出過ぎた杭は打たれない(弐)
県立高校の跡地に建てられた星埜守学園高校は、教室棟は昔の校舎をそのまま使っているので特筆すべきことは何もない。敢えて言うならボロい。
それに対して、食堂やカフェテリアの入った新校舎は、これが本当に高校の施設かと疑いたくなるほどに煌びやかで、豪華絢爛な施設が揃っている。
その施設の中でも、一般生徒に特に関わりのあるのは食堂と図書室だ。
昼休みになると、席取り部隊と呼ばれる各グループの猛者たちが我先にと食堂に集結し、必要な人数分の席を確保していく。
そんな状況だから、部活動にも同好会にも入っていないボクのような一年生にとって、食堂は完全に不可侵な領域となっている。
食堂は多くの生徒が利用できるように、ちょこんと腰をかけるには十分だけれど大柄な人には少し窮屈なイスが、大きなテーブルに並べられている。それでも、在籍生徒数の三分の一程度の容量しかないので、上級生が優先となってしまうのは仕方がないことだと思う。
様々な音が入り交じる食堂を横目に、更に奥に進んでいくと、カフェコーナーがある。こちらは板張りの壁に洋書の入った本棚が取り付けられているという、まるでお洒落な東京の街にワープしたかのような錯覚を引き起こす空間なのだ。
ホテルのようなカウンターに、受付の女の人が座っている。キリッとした表情の四十代の女性だ。
花梨さんがカードを差し出すと、受付の女性はにっこりと微笑んだ。
「学年8位の生徒さんですね。初めてのご利用ありがとうございます。お連れの方の学生証を拝見します」
「え、あっ、はい……」
ボクは慌てて胸ポケットから学生証を取り出した。
女性は学生証とボクの顔を見比べるように視線を往復させると、眉間にしわを寄せて困惑した表情を浮かべる。
「あなたはF組……ですか。当施設は成績上位者の中でも、更にエリート中のエリートである皆さんを労うために作られたのですが……」
ボクはとんでもなく場違いなところに来てしまったのかもしれない。
花梨さんの誘いにノコノコと付いてきてしまったことを後悔した。
「まあ、これは付き添いの方の条件を設定しなかった学校側の落ち度ですね。今回はF組のあなたにも個室の利用を許可します」
「は、はぁ……ありがとうございます……」
ボクは一応、お礼を言った。
それからボクらは、女性が個室利用についての注意事項などの説明を事務的に話すのを聞いたけれど、頭には何も入ってこなかった。
最後に八番と書かれたカードキーがカウンターに置かれると、花梨さんはさっさと奥に歩き始めてしまった。
「何してるのショタ君、入るわよ!」
「花梨さん……ボクやっぱり……」
「これは花梨がせっかく勝ち得た権利なんだから、今日は思いっきり楽しんでやるわ! ショタ君も付き合いなさい! これは命令なんだから!」
振り向いた花梨さんは、いつになく険しい表情だった。
板張りの壁の通路には、番号の書いているドアが並んでいる。
その一つがカチャリと開いて、中から大男が出てきた。
「おおっ、誰かっち思えば夢見沢くんじゃなかか! 元気にしよったかいなー!」
「え、あっ……入試のときの!」
「久米島龍太ばい。いんやー、なつかしかなー」
見た目こそラグビーの選手かと思うほどに筋肉質な体をしている久米島くんだけれど、彼は東大の医学部を目指しているエリート中のエリートだ。
「おや? もう二人は付き合っているんか? 夢見沢くんは童顔んくしぇに、手のはやかなー、ガハハハハハ」
豪快に笑いながら、ボクの肩をバンバンと叩いてくる。
ボクは全力で否定したけれど、どういう訳か顔が真っ赤になってきて、全然説得力がなくなってしまった。
花梨さんは久米島くんが苦手なのだろうか。そそくさと個室に入ってしまった。