二兎追うものは姉弟丼(結)
夕食のメニューは、大根の煮付けと親子丼だった。
大きなダイニングテーブルに、姉と二人で向かい合わせに座り、家政婦の喜多は、いつものように少し離れた場所に立っている。
「喜多さんも一緒に食べればいいのに」と言ってみたら、
「私が美味しくい頂きたいのは、この親子丼ではありませんので」と不思議な答えが返ってきた。
ボクと姉は目を合わせて、同時に首を傾げた。
喜多は時々、ボクら姉弟には理解できない言葉を吐くんだ。
▽
テレビの前のソファーにもたれかかり、お風呂上がりの牛乳を飲んでいたら、背後から姉が近寄ってくる気配がした。
「あの……祥ちゃん?」
振り向くと、折り畳んだ花柄のバスタオルを胸の高さで持った姉が、モジモジしながら立っていた。
「あ、あのね? 私、どうしても確かめたいことがあるんだけど……」
姉の頬が、まるでもうお風呂に入って来たときのように紅潮していく。
ボクはその様子を見て、これはとても大事な話なんだということを理解した。
ボクは姉と正対する向きに座り直す。
「いいよ、何でも訊いて!」
「はうっ……」
姉は強力なライトを顔に向けられたように上体をのけ反った。
キョトンとした顔でボクは首を捻る。
すると、姉は「あうぅぅ」という声を漏らしつつ、花柄のバスタオルを手でモミモミし始める。
「お、お姉ちゃん、だいじょう――」
「あ、あの!」
「は、はい?」
心配して声をかけようとしたら、思いの外大声で返されたのでビックリしたけれど、姉はまた固まった。
しばらく無言。
バスタオルを持つ手の先だけがモミモミと動いている。
すうーっと息を吸う音が聞こえて、
「私と美紀、どっちが良かったかなぁー??」
キッチンから、スプーンか何かが落ちる音がした。
姉は目をキュッとつぶったまま、うつむいている。
え? 何の話なの?
姉と美紀さんのどっちが良かったか?
姉はふるふると体を震わせて、ボクの返事を待っている。
ボクはそんな姉が理解できない。
だって……答えは決まっているじゃないか。
「お姉ちゃんの方がいいに決まってるじゃないか!」
「んんん~っ!」
ボクの返事を聞いた姉は、バスタオルをギューッと抱きしめて感情の爆発を堪えるような素振りを見せた。
そして、ぱあっと明るい顔を上げた。
「そうよね! 大きさも形も触り心地も、私が一番だよね?」
「えっ……あ、う、うん……」
ボクの手を握って、上下にぶんぶんと振る姉は、何かにものすごく興奮している。
形? 触り心地?
一方のボクは、頭の中にハテナマークが何個も浮かんでいた。
床に落ちたバスタオルいそいそと拾い上げ、バスルームに向かっていく姉の後ろ姿を見ながら、ボクはまだ首を傾げている。
姉と美紀さんのどっちが良かったって訊かれても、結局美紀さんはすぐに帰っちゃったのだから、比べようもないよね?
それに、姉の教え方はとても上手で、凡才のボクが超難関校の星埜守学園高校に入学できたぐらいなんだ。
うん、やはり勉強を教えてもらうならば、姉の方がいいに決まっている。
…………。
「あーっ! 勉強すんの忘れてたーっ!」
ソファーから立ち上がり声を上げると、またキッチンから音がした。
牛乳を飲み干し、キッチンに持っていくと、家政婦の喜多がそれを両手で受け取った。
廊下に出ると、パスルームから水が弾ける音に続いて――
『お姉ちゃん、大っ、勝ーっ、利ーっ!!』
姉の雄叫びが聞こえてきた。
姉は何かに勝利したらしい。
これで12話に渡ってお届けしてきた工藤美紀の担当回が完結です。
彼女の今後の動向については目が離せませんね~。
次回から、第二章の〆として鮫嶋花梨がメインヒロインになります。
貯めに貯めてきた伏線の回収も始まりますよ~!
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