手過ぎだ杭は打たれない(参)
個室の中はまるでカラオケ店のようだった。
もちろんカラオケ用の機器もモニターもないのだけれど、窓のない細長い部屋にはローテーブルを挟むようにベージュ色の4人がけソファーと1人がけの背もたれのないイスが3つ置かれている。
そしてテーブルの上にはラミネート加工されたメニュー表。
見ると、唐揚げ&ポテトフライやおつまみの盛り合わせなどの単品メニューがずらりと載っている。
おまけにドリンクバーまで注文できるらしい。
注文の際はインターフォンでと書いてある。
「まんま、カラオケ店じゃん!」
「ふーん、そうなんだ。カリンは行ったことがないから、分かんないけど」
学校の中に、こんな空間があるということに対してテンションが上がっているボクに対して、花梨さんは先程からすごく機嫌が悪そうに見える。
花梨さんが4人がけのソファーにどかっと座ったので、ボクはその斜向かいにある背もたれのない小さな四角い椅子にちょこんと座る。
「ったく……どいつもこいつも……なんだから……」
腕を組んで何やらブツブツ言っている花梨さん。
もしかして久米島君のことを怒っている?
彼がボクと花梨さんが付き合っているって勘違いしたから?
うーん、後で久米島君にちゃんと説明して誤解を解いておかなければ……なんてことを考えているうちに、ドアをノックする音がした。
未だブツブツ言っている花梨さんに代わってボクが返事をすると、薄ピンク色のワイシャツに縦じまの事務服を着た、いかにもカラオケの店員さんのような制服を着た女の人がワゴン押して入って来た。
花梨さんには成績上位者の特典として、特製ランチが付くと言われていたけれど、それは食堂で提供されているのと同じ日替わり定食に、2色アイスクリームが付くものだった。
今日の日替わり定食は、みんな大好きハムカツカレー。
それを見た花梨さんは、眉をピクリと動かし、ますます表情が暗くなっていく。
一体どんな豪華な料理が運ばれてくることを想像していたのかな?
「うわー、すごいや花梨さん! こんな美味しそうなランチが毎日タダで食べられるんだから、めっちゃ好待遇だよね。うらやましいなぁー」
なぜか花梨さんのご機嫌取りをする羽目になるボク。
花梨さんはじろりと視線をボクに向け、口元をにんまりとさせた。
わ、分かりやすい! そしてちょろい!
「ふふー、ショタ君にもカレーライス分けてあげよっかー? デザートはカリンが全部食べるけどー!」
「あ、折角だけど遠慮しておくよ。ボクは自分のお弁当があるし……」
「それを言うなら、カリンだってお弁当持ってきているよ!」
ボクらはほぼ同時に弁当箱をドンと置いた。
互いのそれをジーと見つめてから、ハムカツカレーに目を移す。
ボクらは同時に唾をゴクリと飲み込む。
「じゃあ、どうしてこれを頼んじゃったのかな? 今日は素直にお弁当を食べて、明日ここに来れば良かったんじゃないかな?」
「だって――」
花梨さんは言いよどむ。
やがて、観念したように言葉を繋げる。
「あんたが暗い顔してるから!」
「えっ……」
驚いた。
「テストの成績が悪かったぐらいで落ち込んでいるあんたを、放って置けなかったのよ! ああー、もーッ! 柄にもないことするんじゃなかったぁー!」
両手で頭を抱えて左右に振り回している彼女を、呆然とみている男の子は誰でしょう?
正解は、学年最下位のボクです!
「ちょ、ちょっと待って! ボクはそんなに落ち込んではいないよ?」
「うそうそーっ、学年ビリの酷い点をとって落ち込まないわけないでしょう、うわーん……」
「うわっ、ボクのために泣かないでよー! この場合ボクの方が泣くべきだよねぇー?」
そうして二人でわーわーと騒いでいると、ドアがガチャリと開いて、受付で会ったあの女性が顔を覗かせた。
「ここは乱痴気騒ぎをして良い場所ではありませんよ! 騒ぎたいのならば教室へ戻ってください! ――ったく、これだからF組の生徒は……」
ブツブツ言いながらドアを閉めて行った。





