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オヅロッグ

 オヅロッグはプロデスト共和国が利の国と呼ばれていた頃の首都であったが、当時の王がボーガ王国に喧嘩を売った結果、逆にこの都市に攻め込まれてしまい、その際に町の建造物をかなり破壊された上に、元々砂漠に近く不便な町だったという事もあって人が離れて行き、現在ではすっかり衰退してしまっている。

 ただ、当時の王が住んでいた『愚者の城』は壊されずに残っており、この国の英雄が降るっていたという『王家の大剣』が北東の草原に突き刺さっていたので、それらを観光名所にしてなんとかこの都市を発展させようという動きはあった。

 そんな町へと入って行くと、何故かカイは病弱そうな人間や年寄りからは有り難がられたが、王の遺した財産を目当てにこの町に流入してきた賊達からは畏怖の目を向けられた。

 辺りは既に暗くなり始めているので、この町にサヨがいるのであれば、彼を彼女と見間違えたのかもしれない。

「分かりやすいな、お前の姉さんの影響じゃないのか?」

「ただ、これではまだ姉さんがここにいるかどうかは分からないな。少し聞いてみる必要がありそうだ」

 二人は手綱を操り、人が多く住んでいるであろう愚者の城方面へと馬を進めていく。

 廃墟の多さが目立つ町並みをしばらく進んで行くと、急に開けた場所に出た。

 そこには建物の遺構がチラホラとは見えるものの、その他には何もなく、ただ雑草が生い茂っていただけなのである。

 建物が無いのはこの一帯だけのようであり、その先の広い橋を渡った先にはまた町並みが広がっている。

 ボーガ王国がここに攻め入ったという事情を知らないカイは、

「なんでここだけ何も使われていないんだろうな」

 と、エレグに疑問を投げかけた。

「建物なら無い事もない、そこの広い土橋がそうだ。あれはここら一帯の建物を崩して造ったものだからな」

 彼はそう答えると、この国とボーガ王国の関係について簡単に説明し始めた。

 この国の優秀な市民や兵士は暴利を貪るだけの上級階層の人間に馬車馬のように働かされていた事、当時の将軍が起こしたクーデターをボーガ王国がバックアップした事、王や上級階層を壊滅させた事によってオヅロッグは衰退し、ついでに治安も一層悪くなってしまったが国全体としてみれば全盛期を凌ぐほどの国力になっている事などを一通りである。

「その橋ができる前、そこの水堀は上級階層と平民、貧民を分けるための物だったらしい。俺はここでの戦いには参加していないから聞いた話だがな」

 そう説明を終えながらその土橋を渡り切る。

「という事は俺達が今いる方が上級階層が住んでいた地域か。それにしても、当時の上級階層もこの近辺が将来こんな事になるとは思っていなかっただろうな」

 カイは周りを見渡しながら答えた。

 元々治安が悪いことで有名な都市ではあるが、どう考えても、先程歩いてきた市街地よりもこちらの旧高級住宅街の方が治安が悪そうなのである。

 ちょっと見渡しただけで、野犬が男の死体に群がってそれを貪っている光景や、女性物の服が縛り付けてある木とその服の持ち主と思しき胴体だけの死体が目に入った。

 さらに、今まさに少し離れたところで老爺が数人の男に囲まれ、鈍器で殴り殺されようとしている。

「あれは、まずいな。カイ、助けに行くぞ」

「ああ」

 二人は老爺の方向へ馬を走らせた。

 既に辺りは暗いが、男達は松明を持っているため二人はただそれに向かって進むだけでいい。逆に、男達からは光源を持っていない彼等を視認する事はできないだろう。

 蹄鉄の音を抑えながら充分に近づくとエレグが馬上から男数人の足を射抜き、カイが馬を走らせながら老爺を回収し、二人は旧貧民街の方へと引き返して行った。

 馬に追いつく事は出来ないと悟っているからか、エレグの背面騎射を警戒しているのかは分からないが、男達が追ってくる様子はない。

 その貧民街にある廃墟へと入った。

 暗くてよく見えないが、最近放棄された住居らしくそこまで痛んではいないようだ。大通りからは少し離れた位置にあるため明かりをつけなければ、先程の集団に見つかることもないだろう。馬も目立たない所に繋いでいる。

