出過ぎた杭は打たれない(壱)
新入生対象の実力診断テストが終わって一週間後のLHRにて、F組担任の星埜守律子先生から一人一人に、テストの結果が手渡されている。
さすがに点数や順位を読み上げたりはしないけれど、先生の表情と生徒の反応で、その人のおおよその結果が分かるという仕組みだ。
えっと……なんの罰ゲームなのこれ?
斜め前の席の花梨さんは、先ほどからそわそわして落ち着かない様子。
今回のテストで学年10位以内に入ったら、鈴木先輩と週末デートの約束をしているからなのだろうけど……
星埜守学園で10位に入るなんて無理な話だよね。
だから、そんな花梨さんの後ろ姿をじっと見ながら、がっかりした彼女にかける言葉を、ボクは頭の中でシミュレーションしているんだ。
いよいよ花梨さんの名前が呼ばれた。
花梨さんは勢いよく立ち上がり、一歩目を踏み出したところでビターンと床にダイブした。
見ると、机の脇にかけていた体育館シューズの紐に足が絡んでいた。
静まりかえる教室。
「だ、大丈夫?」
僕が慌てて手を貸そうとすると、それを待たずに花梨さんは一人でむくっと起き上がり、まっすぐ前を見つめてこう言った。
「大丈夫。カリンはできる子だから!」
「いや、そうじゃなくて、鼻血が出てるから……」
「ふあっ!?」
花梨さんは慌ててボクが差し出したティッシュを鼻に当てる。
恥ずかしさを堪えるように真っ赤な顔で眉間にしわを寄せている。
周りからくすくすと笑い声が聞こえるけれど、これは仕方がないよね。
すっかり意気消沈してしまった花梨さんは、とぼとぼと先生のところへ歩いて行く。
先生は、ぷいっと顔を背けたままテストの個票を渡す。
無言で。
花梨さんはその場でじっと個票の紙を見つめている。
無言で。
次の瞬間、くるっとこちらを向いた。
「やったー! 8位をとれたー!」
「う、うそでしょー!?」
思わず立ち上がって声を上げてしまったボク。
騒然とする教室。
「も、もう一度よく見た方がいいんじゃないかな? ほら、順位と点数を見間違えてしまうことなんて、誰にでもあることだから……」
「はあーっ? なに言ってんのショタ君。カリンがそんな間違えを犯すわけがないじゃないの!」
いや、どの口が言ってるの!
キミ、めっちゃ間違えを犯すタイプじゃん!
「残念ながら――」
教卓に両手をついた先生が、本当に残念そうに口を開いた。
「――鮫嶋さんが学年8位であることは事実です。残念ながら……」
赤縁メガネをクイッと指の先で持ち上げて、ため息まじりにそう言った。
そういえば、ここ数日先生は元気がなかった。
ボクをディスる言葉にも力が入っていなかったんだ。
「まさかこのF組から成績上位者が出るとは思いもしませんでしたので、皆さんに伝えていないことがありましたが、仕方がないので伝えます――」
妙に回りくどい前置きをして、先生は何かを観念したように毅然とした態度で口を開く。
「今年度から、テストの成績上位10名には、昼食時と放課後の時間に、カフェの個室利用権を与えられます! フリードリンクと日替わりランチの食事券付きです! ランチをグループで食べたり、放課後の自主勉強などに自由に使えるのです!」
どよめきが広がる。
単純にうらやましがる声、花梨さんを嫉妬する声、この際だから仲間に引き込んでしまおうという声が入り乱れている。
突然に話題の人となった花梨さんは、オタオタとして落ち着かない。
先生は、パンパンと手を叩いて場を静める。
コホンと咳払いをしてから、話を続ける。
「ただし、生徒会執行部に入っている生徒は除きます!」
ピンクのルージュの口元が、ほんの一瞬、ほくそ笑んだように見えた。
「ええーっ、じゃあ生徒会の協力者になっているカリンはダメなんですかー?」
「ダメ……と言いたいところですが、現時点であなたは生徒会執行部のメンバーではありませんので、かぎりなくアウト寄りのギリギリセーフという立場です。今後生徒会室に入り浸るようなことがあれば……資格は取り消されることでしょうね」
生徒会が華々しく打ち立てたワンダーランド計画――
まるでそれに対抗するかのように学校側が用意した成績上位者への優遇措置――
その二つの関連性があるのか無いのか――
ボクには分かんないや~。
「ほーんと、キミは私の思うとおりの生徒で、先生楽しいわー。うふふふっ」
そう言って、にこにこ顔で渡されたボクのテスト結果は……ご想像にお任せします。
なんか、先生も元気を取り戻したみたいだ。
席に戻る間、皆からの同情の視線を一身に浴びてしまった。
「ねえねえ、良かったらカリンが勉強みてあげるわよ? ほら、カフェの個室がタダで使えるらしいから、今日の放課後やる?」
花梨さんにまで、本気で心配される始末だ。
「ありがとー。考えとくよー」
ボクは机に突っ伏した。