夢見沢カエデの憂鬱(弐)
「チィーっす! ただ今職員室から帰還したっす!」
勢いよく生徒会室に入ってきたのは、生徒会庶務の鈴木くん。
本来はメガネをかけた地味な印象の男の子だったのに、この春からコンタクトレンズに換え、七三分けの髪型もツンツンに立てるようになっていた。
「あ、ご苦労さま。先生たちにとはうまく折り合いがついたの?」
「うっす! 授業に支障がなければという条件付きで、何とかオッケーをもらってきたっす! イエーイ!」
「イエーイ!」
美紀さんとハイタッチを交わす鈴木くん。美紀さんは相手のテンションに順応して、どんなノリにも付いていけるタイプの女の子なの。
「へーい、かいちょー! 俺の司会、どうでした?」
「え、かいちょー!? あ、うん……よかったんじゃないかしら? 二三年生はみんな盛り上がってくれたし、一年生の皆は最初こそ戸惑っていたようだけれど、最後の方は楽しそうにしていたみたいだし……」
「イエーイ、ナイス俺ェー! イエーイ!」
「…………」
私にまでハイタッチを求めてくる鈴木くん。
正直にいうと、私はこういうのは苦手。でも、後輩の頑張りをむげにする訳にはいかないので、渋々手の平を彼に向けた。
すると、急に真顔にもどって頬を赤く染めた鈴木くんが、遠慮がちにタッチしてきた。
うーん……どういうこと?
「鈴木くん、ひとつ訊いていいかな?」
「あ、えっと……イエーイ、何でも訊いちゃってヨー!」
「……なにかあった?」
「え?」
「ほら、キミって地味なイメージだったでしょ? それがどうして急にイメチェンしたのかなって……キミを地味から派手に変えさせる、何かがあったのかなって……」
「それを、会長……あなたが訊きますか!?」
「んん!?」
「あなたが、『ジミメンはちょっと……』と言ったからじゃないですかぁー!」
ワーって泣きながら駆け出した鈴木くん。
そっか。彼はつい最近、私に告白をしてきたんだった。そして、私はきっぱり断ったんだ。しつこく理由を訊かれたから、私は『鈴木くんは可愛い後輩としか見られない』と言ったんだけれど、『どうすれば男として見てもらえるのか』と問われたから、『性格を変えれば……』と答えてしまったのだった。
うーん、可哀想なことをしたかな?
私たちは学力偏差値は高くても、意外と恋愛偏差値は低いのかもしれない。
だからこそ、『ワンダーランド計画』の遂行を急がなければならないの。
ところで鈴木くんは、ドアを開けようとしたところを美紀さんにガッと腕をつかまれていた。
「は、離してください!」
「ダメ! あんたに今出て行かれると、会議の時間が遅くなって、あんたの大好きな生徒会長が困ってしまうのよ? 男としてそれでいいの?」
「男として、この場にいることが辛いんですよぉー、うわーん!」
「よしよし……」
美紀さんは、鈴木くんの頭にそっと手を置いて、聖母のような微笑みで慰める。
私なんかよりも、彼女の方がよっぽど女らしく、男の子に好かれるべきだと思う。
世の男どもは、まるで見る目がないのだ。
やっと見つけた居心地の良い場所。
今年はここにいられる最後の一年間。
安寧のときを愉しもう。
『遊びと学びのワンダーランド計画』の本当の意味を知ったとき、果たして何人のメンバーが私に付いてきてくれるか。それを悩むのはもっと先の話なのだから。