二兎追うものは姉弟丼(壱)
美紀さんとサヨナラをしてからも、私はしばらくその場で立ち尽くしていた。
頭の中で色々な考えが浮かんでは消えていく。
閉じられた玄関の扉をじっと見つめながら、指の先で唇の感覚を確かめていたその時――
「あの娘……なかなかの策士でございますな――」
不意に背後から声がして、心臓が飛び出すぐらいに驚いてしまった。
「い、いたの喜多!? いつから?」
エプロン姿の喜多が、私のすぐ背後に立っていたのだ。
彼女は左手に大根を、右手に包丁を持っている。
「――まさか親子丼ならぬ姉弟丼を狙いに来るとは……まあ、私の目が黒いうちは美味しく召し上がれることはないと、思い知るがいいのです!」
そう言いながら、大根に包丁をグサリと刺した。
えっと……親子丼? 姉弟丼? なにそれ? 今晩のメニューの話しなの?
喜多はときどき、私の理解を越えたセリフを吐くのだ。
「お嬢さま――あの娘、如何いたしましょう? 消しますか? もちろん、社会的に――でございますが」
そう私の耳元でつぶやいた彼女の口元は、ひくひくと引きつっていた。
「ちょ、ちょっと待って! 曲がりなりにも美紀さんは私のお友達なんだから……あなたには手を出してもらいたくはないわ……」
「そうですか。それは少し残念です。ほんの少しですが……」
「あっ、ちょっと待って!」
なぜか肩を落として、キッチンに戻っていく喜多の後ろ姿に向かって、私は声をかける。
「……もしかして、あなた……私と美紀さんがベッドの上にあんなことになっているのを、黙って見ていたんじゃ――」
かーっと顔が熱くなって、私は口ごもってしまった。
思わず口が滑ってしまったけれど、このタイミングであのことを思い出すのキツい。
それに、さすがに喜多でも、あの状況をただ傍観するなんて有り得ないこと。
「それはもしや、毎晩のようにお嬢さまがショウタ様のベッドの上で、アハーンとか漏らしながら、淫らな行為に耽っているときのお話でしょうか?」
「えっ……違う……けど」
「そうですか。それでしたら答えは〝ノー〟と言っておきましょう。私はなーんにも見ませんでした。ええ、なーんにも」
そう言いながら、ドアを開けてキッチンへと戻ってしまった。
はっ?
「ちょ、ちょっと待ってよ! アハーンとか淫らな行為とか、あなた何か誤解しているでしょう!?」
私は慌てて喜多の後を追ったのだ。