春の嵐(結)
「ねー、アンタから聞いた話、だいぶ間違っていたみたいなんだけどさー?」
「な、なんの話……かしら?」
花梨さんに詰め寄られた体育委員の女の子は、しらを切ろうとしているけれど、ものの見事に失敗していた。彼女の特徴である目尻がつんと上がった猫のような目は、せわしなく左右に動いて視線が定まらないでいる。
そりゃあ、動揺するなっていうのが無理な話だよね。まさか集団の利で罠にかけた相手が、主導者である自分のところに、直接詰め寄ってくるなんて想像もしなかったことだろう。
自分が集団から外されていると感じたとき、ボクらは戸惑う。
圧倒的な数の暴力に、ボクらは恐怖心を抱く。
だから、気付かないふりをして、なんとかその場をやり過ごそうとする。
へらへら笑い顔をつくり、何事もなかったかのように振る舞う。
それが普通の人なんだ。
それが、普通の人間の反応なんだよ……
花梨さん――
「ぶっちゃけアンタ、嘘をついたでしょ! なんで? どうして? あの黒い人が言っていたんだよ、女子と男子が無理してペアにならなくても良いんだって!」
人差し指をビシッと先生に向けて言い放つ花梨さん。
黒い人呼ばわりされた先生は、目を見開いて猫背気味だった背筋をピシッと伸ばした。
花梨さんの切り口は、まさに単刀直入だ。
相手の女の子も、まさかここまでストレートに核心を突かれると、もう観念するしかない。フッと口の端を上げて――
「そう、確かに私は嘘をついたよ。でも……、それは鮫嶋さんのためなのよ?」
――ニタリと笑い、完全に悪人顔になっていた。
「カリンの……ため?」
首を傾げる花梨さん。これまでの勢いが、急激に弱まってしまう。
「うん。だって、鮫嶋さんと夢見沢君って、お似合いだもの。……ねえ、ゆっ子もそう思うでしょう?」
「ふぇっ!? う、うん。ふ、二人はお似合いだよ!」
体育委員長のそばに立っていたゆっ子と呼ばれた女子は、慌てた様子でコクコクとうなずいた。
その様子を満足そうな顔で見た体育委員長は、周囲に視線を巡らせながら――
「ねえー、他の皆もそう思うでしょ? 鮫嶋さんと夢見沢君って、お似合いだよねー?」
――周りの女子たちに同意を求めていく。
やがて集団は、一人の女の子を標的にすることで結束を高めていく。
その時ボクは、ただその様子を見ているだけの木偶の坊と化していた。
ボクの視線の先で、花梨さんの小さな背中はまるくなり、より小さくなっていく――いや、違う!
それはボクの勘違いだ!
なんと言っても、そこに立つ少女の名は、鮫嶋花梨なのだ!
「そっかー! アナタはカリンとショタ君をくっつけようとしてくれたんだー! アハハハハ、そっかー、そうだったんだー」
突然笑い出した花梨さんを見て、目をぱちくりさせている体育委員長。
「でもゴメンねー! ショタ君だけは無いわぁーっ!」
「ぶへっ!?」
ボクの口から変な擬音が飛び出した。
「だって、カリンが探しているのはぁー、背が高くってー、イケメンでぇー、頼りがいのあるオトコなんだよ? ショタ君には何一つ当てはまらないでしょ?」
花梨さんから発せられた単語の一つ一つが、ボクの小さな胸に突き刺さっていく。これがゲームだったら、残りライフ0でゲームオーバーになっているだろう。
「で、でも……あなたと夢見沢君はいつも一緒にいるじゃない? 少しは気になるところがあるんじゃない……かな?」
や、やめて!
そんな目で見ないでぇー!
眉根を下げて視線を向けてくる、猫目の体育委員長に向かって心の中で叫んだ。
「えー、どうかなぁー……?」
腕組みをして、花梨さんが振り向いた。
なぜボクは花梨さんに、振られたみたいになっちゃっているんだろうか。
なぜ?
「ショタ君は……手のかかる弟みたいなもんだからさー……」
「ぶへっ!?」
またまたボクの口から変な擬音が飛び出した。
「――なんか、危なっかしくて放って置けないっていう感じー?」
どの口が言うか!
そのセリフ、そのまま花梨さんに叩き返してやりたいよ!
でも――
花梨さんの一言は、その場の雰囲気をガラリと変えるパワーをもっている。
信じられないくらいにポジティブな花梨さんには、小手先の小細工など通用しない。
そのことは、F組の女子集団には痛いくらいに分かったはずだ。
ボクの心も、ちょっぴり痛い。
それから二言三言、女子たちと言葉を交わしてから、花梨さんはボクの元へと戻って来た。
「ん? どうしたショタ君? またお腹痛くなっちゃった?」
「ど、どうもしていないし……それにボクは初めからお腹痛くはなかったし……」
「ふーん、まっ、いっか! 気持ち悪い笑い方されるよりも、その方がカリンは好きだよ!」
「ぶへっ!?」
またまたボクの口から変な擬音が飛び出した。
「んー……、別にこの学校は男女交際が禁止って訳ではないが、節度をもつことが大切だぞ!」
ボクの肩をポンと叩き、ステージにさっと上がっていく『黒い人』。
どうやら話しの流れを全然理解していない人が、もう一人いたようだ。





