参上!男漁りの鮫嶋花梨(弐)
舞い散る桜の花びらに祝福を受けながら星埜守学園の門をくぐったボクは、長い上り坂の先で立ち往生していた。
だってさー、玄関前で女の子が地べたに手をついてがっくりと項垂れているんだよ?
そりゃあ、誰でも立ち止まって見入ってしまうよね?
星高の玄関先で、星高の制服を着ているのだから、彼女はここの生徒なんだろう。けれど、もし制服姿じゃなかったら……良くて中学生、下手すれば小学生と見られてもおかしくないぐらいに小柄で幼い印象の女の子。
駅から連なって歩いてきた他の新入生たちは、そんな挙動不審な女の子とは関わりたくないのか、彼女を遠巻きにチラ見しつつ校舎へと入っていく。
うん、ボクその気持ちとてもよく分かるよ。
だって、今日はこれから入学式を控えているわけだし、新たな仲間と高校生活のスタートを切る大切な時間が待っているんだものね。
「えっと……きみ大丈夫……かな?」
ボクは女の子に向かって声をかけた。
ショートボムの前髪の隙間から見えるその顔に、ボクは見覚えがある。
そう、彼女は入学試験の当日、試験開始時刻に間に合わずに遅刻してきたあの女の子だ。
受験番号が一つ違いだったから彼女も合格していたことは知っていたけれど、発表の当日にはとうとう会えずじまいだったんだ。
女の子は顔を上げた。
口を真一文字に結び、目には涙を溜めていた。
「遅くなっちゃったけど、合格おめでとう!」
「なんだ、あんたか……ふーん、そう……あんたも受かってたんだね……ふーん」
女の子は制服の袖でゴシゴシと涙を拭きながら、『ふーん』という言葉を繰り返した。
「そんなとこに座り込んでいたら制服が汚れちゃうよ。さあ……」
「……うん、ありがと」
ボクの手に乗せられた彼女の小さな手をぎっと握って引っ張り上げると、軽い彼女のカラダはヒョイと持ち上がった。
「で、何かあったの? 入学式の日に、新入生が玄関の前で座り込んで泣いているなんて、滅多なことじゃ起こりえないことだよね?」
正直言うと、ボクとしては話を少しでも早く切り上げて、他の新入生たちと一緒に校舎に入りたかった。
だって、今日は高校生活のスタートを切る大事な日なのだから。
女の子はボクの問いかけに、嫌なことを思い出したように目に涙を浮かべて、プイッと後ろを向く。
「カリンは何もかも自信を失って、人生に絶望していたところなのよ」
「そ、そんなことが入学初日で起きたりするものなの!? いったいキミの身に何が起きたというのかな?」
「……それは言えないわ」
「ええっ」
「オンナ男くんには関係ないことだし」
「えっと……ちょっと待って! オンナ男くんってボクのこと!?」
「あんたの名前知らないもの。あのダサい九州弁の男と自己紹介し合っているときに聞いたかも知れないけれど、もう忘れてしまったのよ。覚えているのは受験番号が1125番ということぐらいね」
「さすが遅刻したにも関わらず星高に合格したことだけのことはあるね。そんなことまで覚えているなんて! うふふふっ」
ボクが自虐的な薄笑いを浮かべていると、女の子はさっと手を出してきた。
「拙者、姓は魚が交わる島と書いて鮫島、名は花に果物の梨と書いて花梨と申します。以後、お見知りおきを――オンナ男どの」
「えっ、はっ、あ、よろしくね花梨さん。ボクは夢見沢祥太だよ?」
ボクたちは握手を交わした。
花梨さんは想像以上に不思議な女の子だった。