ボクのコスプレ撮影会(前編)
「うふふーん、祥太ちゃんとの朝食は何日ぶりかしらー。祥太ちゃんを眺めながら食べるといつものトーストもまた別格に思えるから、ふ・し・ぎよね? そう思わない? 思うわよね?」
「あ、うん、確か……中学の卒業式の日以来だよね。ボクもママと一緒に食べるのは久しぶりだから、いつも食べてるトーストよりも美味しいと感じるよ」
「うふふーん」
母が楽しそうに笑っている。たったそれだけなのに、食卓の周りにお花畑が広がっているような錯覚を引き起こす。
敏腕刑事と名を馳せていた父が一目惚れして、その日のうちにプロポーズしたという逸話が残るほど、母は美人なんだ。
三角形にカットしたトーストにキャビアを乗せ、その上にスライサーで削ったトリュフを振りかけてパクリとかじる。
カリカリに焼けたトーストの香ばしさと、キャビアの塩味、そしてトリュフの香りが何とも言えないおいしさのハーモニーを奏でる。
もう、何も言えない~!
「うふふーん、可愛いアゴにキャビアが付いているわよ。とってあーげるっ」
「あっ、ほんと? ありがとっ」
母は花柄のナプキンでボクの口元を拭ってくれる。
すると同じタイミングで、キッチンから金属製の何かが落ちる音がして振り向くと、家政婦の喜多がすまし顔で洗い物をしていた。
喜多はいつも無表情なんだ。母の前ではね。
雇い主である母の前では感情を表に出さないというのが家政婦の流儀ということなのだろうか?
その割には同じ雇い主である父の前では、まるで借りてきた猫のようにころころと表情を変え、ドジっ娘のようにドタバタし始めるのだから、よく分からないや。
その父は仕事の関係で午後の入学式には間に合わないらしい。ちょっと寂しいけれど仕方がないよね。
トーストを口に入れて、ミルクティーで流し込む。キャビアの塩味とミルクティーの甘みが口の中で仲良く手を繋いで、おいしさのゴールラインを笑いながら駆け抜けていく。
もう、何も言えな~い!
「はっ、天使? あらやだ祥太ちゃんだった。ママったら天国に昇天してしまったかと勘違いしちゃったわ……」
両手で頬を押さえているボクを見ながら、母が何かに動揺している様子だけれど、これはいつもの風景の一つなんだ。
あ、ミルクティーが無くなっちゃった……
空になったティーカップをソーサーに戻すと、カチャと陶器の音が鳴る。そうすると、タイミング良く喜多が『お代わりはいかがですか?』と訊いてくる……筈なんだけれど……
あれれ?
そうこうしているうちに、母のレモンティーも空になる。
あれれ?
ボクらが同時にキッチンへと視線を送ると、エプロン姿の喜多は流しの前にちゃんといた。
いたにはいたのだけれど、すまし顔で手元の何かをじっと見つめ、ボクたち親子のことなんか眼中にないという感じだった。
「むむ、家政婦のくせにあんな態度っていいの? いい訳ないわよね? 喜多が何をしているか調査開始よ、祥太ちゃん!」
「えっ、うん。そうだね……」
いつもは事務仕事に専念している母も、時には自分で身辺調査の依頼を受けることもあるんだ。
そんな母の探偵心に火が付いてしまったようだった。