 そこでエレグが気絶した老爺を起こす。

「ありがとうございます。おかげさまで命拾い致しました」

 と、老爺は意識を取り戻し、やや咳き込みながら言った。

 先程の集団に襲われる前からどこか患っているらしい。

「しかし、あんたは何であんな所に居たんだ? この町はただでさえ治安が悪いみたいだが、あんたがさっきまでいた地域はその中でも特に悪そうだったぞ」

 エレグが彼に尋ねた。

「週に一度程の間隔で砂漠からこの町へといらして、病人や怪我人に薬草を煎じて渡してくれる薬師さんがいるのですが、彼女が来るのが今日くらいだと思ったのです。しかし、なかなか来なかったので、もしかしたら旧高級住宅街の方に来ているかもと思いまして様子を見に行った次第にございます」

「しかし、今は夜だぜ? この時間まで待っても来ないのであれば明日なんじゃないか?」

「いえ、彼女は夜訪ねて来る事が多いのです」

 ここまでのエレグと老爺の会話を聞いた限りだと、女性の薬師であること、治安の悪い地域に入り込んでも問題ない程の力を持っていること、どちらかと言えば夜型人間である事がサヨの特徴と一致する。

 そのためカイは、

「貴方の代わりにその薬師を探して来ますので、彼女の事についてもう少し詳しく教えてくれませんか? 例えば、普段はどこで落ち合っているかとか、身体的な特徴などが分かれば探し易いと思いますので」

 と、老爺からその女薬師の事を詳しく聞き出す事にした。

「普段は橋の前の広場にみんなで集まって診療して貰う事が多いです。まぁ、みんなと言っても他の人間は後は自然治癒でどうにかなるというところまで回復しましたので後は私だけですが……。それと、彼女の外見についてですが、背丈が高く、何処かの目立つ民族衣装を召していたので一目見ればすぐに分かると思います」

 その時、雲に隠れていた月明かりが窓から差し込んで、廃墟にいる三人を照らした。

 カイ達と老爺はお互いに相手の事が良く見えていなかったが、この差し込んで来た光によってお互いの顔をはっきりと視認する事ができた。

 カイの顔を見ると、老爺は目を丸くして、

「薬師さんの事について提供できる情報がもう一つありました。彼女は貴方に良く似ていらっしゃる。顔も雰囲気も」

 と言った。

 これによってカイは

(まだ会ってはいないから何とも言えないが、ほぼ間違いなく姉さんだな)

