二兎追うものは姉弟丼(弐)
結局、美紀さんはあのまま帰ってしまったようだし、美紀さんを追いかけていった姉も、なかなか部屋に戻ってこなかった。
だから、勉強はボク一人でやることにした。
まあ、勉強なんてものは一人でやるものなのだから、ぜんぜーん問題はないわけだけれど。
「ううーっ! なんか集中できないやーっ!」
頭をくしゃくしゃ掻きむしる。
天才の姉とは違って、凡人のボクは頭の切り替えが遅い。
いろんなことが頭の中をぐるぐると渦巻いて、勉強に集中できないんだ。
「こんな時は、頭を使わなくていい英単語の書き取り練習がいいよね!」
自分自身を奮い立たせるために、大きめの独り言をつぶやく。
さっと席を立ち上がって、カバンの中をごそごそと探ると、単語帳と一緒に、ピンクの花柄模様のハンカチが出てきた。
「あっ、忘れてた! これ、洗濯して花梨さんに返さなくちゃいけなかったんだ」
今日の昼休みの出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
ボク死ぬわけじゃないんだけどね。そんな気持ちになったということ。
勉強は一先ず置いておいて、ボクは洗濯機のある洗面所に向かうことにした。
階段を降りていくと、喜多と姉の話し声が聞こえてきた。
親子丼とかなにやらメニューの話しをしているようでいて、会話の端々にボクや美紀さんの名が出てきたりして、まったく会話の内容は分からない。
でも、ここでボクが姿を見せると〝ご本人登場ーっ〟みたいな変な空気に変わってしまうだろうから、ここはなるべく聞き耳を立てないようにして、洗面所に向かうのが正解だよね。
洗濯機の蓋を開け、放り込もうとしたときに、はたと気付いた。
これ、他の物と一緒に洗ってもいいのかな?
何も言わずに入れておいたら、ボクが入れた洗濯物だと誰も気付かないよね?
うーん、どうしよう……
結局、洗面台を使って手洗いすることにした。
水をためて、ハンカチを中に入れると、茶色い異物がしみ出してくる。
「うっわっ」
思わず声が漏れた。
これ、エビフライの衣だ。
花梨さんの口の中で咀嚼されたエビフライの衣が、ボクの顔にかかって、それをこのハンカチで拭いたときに付いていたものだ。
あの悪夢のような光景は、まだボクの脳裏にしっかりと刻まれている。
許すまじ! 鮫嶋花梨!
怒りを込めて、排水する。
そして再び水を貯めていく。
…………。
ほんのりイチゴ牛乳の香りがする。
…………。
「ああーっ、ボクは何を想像していたんだぁー??」
「ど、どうしたの祥ちゃん!?」
「くせ者が出ましたか!? ショウタ様!?」
ボクの叫び声を聞きつけて、姉と喜多がドアから顔を覗かせた。
「あっ……な、なんでもないから……」
ボクは火照った顔を隠すように、顔を背けた。
入学式の朝、校舎前で地べたに手をついてうな垂れている花梨さんに出会ったその時から、ボクは少し情緒不安定になってしまったんだと思う。
ああっ、ボクはこれからどうなってしまうんだろうー?





