そう言われるとぐうの音も出ない
「七夕イベントだなんてくだらないお遊びにこの私が興味を示して、なおかつ、わざわざ遠回りして偵察に来るとでも思っているのかしら? この唐変木……」
16年間生きて、唐変木なんて言い回しをリアルな会話の中でする人に初めて会ったかもしれない。未知との遭遇だった。
「唐変木ってたしか、気の利かない人とか物分かりの悪い人って意味ですよね? もしや先生から見るボクのイメージって、そんな感じなんですか?」
「愚鈍と言い換えてもいいかしら? You are stupid!」
「ぐっ……」
〝お前は愚鈍だ〟とアメリカ帰りのネイティブな英語で言われると、もうボクはぐうの音も出ないわけで。〝ぐ〟の音しか出なかった。
低身長のボクが、大人の女性としては標準的な身長の先生の顔を見るには、結果的に見上げることとなる。それは先生側からみると見下ろすということになる訳で、ボクは今、先生に見下されているのだろう。それはもう教師と生徒という関係ではなく、人として完全に見下されているのだ。
「ご、ごめんなさい先生。ボクちょっと生意気なことを言っちゃいました……」
「あらあら急にしおらしくなったわね。んふふっ、そもそも学年最下位の座を争うあなたが私に楯突こうなんて、思い上がりも甚だしいのよ。最下位は最下位らしく、赤点を取って学園から去っていくことね。おほほほほ……」
先生は笑った。それは子供向けアニメに登場するような正々堂々たる悪女の笑い方だった。
そういえば最近のアニメやマンガは敵側にも信ずる正義があるという描き方をする作品が増えてきて、昔ながらの勧善懲悪の単純なストーリーは減ってきたと中学時代の友達の田中君が嘆いていたな。
その意味では先生の悪役ぶりには賞賛を送らねばなるまい。
「はっ!? なにそれ、敬礼? あなたもしや、それで私をからかっているつもりなの?」
「いえ違います。ボクは今、先生に敬意を表しているんです」
「はあーっ、あなたと話をしていると頭が痛くなってくるわ……」
「ご、ごめんなさい……」
先生が額に手を当てて心底嫌そうな表情を浮かべたのを見て、ボクは敬礼をしていた右手を慌てて下げて謝った。
それから胸の前で両手の指を絡めて、上目遣いでボクは言う。
「……でも、本当は……先生はその『くだらないお遊び』がどんな感じに進んでいるのか、とても興味があるんじゃないですか?」
「…………」
メガネの下の隙間から、氷のように冷たくアイスピックのように尖った視線がボクに向けられていた。