 という結論に至っている。

「分かりました。我々が彼女を探しますので、貴方はここで待っていてください」

 そう言ってカイがエレグと共に外に出ようとすると、

「しかし、大丈夫でしょうか。私としてはどちらかに残っていただく方が有難いのですが」

 と、老爺は心配そうに二人へと言ってきた。

 彼の言うことは最もではあるが、カイとエレグには二人で手分けして捜索し、さっさとサヨを見つけたいという気持ちもあった。

 そのため折衷案として、捜索を短時間にしてすぐに戻って来る代わりに二人で探すというものを提案すると、

「分かりました、それでお願いします。足を引っ張るような事をしてしまって申し訳ありません」

 と、老爺はそれで納得してくれた。

「ただ、先程の連中に殺されたくなければ明かりはつけないでくださいね。この都市は廃墟が多いので、明かりさえつけなければ滅多なことでは見つからないでしょうから」

 そう言い残すとカイはエレグと共に再び広場の方へと向かって行った。


 二人が広場へ戻ってみると、先程の集団が未だにそこにいた。

 ただ、彼等に危害を加えるだけ加えてそのままトンズラを決め込んだカイとエレグを探しているという様子はなく、一人の女性を取り囲んでいた。

 カイとエレグは建物の残骸を使って隠れて様子を見る。

 何故か助けに行こうという考えには至っていない。

「囲まれているのは女のようだが、あれがお前の姉か」

「いや、少々暗い上に距離が離れているからちょっと見えないな。あの集団を片手で瞬殺してくれれば間違いないんだが」

「いや、俺には充分見えるぞ。確かにお前に似ているな」

 そう、声を潜めながら話す。

 この時、二人は同じ光景を見てはいるが少々見え方が違っている。

 元々遊牧民であるエレグは夜目が利く上に視力も良いが、カイにはそんな特技はない。

「俺にはよくわからないから、君が見た情報を教えてくれ」

「待て、何か話し始めたようだ。悪いが、説明は全て終わった後になりそうだ」

 カイが聞き耳を立てると、確かに微かではあるが話し声が聞こえて来る。

 話の内容から察するに男達の方が女性を煽っているが、彼女の方は

「本当に戦うんですか? 私、結構強いですよ? 武人や魔法使いなら止めませんけれどゴロツキなら止めておいた方がいいと思いますよ?」

 と、煽ってくる男達を心配するような発言をひたすら繰り返している。

 が、これだけ人数がいれば勝てると踏んだのか、彼等は鈍器を振り上げて彼女へと襲いかかった。

 対して彼女は先陣を切って襲いかかってくる男に片手で掴みかかると、それを別の男の方へと投げつけた。

 投げ飛ばされた者は凄まじい勢いで彼の仲間を二人程巻き込みながらすっ飛んでいく。

 そして、ようやく止まった頃にはその三人は気絶していた。

 男達はそれを見て一瞬怯んだがまだ十人はいるため、気を取り直して彼女への攻撃を再開する。

 が、その後も彼女は投げ技を主体に相手をどんどんと倒していき、ほんの数秒で全員戦闘不能にしてしまった。

「まぁ、集団での波状攻撃って発想は悪くないと思うので、それを訓練すればかなり強くなると思いますよ。いつか、真の戦士となったあなた達と剣で戦いたいものです」

 と、倒れた彼等に言い残すと彼女はカイとエレグが身を潜めている場所へと近寄って来た。

 そして、崩れた壁を隔てて、

「私と彼等、どちらに用があっていらしたのですか? 私の戦い方を見たいとの事でしたら見物料でも徴収しましょうかねぇ。金額次第によっては剣を使った大道芸も見せて差し上げますよ」

 と、二人に話しかけて来た。彼女は既に二人の気配に気づいていたらしい。

「もう見飽きているからいいよ、姉さん」

 そう言って、カイが建物の残骸から顔を出すと彼女は少し驚いた顔をした。

 まさか、自分の弟が遥か遠くの国からここまでくるとは彼女も思っていなかったのである。

「えっ、何でカイ君がここにいるんです? という事はもう一人の気配も兵の国の誰かですかねぇ」

 彼女の問いに答えるように、

「いや、俺はボーガ王国在住のこいつの友人でエレグという者だ」

 と、言いながらエレグが出て来た。彼はさらに重ねて、

「こいつはあんたを探すためにここまで来たんだ。詳しい事は場所を変えて話したいんだがついて来てくれるか?」

 と、言うとカイの姉サヨは承諾した。

 その後、カイとエレグは騎馬で、サヨは自らの足で老爺が待つ廃墟へと向かって行くが、彼女は涼しい顔をしながら馬のスピードについて来ることができた。

(事前にある程度話には聞いていたが何だこの女は。しかも、先程の戦いで剣を抜いていなかったところをみると、どうやらまだ全力は出していないらしい)

 と、エレグは彼女に対して頼もしさよりも、むしろ恐怖を感じた。

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