何も考えずに同時に引けば、あとはただの確率の問題。たった七分の一だよ!」
「そっか! じょあ、いっせーのセで引く?」
「オッケー!」
トントン拍子に意見はまとまり、ボクらは声を合わせて1枚のカードに目掛けて手を伸ばす。
そう。
〝1枚〟のカードに――だ!
敢えて取りにくい奥から2番目のカードを選んだというのに、彼女もボクと同じことを考えたというのか?
――これが運命!?――
「いや、これ―― じゃ――、――ないーっ!」
ボクは運命に抗う。
さらにその先へ――
机を叩く音が鳴り響き、ボクの指先は花梨さんの手を越えて一番奥のカードに伸びていた。
そして、気付いたんだ。
ボクと花梨さんの他に、あと二本の腕が同時に伸びていたことに――





