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パンを咥えて走っても何も始まらない

 『遅刻遅刻~』と言いながら食パンをくわえた女の子が曲がり角で初対面のイケメン男子と衝突するという、日本の少女マンガが発祥と()われるあの展開は有名だけど、実は元ネタが何なのかは分からないらしい。多くの人がこぞって探したのだけれど、誰もこの作品が元ネタだと突き止めることはできなかったらしい。

 ただここで一つ言えることは、ボクがいま直面しているこの状況を、それに当てはめるとしたら、パンをくわえた女の子は美紀さんではなく、ボクの方だということだった。


 Pタイルの床に尻餅をついたボクの顔を、心配そうにのぞき込んでくる美紀さんに対して、


「あれ、パンは……?」

「ん〜? パン~?」


 そんなことを口走ってしまっていたのだから。当然、美紀さんはキョトンとした顔で首を傾げた。


「あ、間違えた! パンじゃなくて、カプセル……あっ」


 ボクはそう言いかけて口をつぐむ。

 ぶつかった相手の美紀さんのことを気遣うよりも先に、手からこぼれ落ちたカプセルの行方を気にしていた自分に気付いたからだ。


「あ、弟くんの探し物はこれでしょ? そっか~、弟くんは一般参加者としても七夕イベントに参加してくれるんだ~。カエデも喜んでいたでしょう?」


 どうやらボクのカプセルは転倒した弾みにボクの手から離れ、階段の隅にコロコロと転がっていったらしい。日本舞踊を習っている彼女は上半身の軸がぶれない綺麗な所作、スッと両足を折り曲げ、青色のカプセルを拾い上げた。


「弟くんのお相手はどんな女の子かしらね? うふふふ、この手紙交換が切っ掛けでご縁が結ばれちゃったりして? あれれ? もしや弟くん、どこか怪我しちゃった!?」


 なかなか立ち上がれないボクを見て、慌てた様子で美紀さんが駆け寄ってきて、ボクの肩にそっと手を乗せて顔をのぞき込んできた。


「心が……心が深傷(ふかで)を負いました……」

「ええ!? 大変じゃないの! すぐ保健室へ……って、あれ? ……心が?」

「心の傷は時間が解決してくれることをボクは知っているので……ボクに構わず先に行ってください……先輩」

「あわわっ、全然大丈夫そうじゃないよ? いったい弟くんの身に何が起きたというの!? あっ、もしや顔が私の胸に当たったことを気に病んでいるとか? そんなこと全然気にしなくていいんだよ? むしろ私は大歓迎なんだよ?」


 そうか。やはり顔面に当たったやわらかな感触は美紀さんの胸だったのか。

 あー、ボクは何をやっているんだろう。姉の親友にこんなに気を遣わせたり心配をかけてしまったりして……

 美紀さんはボクの肩をやさしい手つきで撫でながら、ボクに声をかけてくる。


「先輩……ボクもう大丈夫です」

「あら、もう立ち直ったの?」

「はい。もう大丈夫。立ち直りました」

「うふふ、えらいえらい。じゃあ、これ返すね!」


 そう言って美紀さんは落ちていた青色のカプセルを細い指でつまんで、ボクの目の前に差し出した。それを受け取るときに、ひんやりとした彼女の指先がボクの手に触れ、その冷たさに対比して手の中に収まったカプセルは奇妙なほど温かかった。

 まあ、それはボクの気のせいだろう。


「これからシューズボックスに手紙を入れに行くんでしょ? 新しい出会いがあるといいわね」

「……そう、ですね」


 満面の笑顔の美紀さんに手を振り返しながら、ボクは旧昇降口を目指して歩いて行く。

 そうか。

 ボクの頭から、その考えはすっかり抜け落ちていたけれど……これは新しい出会いのチャンスでもあるのか。

 でも……そういうことになれば……

 ボクはハッと目を見開いて立ち止まる。


「花梨さんにとってもチャンスなのでは!?」


 ボクはそんな間抜けな独り言をつぶやいてしまった。

 そもそも花梨さんは星埜守学園(この学校)に入学して以来、イケメン顔の男子を見つけては次々に告白して、振られていた。百戦百敗という噂すらある。そんな彼女は今でこそパッと見た目は普通の女の子に見える程に大人しくなってきたけれど――


「そっか……はははは、そうだったのか……」


 人気(ひとけ)のない薄暗い廊下で、ボクはひとり壁にもたれてうすら笑いを浮かべた。 

  

 


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新作公開中!『馬小屋のペティ』
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