誤解はすぐには解けない
美紀さん達から聞いた、星埜守先生が生徒会を目の敵にしているという噂が事実だとしたら……。
先生が風紀委員会を生徒会の対立組織にしようと企てているという噂が、真実だとしたら……。
先生は七夕イベントのことが気にならないという訳がない。
本当は、先生がなぜ生徒会に敵対心を燃やしているのかという理由を、ボクは訊いてみたい。先生の本当の気持ちをボクは知りたい。
だけど、ボクにはそれを訊く勇気がない。
情けない話だけれど、先生の突き刺さるような視線におびえて、ボクは全く身動きがとれないのである。
何か言わなくちゃと思っても、ボクの口は声を発することなく、半開きのまま雁として動かず、ただただ呼吸をするためだけに付いているように感じられた。
そんなボクの様子を見て、呆れたように先生はフッと笑みを浮かべる。
「あなたは誰に何を言われても、いつもヘラヘラ笑っているだけだったのに……最近はやけに絡んでくるようになったわね? まったく。最近カノジョができたからって、ちょっと調子に乗りすぎじゃないかしら? 思いがけず高校デビューしちゃって、調子に乗ってんじゃないかしら?」
「……えっ!? それ、誰のことを言ってます?」
「誰のことって……あなたのことよ!!」
ビシッと人差し指を向けられた。
もしかすると先生はボクがふざけているとでも思ったのかもしれない。
でもボクは至極まじめである。
「あの……先生?」
「あー?」
ボクが胸の前でモジモジと指を絡めながら先生を上目遣いで見ると、眼を飛ばすヤンキーのように顎を突き出して、ジロリと睨み返されてしまった。
なんかちょっと、怖い。
「ご、ごめんなさい! じゃなくて……あの……もしかして……カノジョって、鮫島花梨さんことを言っていますか?」
恐る恐る、ボクは尋ねた。
すると先生は目を見開いて、クワッと口を開けた。
「そうよ。あなたいつも鮫島さんと一緒にいるじゃないの。お昼なんかいつも一緒に食べているじゃない。二人で楽しそうにきゃっきゃ笑っているじゃない。それから――って、……ま、ま、まさかあなた他にもカノジョがいるっていうの!? あ、あ、あ、あなた、そんな可愛い顔して、まるでせ、せ、性欲の権化だとでも言うのーっ!?」
「はあーっ!?」
話が噛み合わないにも程がある。
すぐに反論して誤解を解きたいところだけれど、あまりに動揺して口がわなわな震えて声にならない。まさしく『開いた口が塞がらない』という状態だった。
そして誤解と言えばもう一つ。
これまで先生に抱いていた冷酷無情というイメージは、この瞬間に根底から覆されたのだ。ボクの完全なる誤解だった。
「ち、違いますって! 先日のSHRでも言いましたけど、鮫島さんはボクの友達です! 決してカノジョなんかじゃありませんから!」
「はー、またその話に戻るのね。まあ、大人の私にはあなた達の青春恋愛ごっこなんかに興味は皆無だから、どーでも良いのだけれど……」
「本当にそうなんですか?」
ボクが視線を向けると、先生はゴホンと咳払いした。
「まあ、F組の成績トップの彼女を更生させてくれたことには感謝しているのよ。入学当初はどうしようもなく問題児だったけれど、あなたと付き合ってからというもの、少しはまともになってきたわ。だから、あなたはもう何の気兼ねなくこの学園を退学して良いわ。さよなら」
「…………」
一瞬喜んでしまいそうになった自分が心底情けない。
「褒めるかディスるかのどっちかにしてくださいよ……」
がっくりと肩を落とすボク。いくら精神攻撃に耐性があるボクでも、上げて落とされるのは辛いのである。
「……確かに私は七夕イベントのことが気になって見に来たのよ。風紀委員会顧問としてね。不純異性交遊の温床となりうる可能性があるとしたら、強制排除も視野に入れてね」
先生はゆっくりと語り始めた。