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雨の日は太陽の光が届かない

 姉の登場により雰囲気がガラリと変わってしまった1年F組の教室。悲鳴のような歓声を上げる女子グループがあれば、頬を赤らめて見惚れている男子グループもある。こういう場面に直面すると、ボクは改めて姉という存在の偉大さを思い知らされるんだ。


「わぁー、かいちょーこんにちはー!」


 この間の一件以来、すっかり姉の『妹分』的なポジションに収まっている花梨さんは、いつもの明るいテンションで両手を振って姉を手招きをしている。


「お、お姉ちゃ……姉さん、わざわざ1年生の教室まで来て何の用事でしょうか?」


 その一方で、姉弟とはいえ学校という場にふさわしい態度で接しようと常々気を遣っているボクは、クラスメートたちの視線を気にしすぎるあまり言葉遣いがおかしくなってしまっていた。


(しょう)ちゃ……祥太くんと鮫島さんにお願いしたいことがあって来たんだけれど、そんなことより水着がどうかしたのかなー?」


「うっ」

「あ!」


 姉の言葉に二人は息をのんだ。


 こう改めて問いただされると、昼の教室で水着を買いに行く話なんかをペラペラとしゃべっていたボクらは何と恥ずかしい会話をしていたんだろうと気付かされた。

 ボクの顔から火が吹き出しそうになった。

 けれど花梨さんの『あ!』はボクのそれとは大分意味合いが違っていたようで――


「かいちょーも一緒にどうですか? カリンたち、今度の週末に買い物に行こうって話していたところなんですよー!」

「えっ? あなたが(しょう)ちゃ……私の弟と買い物に? んん? どこに? 何を?」


 まるで壊れかけのAI人形のように姉の反応がぎこちない。

 さしもの花梨さんもそのことに気づいたようで、一瞬ためらうような素振りを見せたけれど――鮫島花梨はそんなことで立ち止まるような女の子ではない。


「えっとー、カリンの水着をショタ君に選んでもらおうとしていたんですけどー。なぜかショタ君の反応がイマイチなんですよねぇー」

「んん? あなたの水着を私の弟がえら、えら、選ぶって……なんで? どうして?」

「だって、花梨が着たいのはショタ君に見せるための水着ですから……」


「◎△$♪×¥●&%#――?!」

 〝AI人形〟がとうとう完全に壊れてしまったようで――


「ちょ、ちょっと待ってよ! 花梨さんの説明は肝心なところを省略しているから! 何か誤解を生んでいるから!」


 ボクは二人の間に入って、しどろもどろになりながらも何とか姉に事の経緯を説明した。


 ▽


「ふんふん、なるほとなるほど。夏休みに二人で海水浴に行く計画を立てたけれど、鮫島さんには水着がない。それであなたたち二人で新しい水着を買いに行こうということになったわけね?」

「うんうん、そうなんだよ。まったく花梨さんは勉強は得意なのに説明が下手だよねー。あははははは」

「うー、それをショタ君に言われるのはなんかわかんないけどムカつくぅー!」


 花梨さんは悔しそうに地団駄を踏むのを見て、ボクと姉は目を見合わせて笑った。


「――って、笑ってる場合じゃないわ! あなたち私の居ないところで何勝手に話を進めちゃってくれているの!?」

「ご、ごめんなさい。でも、姉さんは大学受験の勉強とかで今年の夏休みは忙しいだろうから……」

「行くから!」

「えっ?」

「私も一緒に行くから! 海も水着買いに行くのも、どっちも一緒に行くからーっ!」

「ええっ!?」


 駄々をこねる少女のように声を張り上げた姉。廊下を歩いていた生徒の何人かが中をのぞき込んでくるほどの声量だ。才色兼備で何事にも完璧なはずの姉なのに、今日はちょっとどうかしている。 


「やったー! かいちょーと、お買い物だぁー! わーい!」


 空気の読めない花梨さんは、姉の周りをぴょんぴょん跳びはねて喜んでいる。そしてイスに足をぶつけて床にうずくまってしまう流れはいつものパターンだ。


 そっか。

 姉は妹みたいな後輩ができて嬉しいんだ。

 だからたとえ受験勉強で忙しい夏休みであっても、妹みたいな花梨さんと、本当の弟であるボクの二人を保護者的な立場で海に連れて行こうとしてくれているに違いない。



 ――お姉ちゃんの不可解な言動の謎が解けた!



 ボクは小さくガッツポーズをした。

 

「ゴホン! でもぉー、まだ6月なのよ? 夏休みの準備を今からするなんて、少し気が早いような気がするわ……」


 姉は軽く咳払いをして、後ろで手を組んだポーズでボクと花梨さんの周りをてくてくと歩きながら、何やら語り始める。


「私たち星埜守(ほしのもり)高校生徒は夏休みに入るまでにやり遂げなければならないことが沢山あるの。さて、何でしょーか!?」


「えっ、なんだろう? 大掃除かな?」

「馬鹿ねショタ君。学期末のテストを忘れちゃだめでしょ! ですよね、かいちょー?」

「ざんねーん! 二人ともぶっぶぅー、だよ?」


 そう言いながら胸の前で人差しをクロスさせ、ウインクをする姉の笑顔はキラキラと輝いて見えた。窓の外は本格的な雨が強く降り続いているというのに――


「正解はー、七夕でしたーっ!!」


 ボクの目には降り注ぐ真夏の太陽の光がはっきりと見えていたんだ。

 


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