君子危うきに近寄る(捌)
ボクは玄関に置かれていた駅前のケーキ屋の箱を冷蔵庫に入れて、姉の学生カバンを部屋の前に届けてから、自分の部屋に戻ってきたところだ。
「ん? あれ?」
ところが、ドアノブに何かが引っかかっていて回らないんだ。
「お姉ちゃん、ドアが壊れちゃったみたいなんだ。内側からなら開くかな?」
声をかけたけれど、中からの反応はない。
ドタドタと物音が聞こえるから、姉と美紀さんが中にいるのは確かなんだけれど。
「お、お姉ちゃーん! 美紀さーん! どうしたのー? 何かあったのー?」
ドアをドンドンと叩きながら、ボクは声を張り上げる。
一体、ボクの部屋で何が起きているというんだろう。
もしかして、強盗犯が姉たちを人質にして立てこもっているとか?
サーッと顔から血の気が引いていくのが自分でも分かった。
ボクはドアから離れて、覚悟を決める。
事件の早期解決は、初動での対応が全てだと、父は言っていた。
「行くぞぉーっ!」
ドアに向けて肩から突っ込む!
そのとき、カチャっと音がして、ドアが開いてしまった。
「きゃっ」
姉の短い悲鳴が聞こえると同時に、カーキ色の制服のブレザーと純白のブラウスからこぼれるような大っきな丸い胸の膨らみが目の前に迫ってきて――
なんとか肩から突っ込むことを回避できたけれど、それは顔から突っ込む形になってしまうわけで――
ボクの顔面はお花畑の香りがする姉の胸に包まれていく。
「とっ、とっ」
勢いよく突っ込んだボクの身体を支えきれずに、姉は後ろへ倒れていく。
「きゃあ」
すると、すぐそばにいた美紀さんも巻き込む形で、三人がふかふかカーペットの上に倒れ込んでしまった。
「ぷはっ」
姉の胸に埋もれていた顔を上げると、ボクの左手はマシュマロみたいに柔らかな美紀さんの胸を掴んでしまっていて――
「あわわっ、美紀さんごめんなさい!」
相手が姉ならともかく、先輩のおっぱいを触ってしまうなんて、これは許されないこと。ボクは全身全霊の思いを込めて頭を下げた。
あ、これ、土下座っていうやつだ。ボクは生まれて初めて渾身の土下座をしている。
怖くて顔が上げられない。
設定限界温度に向けてエアコンがフル稼働中というのに、顔が熱い。
「弟くん……」
「は、はい!」
「カ、カエデと私……ど、どっちが良かったかしら?」
「は、はい! …………えっ!?」
驚いて顔を上げると、美紀さんは唇に小指を当て、頬を真っ赤に染め、視線が左右に泳いでいた。
姉も驚いた表情で、美紀さんをじっと見ている。
「お、弟くんとカエデは姉弟なわけで……色々と問題があるけれど……わ、私なら……」
美紀さんは、そこまで息を絞り出すように喋ったと思ったら、その場でバッと立ち上がり――
「何でも応えてあげられるんだからぁぁぁ――――ッ!!」
天井に向かって絶叫した。
ボクと姉が呆気にとられている間に、ベッドに転がっていた二つのぬいぐるみをカバンに入れて、ダッシュで部屋から出て行った。
「ま……待ちなさいー!」
美紀さんから少し遅れて、姉が追いかけていく。
ボクはまだ放心状態。
エアコンのリモコンに手を伸ばすのが精一杯だった。