コルムの魔法
ボーガ王国の宿駅は一定間隔毎に置かれており、中には小規模な都市のようになっているところもあるが、リペリアンから離れて行くにつれて次第に規模が縮小していった。
そして、ボーガ王国とプロデスト共和国の中間地点辺りにある宿駅は小さな集落程度の規模だった。
人手も少ない上に施設も貧弱だからか、何度か魔物の襲撃を受けたらしく、建物にはやや傷が目立つ。
ただ、ここが特別小さいだけで、コルム曰く
「ここは、ボーガ王国からもプロデスト共和国からも中途半端に離れた位置にあるからどうしても人が集まり難いんだ。ここからプロデスト方面へと近づいて行くにつれてまた宿駅も大きくなっていく」
とのことだった。
「盗るものがなさそうなので、野盗に襲撃されることはないでしょうが、魔物に襲われやしませんかね」
と、カイが彼に尋ねる。
彼は馬に乗る事には慣れて来たが、弓は一切使う事が出来ないので、草原での強さはエレグとコルムの両人に劣る。
即ち、死亡する可能性が両人以上にあったので少々心配だった。
「大群に襲われれば流石にどうしようもないけど、一体や二体くらい強力な魔物が出て来たとしても問題ないよ。この国に住んでいる者は元々狩猟を生業にしていたから、他国の民間人よりは遥かに弓や馬の扱いに長けている。この宿駅には俺達含めて二十人くらいしかいないが、充分に対応できるはずだ」
大猪と戦った際のエレグも強かったので、コルムのその言葉には説得力があったが、カイは散々強いと言われていた水の国や、兵の国の戦士達が押し切られたという事実を実際に体感していたのでどうしても不安を拭えなかった。
ただ、これ以上進むと草原で夜を過ごす事になるので、その日はそこで宿泊する事になった。
日が沈む前に、何か咆哮のような声が聞こえた。
狼の遠吠えなどではなく、本当に咆哮としか言えない声である。
その直後、足音が次第に集落の方へと近づいて来た。
かなり重厚感のある足音である。
「何だ!?」
旅籠の中にいた三人はそれらの音の発生源を確認するべく、外に飛び出した。
が、飛び出した直後固まってしまった。
外には見上げるほど巨大なトカゲのような魔物がいたのである。
集落にいた遊牧民達が馬を駆って大トカゲを翻弄しつつ、騎射で攻撃を加えているが、皮膚が硬く厚いためか、矢は通用していない。
それどころか、尻尾で薙ぎ払われたり、噛み付かれたり、炎を吐かれたりして遊牧民達はどんどん戦闘不能にさせられているためどちらかと言えば劣勢であろう。
「流石にあれはどうにもならないぞ」
エレグは力なくそんな事を呟いていたが、
「いや、やりようはある。硬い皮膚ってのは確かに厄介だが、攻撃が通用するような箇所があるはずだ、何より知性はあまりないみたいだしな。二人はとりあえずいつでも戦えるように準備をしつつ、ここで待機していてくれ」
と、コルムは言い、馬に乗って単身で大トカゲへと向かって行った。
そして、大トカゲの目を狙って矢を放つが、動いている小さい的に当てることはかなり難しく、カスリもしなかった。
(充分に近づいて放ったのにこれか……せめて向こうが止まっていればな)
と考えながら馬を反転させて逃げに徹し始める。
が、大トカゲはついて来ず、町の遊牧民達の方向へと歩いて行き、彼らと戦い始めた。
その隙に、コルムはカイとエレグに今さっき思いついた作戦を伝えるために彼らがいる旅籠の前へと向かって行った。
「奴を倒せるかもしれない方法を思いついた。が、特にカイは危険に晒される作戦になる。それでも二人とも協力してくれるか?」
と、彼は二人に問いかける。
二人はここで宿駅が滅ぼされてしまっては後味が悪いので、すぐに首肯した。
すると、コルムは
「まず、俺が魔法で奴を転倒させる。転倒した後は俺とエレグで奴の目へと矢を放ってそれを潰す。ここで矢が脳に達っするか、矢毒が奴の体内に回るかして仕留める事が出来ればそれでいいんだが、仕留める事が出来なかった場合はカイに活躍してもらう事になる」
と、言って一呼吸置くと、
「仕留めきれなかった場合、カイに奴の口の中に入ってもらって、そこから剣で脳を突いて貰いたい。勿論、魔法でサポートはするが食われる可能性はあるし、たとえ食われなかったとしても、奴の口に変な病原菌がいた場合それが原因で死ぬかもしれない。改めて聞くが本当にやるか?」
と、言った。
「おい、流石にそれは…」
そうエレグは止めようとしたが、カイはそれを制止して
「それで行こう」
と、言った。
が、少々震えている。
その事をエレグが指摘したが、
「武者震いだよ」
と、誤魔化した。
「まぁ、俺達が矢で仕留めればそれで済む話だ。だが、いざとなったら頼む。行くぞ」
コルムのその掛け声を合図に三騎は大トカゲへと接近して行く。
すると、大トカゲは三人に気づいて彼らの方目掛けて走って来た。
そこを、コルムは
〈大量の 砂礫が紡ぐ 捕獲罠〉
と呪文を唱えて、砂で出来た縄のような物を出現させた。
彼は土属性の魔法を使う事ができるのだが、その規模は大きくはなく、呪文の文言に大量のと加えていたにもかかわらず、縄はあまり太くはない。本来、魔法は呪文によって効果と威力が変化するにも関わらずである。
ただ、それでも大トカゲはかなりのスピードが出ていたからか、その縄に左足を引っ掛けて転倒した。
その隙にコルムと、エレグは転倒した大トカゲの目を狙って矢を大量に浴びせた。
矢はいくつか外れはしたが、両目に何本も刺さり完全に大トカゲを失明させるに至った。が、大トカゲは眼球すらそこそこ硬いらしく、脳に達するまでは刺さっていない。毒も効かないようで動きが鈍る様子もなかった。
こうなったら最後の作戦を取る以外にない。
コルムは砂で大トカゲの足を抑えて立ち上がらせないようにしつつ、
〈思うまま 砂を操る 我が采配〉
と、呪文を唱えて新たに砂を出現させると、それを使って大トカゲの口を無理矢理開けた。
相変わらずそこまでの砂の量ではないが、それでも数秒間口を開けたままにする事くらいはできるだろう。
すかさずそこにカイが飛び込み、喉の奥まで進むと、そこから頭目掛けて剣を突き刺した。
致命傷を食らった事によって大トカゲは数秒暴れ、その際にカイは飲み込まれてしまったが、すぐに大トカゲは死んだので彼は自力で這い出て来た。
仲間二人は彼の無事を喜んだが、それにしても真っ先に飛び出した言葉は、
「そこの川で胃液を洗い流せ」
であった。
「いくら何でもいきなりそれはあんまりだろ……」
やりとり自体はそんな感じだったが、力を合わせて強敵を倒し、信頼度が向上したからか三人とも少し笑っている。
カイは川で身体を洗ったが、臭いが気にならなくなるまで数時間かかったので風邪をひいてしまい、着ていた物にも変な臭いが染み付いてしまったためそれは捨てる羽目になった。