学園のアイドル(参)
「好きなことから目を背け、勉強に勤しんだ日々。好きな人に会いたい気持ちを捨て、一所懸命に机に向かった日々。勉強と運動の両立をあきらめ、勉強だけに取り組んだ日々――」
そして、静かに目を閉じる姉。
両手でマイクを握るその様子は、まるで教会のシスターが祈りを捧げている姿のようだ。
「皆はそうして手に入れた星埜守学園の入学許可証を、夢の世界へのパスポート――だと思ってはいませんか?」
えっ……ちがうの? と、姉の言葉に虚を突かれたボクは心の中で問いかける。
それは他の人も同じだったようで、周りの者同士でひそひそ話をしたり、視線を交わしたりしている。
だが、姉はそんなボクらの反応をとがめる素振りも見せず、どこまでも慈悲深く、女神さまのような表情でボクらを見守っていた。
やがて一人、二人と、ステージ上の姉に注目する人の輪が広がっていく。静まりかえった会場は、生徒会長・夢見沢楓の次なる言葉を待っているのだ。
「さて、これから始まる高校生活を、皆はどう過ごしますか? もう三年後の大学受験に向けて必死に勉強を頑張っているという人はいる?」
姉の問いかけに、一年生のほぼ全員が手を挙げた。
「うふふ、正直でよろしい! そうよね、それが星高クオリティー! じゃあ……そのために、皆は……何を諦める? ……恋愛? ……スポーツ? それともぉー……ゲームかな?」
姉のいたずらっ子のような言い方に、わずかに笑いがこぼれた。
「恋愛を諦めるって、もう決めてしまった人はいる?」
手は挙がらない。
「本当は運動部に入りたいけど、入るのを諦めている人は?」
手は挙がらない。
挙げられるわけないがないのだ。この話の流れで手を上げられる人はまずいない。姉はそのことが分かっていて、あえてその流れを作っている。
皆もそれが分かっていて、固唾を飲んで待っている。
生徒会長・夢見沢楓の次なる言葉を――期待を込めて!
姉はふと視線を舞台袖に向け、何かのサインを送った。
タタタと小走りで二人の男子生徒がステージ中央に移動し、横断幕のような白い布をサーッと広げていく。
そこには書道パフォーマンスで書いたような、達筆な文字で――
「私たち生徒会執行部は、『星埜守学園~学びと遊びのワンダーランド計画』の発動をここに宣言します!」
会場中にどよめきが広がる。
前列にいる一年生のみならず、上級生の方からも。
この宣言はおそらく、生徒会執行部のみで計画されたものだったのだ。
「あー、あー、皆さん聞こえてますかー?」
おどけた感じでマイクに息を吹き込む姉。
とたんに静まる会場。
「受験って、孤独な戦いって感じがするでしょう? 私もこの星埜守学園に来るまではそう思っていたの。でも、一年の秋から生徒会執行部の皆と行動を共にするようになって、その思い込みは間違いだと気づいた……」
執行部の人たちがステージに現れ、横断幕の前に等間隔に広がっていく。
「だって、ここには志を同じくする仲間がいる。教え合い、支え合い、ときには叱咤激励する仲間がいるの。こんな素敵な学園で、勉強以外のことには目もくれないなんて、もったいないでしょう?」
その瞬間、ボクは強くうなずいていた。周りの人たちも同じだったと思う。
「もちろん、勉強は第一だよ? そうねぇ……勉強勉強勉強勉強遊び勉強……ぐらいの比率かな?」
「勉強一番! そこんところ、忘れちゃだめだぜぇーい!」
ツンツン頭の司会役の先輩がマイクを頭上に振り上げて叫んだら、後方の上級生たちから『イエーイ!』というコールが返ってきた。
「みんなありがとっ! でも、一年生の皆はまだどうしていいか反応に困っているみたいね。そこで私からお願いなんだけれど……一年生から『ワンダーランド計画』のお手伝いをしてくれる人を募集したいの。どう? だれかやってくれないかな?」
姉はボクら一年生の一人一人の表情を見るように、視線をゆっくりと巡らせていく。だけど、姉と目が合いそうになると、一様に視線を逸らしてしまう。
「無理だよ……無理。だって星埜守は大学受験のために入って来た連中ばかりだよ。いきなりそんなこと言われても……」
隣の山田くんが小声でブツブツ言っているけれど、それが皆の総意なのかもしれない。
後ろの上級生たちからは、一年生をはやし立てるような声が飛び交い、少しずつ不穏な空気に変わっていく。
「ね、どうかな? 協力してくれる人はいないかな?」
それでも姉は、表情を崩すこともなく呼びかける。
ボクは膝の上で拳を握りしめ、足の筋肉に力をこめた。
そのとき、1年F組の女子の列から、背の低い女の子がガタンと立ち上がり、
「はい! そのお役目、この鮫嶋カリンにお任せください!」
花梨さんの甲高い声が体育館中に鳴り響いたのだ。





