策士は溺れない(弐)
「えっと……ちょっといいかしら?」
ゴホンと咳払いをしつつ、工藤さんはイスに座り直した。
「なんですか?」
きょとんと首を傾げる花梨さん。
周りの戸惑いも意に介さずといった感じだ。
「あなた……そんな調子で、クラスではうまく人間関係を築けているの? 友達はもうできたのかしら?」
「えっ、友達ですか?」
花梨さんはなぜそんな質問をされたのかが全くもって理解できないという感じで、隣のボクに視線を向けてきた。
ボクの顔がカーッと熱くなるのを感じる。
「えっ、な、なに? あなたたち、もう付き合っているの!?」
ガタンと手をつき立ち上がる工藤さん。
「付き合っていませーん!」
ボクらも同時に立ち上がる。
「あ……そう……なんだ……」
全力否定したボクらの勢いに圧されてか、工藤さんは目をぱちくりさせている。
「えっと……分かったから全員座って、いったん落ち着きましょうか。あなたたちは、お互いに惹かれるところがあるからいつも一緒にいるわけでしょう?」
「惹かれるところ?」
二人の声がまたしても重なった。
ボクが花梨さんに惹かれるところ? うーん、どこだろう……
しばらく腕を組んで逡巡してから隣に視線を移すと、花梨さんも同じように腕を組んで首を捻っていた。
「うっわー、無いわー、ショタ君に惹かれるところなんて無いわー!」
「ぼ、ボクだって花梨さんの惹かれるところなんて思い付かないよ! いつも何かあるときに、たまたま近くに花梨さんがいるだけというか何というか……」
「そうそう、そうなのよ。カリンが困っているときにいつもそばにいて声をかけてくる……」
いつもの調子でヘイトスピーチを仕掛けてくるはずの花梨さんは、ハッとした表情に変わってボクに視線を向けた。
窓のすき間からふわっと春の風が舞い込んで、彼女の前髪をふるふると揺らしている。
ぱっちりと開かれた大きな瞳に吸い込まれそうになる。
「か、花梨さん……」
ボクは彼女の名を口にして、ゴクリとつばを飲み込んだ。
この突然の展開に、ボクの感情が追いついてこない。
「ショタ君……ストーカーだったの?」
ボクが反応するよりも前に、工藤さんがイスからころげ落ちそうになった。
ごめんなさい先輩! 鮫嶋花梨は、こんな女の子なんです!
「センパイどうかしましたか?」
「ど、どうかしたかって、あなたねぇ……」
いつもお淑やかな工藤さんの眉間にしわが寄っている。
すごいな、花梨さんの破壊力は。
「ふうーっ、じゃあ、二人は本当に付き合っていないわけね?」
日本人形のような綺麗な黒髪を手で整えつつ、ボクと花梨さんを交互に見ながら工藤さんは言った。
ボクらが深くうなずくと、チラリとドアの方に目をやりながら、
「なら、いいわ。では質問に答えます」
すっくと立ち上がり、
「カエデは熱烈な恋をしているのよ!」
姉の親友の口から吐き出される、突然の爆弾発言。
部屋の奥で机に向かっていた鈴木先輩が、再びゴツンとおでこをぶつけた。
花梨さんの顔がパーッと明るくなった。
「でも、それは決して実らぬ恋!」
まるで有名な歌劇団の男役のような言い方で熱弁を始めた工藤さん。
花梨さんはつばをゴクリと飲みこんで、
「もしや、その相手はあの先輩ですか?」
そう言って花梨さんに指を差された鈴木先輩は、とつぜん『わぁぁぁー』と叫びながら部屋から出て行こうとする。
工藤さんの後ろを通る瞬間に、ガッと腕をつかまれて押しとどめられてしまった。
「あなたが今出て行くと、会議の開始時間が遅れるでしょ! 男だったら一度は惚れた女に迷惑をかけるんじゃないの!」
「ようやく傷が癒えたばかりだったんですよ、俺ぇー!」
「一度や二度振られたぐらいで、うじうじするんじゃないの! それくらい男の勲章だと思えないの?」
「思えませんよぉー、うわーん」
鈴木先輩は部屋の隅でおいおいと泣き始めた。その様子を見て腰に手を当ててため息を吐く工藤さんは、まるで別人に見えた。
花梨さんはというと――そんな鈴木先輩の後ろ姿を、きらきらした瞳でじっと見つめていた。
えっと……これ、どういう状況なの?
そんな状況の中、工藤さんの熱弁は続けられた――
「私は、親友の為なら何でもするわ! そう……たとえ彼女に恨まれてしまうとしても、親友のためなら私は犯――」
生徒会室のドアがガラリと開く、その瞬間まで――
この生徒会室でのやりとりは、2倍ほどの分量をギュッと縮めたものなのです。
話しがうまく読者の皆さんに伝わっているかが心配です。
分かりづらいところがありましたら感想欄で教えてください<(_ _)>