君子危うきに近寄る(漆)
顔面蒼白になった美紀さん。足はブルブルと震え、呼吸は浅く、目が慌ただしく動いている。
そんな状態だというのに浅知恵は働くようで、何かを隠すように手を後ろにまわした。
「美紀さん……あなたのことだけは信用していたのに……」
「ご、ごめんなさい……」
「謝って済むなら警察は要らないのよ!」
「ひいっ」
バーンと手のひらでドアを叩きながら、私は一喝した。こんなベタなセリフが口から飛び出すなんて、私はどうかしている。
肩を怒らせズンズンと間を詰めていくと、美紀さんはよろよろと後ろへ下がっていく。
情けない顔ね。
ミス星埜守準グランプリの看板が泣いているわ。
「きゃ」
ベッドにつまずいて、仰向けに倒れ込む。
手から離れた二個のぬいぐるみがベッドの上に転がった。
それを慌てた様子で拾い上ようとする彼女を見下ろしているうちに、怒りが憎悪へと変化していく。
「それ、そんなに大事な物なの?」
「えっ」
私は美紀さんを押し倒し、ベッドの上で馬乗りになった。
「たかがゲームセンターの景品に、随分ご執心のようだけど……それは私が祥ちゃんにあげたものなの。それをどうしてあなたが……」
「こ、ここ、これは……お、弟くんが、く、くれたのよ! ほほ、ほ、本当なんだからぁ!」
首を絞めている訳ではないのに、なぜか真っ赤な顔をして狼狽している。
ほんと、情けない顔ね。
ミス星埜守準グランプリの看板が泣き崩れるわよ。
「ふーん、そっかー。祥ちゃんにもらったんだー。へぇー……」
「そ、そうよ! だ、だからこれはもう私の物なんだからぁ!」
「そっかー。美紀さんはー、私に生徒会の仕事を押しつけてー、私がいない隙を狙って祥ちゃんの部屋に上がりこんでぇー、祥ちゃんに初めてのプレゼントをもらったんだー、へぇー……」
「ち、ちがうの! これはそんなつもりじゃなくって――うっ!」
美紀さんの紅潮した柔らかな頬に、トランプのカードを押し当てる。
女の子の肌特有のプニっとした感触が伝わってくる。
これを祥ちゃんに近づけてはならないと、私の心のアラームが鳴り響く。
「これ、見覚えがあるよね? 元は私が用意していた手品用のカードだよ。一見すると普通のトランプだけれど、よく見ると裏の絵柄から表が何だか分かるようになっている。だから、このタネを知っている私は、祥ちゃんが選んだカードとペアのカードを引くなんて造作もないことだった! あと一息で私と祥ちゃんは、バディーとして家でも学校でもずっとイチャイチャできるはずだったのに……」
指先でカードの端をめくり上げ、表面をペリッとめくると、全く異なる絵柄が見えてくる。
「誰かに仕組まれていたとしたら、うまくいくはずもないわよね?」
冷めた目で睨む私。
対して工藤さんは、私に両腕を押さえ付けられ、馬乗りになられて下半身も身動きがとれずに、短い呼吸を繰り返している。
お腹は圧迫はしていないはずなのに、ますます頬を火照らせて苦しそう。
けれど、私は同情しない。
彼女には罪を認めて、償ってもらわなければならない。
玄関に私の荷物を取りに行った祥ちゃんが、そろそろここに戻ってくるころなのだ。
私はぐっと腕に力を込め、前屈みになる。
「仕組んだのは、あなた……でしょ?」
「あんっ」
万が一にもこの会話を祥ちゃんに聞かれてはならないので、彼女の耳元に口を寄せて小声で尋問しようとしたら、変な声を上げられてしまった。
何なの?
答えをはぐらかそうとしているの?
そんな手は通用しないわ!
「トランプに細工までして、あなたは祥ちゃんを――うぷっ!?」
工藤さんが急に顔をこちらに向けてきたので、私の唇と彼女の唇が重なってしまった。
驚いた私はすぐに離れようとしたけれど、なぜか工藤さんは私の背中に手を回してそれを阻止してきた。
「んんーっ! んんーっ?」
祥ちゃんのベッドの上で、二人の女が訳の分からない状況になっていた。