春の嵐(伍)
ショックだった。十五年間の人生の中で、初めて他人に気持ち悪いと言われてしまったのだから、仕方がないことだよね。
でも――
花梨さんはそんなボクの気持ちも知らずに、背中をぐいぐい押してくる。
「い……痛い……」
「ショタ君、身体固すぎ! せめて足の先を触れるぐらい曲げないと!」
「こ……これがボクの限界……だからっ……」
ボクは前屈が苦手だ。だからどんなに背中を押されても、ぎりぎり足首を触るところまでしか曲がらないんだ。
それが花梨さんには伝わらないらしく、頑張ればどこまでも曲げられると思っているらしい。
「む、無理ぃー……」
「ショタ君、限界は自分で決めるものじゅないよ! 諦めたらそこで試合終了だって、ばあやが言っていた!」
「これ何かの試合!? もうボク諦めちゃったから、試合終了でいいからーっ」
「ははーん!」
柔軟体操を始めたとたんに、何かの鬼コーチみたいな感じに変貌をとげていた花梨さんは、腰に手を当てて呆れたような表情でボクを見下ろしている。
なんかムカつく。
「ボクは生まれつき身体が固いんだから、仕方がないじゃないか! それに花梨さんだって……そ、それほど運動が得意……じゃない……よね?」
花梨さんはおっちょこちょいだし、何もないところでよく転ぶし――そう思って勢いで言い始めてみたものの、女の子の弱点をこれ見よがしに指摘するのは男としてどうかと思い、最後は尻つぼみになってしまった。
彼女は表情を変えることなく、しばらく間を置いてから床に腰を下ろした。そして、ボクに向かって、自分の背中をくいくいと指先で指し示す。
顔は相変わらず無表情のままだ。
「え、あ……はい」
ボクはためらいながら、彼女の肩甲骨あたりに手を触れる。
まるっとした小さな背中はとても柔らかい。
体型はボクとそう変わらないはずなのに、どうして女の子のカラダってこんなにも柔らかいんだろうか……
「ふんぬっ!」
「はっ!?」
ところが、ボクの手が彼女の背中に触れていたのは一瞬だった。彼女はボクの手を借りずとも、自ら身体を折り曲げていったのだ。
「どうよ、ショタ君!」
「す、すごい!」
「脚を広げたら胸が床に付いちゃうよ!」
「す、すげーっ!」
その時ボクは奇跡の光景を目の当たりにしていた。
花梨さんの上半身が、アゴまで床にピッタリとくっついている。
人の身体には、限界などというものはないのかもしれないと思い始めた。
それと同時に、もしこれが姉だったとしたら、胸が先に床についてしまってここまでは伸びることはないだろう……とも思った。
「ふふん、これでカリンの実力が分かった?」
「うん、わかったよ花梨さん! いいなぁ、生まれつき身体の柔らかい人は……」
「は? なに言ってるのショタ君。あんただって赤ちゃんの頃は柔らかかったでしょう? それがいつの間にか固くなってしまったのは、あんたが努力を怠ってしまったからよ!」
「はっ!」
ボクは床に手をついて崩れ落ちた。
端から見ると、それはまるでドラマのワンシーンのように見えたことだろう。
「でも、今からでも遅いということはないのよ。だから、自分で限界を決めちゃだめ。さあ、私についていらっしゃい!」
「こ……コーチ! あっ……」
差し出された花梨さんの手のひらにボクの手を重ねたその時、周囲の視線が集まっていたことに気付いた。
あれれ。ボクたち、なにをやっていたんだっけ?
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