「ぼくのかぞく。」(下)
一度はベッドに入ったものの、ふと旅番組のことが気になりだした祥ちゃんは、私に気をつかって音も立てずに部屋を抜け出し、ここで続きを観ていたらしい。
うん。一度気になっちゃうと、とことんそのことが気になって眠れないことってあるよね。
ふふ、祥ちゃんったら……可愛いんだからっ!
ソファーにちょこんと座る水玉模様のパジャマ姿の祥ちゃんの隣に、ストンと腰を下ろす私。
「うーん、真夜中に祥ちゃんと一緒に見るテレビもいいなぁー! お姉ちゃん、し・あ・わ・せ・だよーっ!」
すっかり深夜テンションモードに突入した私は、万歳するように腕を伸ばして声を上げた。
でも録画した旅番組に夢中な祥ちゃんは、ソファーから身を乗り出すような姿勢でテレビに釘付けになっている様子。お姉ちゃん、しょぼんだよ。
テレビでは清純派を気取るあざとさ全開の女子アナが秘境温泉の効能を読み上げているけれど、笑いタレントにボードの一部分を隠されたりして怒っている。彼女が手を振り上げた拍子に、胴体に巻いたタオルがめくれて胸が見えそうになり、悲鳴を上げながら手で押さえ込んだ。するとカメラマンも動揺したのか、画面が大きく上下にぶれている。
あーあ、どうして世の男達はこんな下等な番組で大喜びするのだろうか。まったく、男って可哀想な生き物ね。
「ねえ、お姉ちゃん。今のもヤラセなのかな? それとも本当に見えちゃいそうになったのかな?」
「へっ!? あっ……う~ん、どうだろうねぇー。今のは本当に見えそうになっちゃったの……かな?」
突然キラキラのお目々を向けてきた祥ちゃんに、思わず私は曖昧な言葉で返してまった。
それなのに「そっか!」と満足そうな笑みを浮かべ、再びテレビに視線を戻す祥ちゃん。その横顔を見ていると、小学生の頃の彼の面影が重なって見えてきた――
昆虫が大好きだったあの頃の祥ちゃんは、昆虫同士を戦わせるDVDをよく観ていた。まるでプロレス技のようにクワガタがカブトムシをひっくり返す様子をみた祥ちゃんは『すごいねー、すごいねー』と興奮した眼差しを向けてきたものだ。
今やその興味の対象が女子アナに変わってしまった祥ちゃんだけれど、その本質は昆虫大好きの小学生時代の祥ちゃんと何も変わっていないのかもしれない。
そっか。女子アナ=昆虫。祥ちゃんの頭の中ではその二つは同列ということかな?
うふふふふ。そっかー、そうなんだー。祥ちゃんにとって、お姉ちゃん以外の女は昆虫のような物なんだー。
今夜は最高・だよぉー!
お尻をずりずり動かして祥ちゃんにすり寄ってみる。
彼は相変わらず画面に釘付けだ。
更に私は彼の手の上にそっと手を重ねてみる。
テレビの中の昆虫もとい女子アナに夢中の祥ちゃんはまだ気付かない。
そのキラキラ輝くお目々は本当に小学生のときのままだ。
「『ぼくはかぞくが大すきです。いつまでもいっしょにいたいです。だからぼくはしょうらい――』の続きを知りたいな……」
特に理由があったわけではないけれど、テレビの画面に視線を移しながら私は独りごちる。
テレビではアップテンポのエンディングテーマ曲に乗せて、まるで早送り再生のような速さでクレジットタイトルが流れていた。途中から出現したワイプ画面では、女子アナが撮影スタッフに何か問い詰めているようなメイキング映像が流されている。
ほんと、最後の最後まで低俗な番組構成ね。
呆れた私は視線を落とし、ふうーっと息を吐いたのだけれど――
「おお、お、お姉ちゃん!?」
「ふえっ?」
祥ちゃんの声に反応して顔を向けた私は、思わず変な声を上げてのけ反ってしまった。だって、祥ちゃんが頬を真っ赤に染めて、お口をあわあわさせているんだもの。
「しょ、祥ちゃんどうしたの?」
「あ、あのさ……今のそれって、ボクが小学生の時に書いた作文だよね! あれは確か、学校から持ち帰ってすぐに破いてゴミ箱に捨てたはず……なんだけど!?」
「あ……」
その通り。私は彼の部屋のゴミ箱からお宝を拾い出し、アイロンを当ててラミネートをかけたのだ。だからあの作文は私の秘蔵コレクションであって、決して本人に知られてはいけなかったことだというのに……私はうっかり口に出してしまったのだった。
嗚呼――夢見沢楓、一生の不覚なり。
私が自分の失態に茫然自失となっていたところ、祥ちゃんが私から視線を逸らしながらぼそりと言う。
「……で、どこまでなの?」
「え……」
「ボクの作文、どこまで読んだのかな?」
「えっと……『だからぼくはしょうらい――』のところから先が見つからなかったのだけれど……」
私がそう答えると、少し安心したように目尻が下がった祥ちゃんの横顔。その素敵な表情、心のカメラに記録させて戴きました!
「ねえ、ちょうど良い機会だから、その先に何て書いてあったかお姉ちゃんに教えてよ。祥ちゃんの将来の夢は何だったのかな? もしかして、今も同じなのかな?」
もうこうなったら、強引に訊きだしてしまおうと私は企んだ。だって私は祥ちゃんの夢を実現させるためなら何でも協力してあげるんだから!
「そそ、そ、そんなことお姉ちゃんに言える訳ないよ! そんな恥ずかしいことを……あっ!」
お口を両手でふさぎ、目をぱちくりさせる祥ちゃん。
顔が沸騰するぐらいに赤くなっている。
「えっと……私に言えないぐらいの恥ずかしいことって……それはお姉ちゃんに関することだから……かな?」
「たから、それは言えないんだよー!」
祥ちゃんはそう叫びながら、私から逃げるように二階の自分の部屋へ戻ってしまった。
…………。
結局、真実は闇の中。
でも…… 何だか……
ご馳走さまでした。





