リペリアン
カイとエレグは妙な休憩の取り方をしたからか、翌朝になってもあまり疲れが取れていなかった。
交代しながら見張りをした甲斐もあって魔物や獣に襲われる事はなかったが、この状態で道中それらに出て来られたらまずいかもしれない。
「先を急ぐぞ、お前が馬に慣れていないという問題を抱えているように、俺にも矢の本数に限りがあるという問題がある」
そう言うと、エレグはさっさと準備を整えて馬に乗り、先に進み始めた。
カイは昨日は自分流の乗り方で乗っていたが上手くいかなかったので、この日はエレグの乗り方を参考に騎乗してみた。
すると、昨日よりは安定して歩けている。
昨日、散々サポートしてもらったので、
「エレグ、君の乗り方を参考にしてみたら馬の挙動が昨日より落ち着いた。これならまともに進めそうだ」
と、カイはいの一番にエレグへと報告する。
「そうか、それならば今日からは少しだけペースを上げる。ただ、ついて来るのがキツくなったら言ってくれ。基本的にはお前のスピードに合わせる」
彼はそう答えたが、少しだけとは思えないほどの加速をした。
(随分と速いな……)
カイは最初のうちはそう思っていたが、次第にエレグについていけるようになった。
そして、その日の昼の内に宿駅に到着してそこに一晩泊まった。
翌日以降は、一日かからずに宿駅から宿駅に辿り着く事が出来たので、そこで疲れきった馬を新しい馬へと変えてぐんぐんと進んで行き、ダライを出てから八日後にリペリアンへと到着する事が出来た。
リペリアンはこの国がボーガ王国という名になってからは首都となっていたが、そこまで大きくない町であった。
それもそのはずで、国王ライカン・エッジワースが王城からここに移動して都市の造営を始めてからまだ数年くらいしか経っていない。
本来ならば新しく町をつくらずとも、この国が弓の国と呼ばれていた頃の首都がもう少し北に行けばあり、そこを継続して使う事もやろうと思えばできたのだが、そこにある彼の城は昔カストゥルム国から贈られたものだったので、王城としてはあまりふさわしくないのではという話が国内から挙がり、ついでに物流の中心部として使うには港町ダライからはいささか離れすぎていたため思い切って遷都している。ちなみに城は友好の証として残しておくことになったので、今だに整備がなされており、使おうと思えばいつでも使えるとのことである。
とにかく、遷都したばかりで未完成な都市ではあったが、王宮は既に完成していたのでエレグとカイはまっすぐそこへと向かった。
ライカンの王宮は町の西に流れる川の河畔に建てられている。
それは、堀の役割を担う川と、周りを囲う塀には守られてはいるが、カイが思っていたよりはだいぶ小さく、防御設備よりはデザインに趣向を凝らしたものだったため、敵目線で見ればぱっと見簡単に突破できそうな代物だった。
少なくとも、畝状竪堀を張り巡らせ、本丸に敵を侵入させないような造りになっているというライカンが元いた城よりは遥かに防御性は低いだろう。
(確かこの国はこの大陸では最大勢力の国だったはずだ。それくらいはこの大陸に疎い俺でも知っている。その国王の宮殿がこんなコンパクトなものなのか……)
カイも小さいながら領主の家の出だったので、大国の王宮というものに少し興味があったが、夢を打ち砕かれた気がした。
「何、ボーっとしてるんだ? 行くぞ」
エレグに連れられてカイはその中へと入って行く。
彼はここに来たことが無いとのことだったが、まるで知り合いの家にでも入って行くような気軽さで王宮内にいる人間に挨拶をしながら入って行った。
「こんなズカズカ入っていっていいのか? これから会うのはこの国の王なんだろ?」
と、カイが彼に尋ねたところ、
「だいたいみんなこんな感じだぞ。俺もシルトゥゲンに初めて会った時はいきなりあいつの屋敷に入っていったもんだ」
とのことだった。
「そのシルトゥゲンさんにも言える事だけど、危なくないんだろうか? 知らない人間も簡単に入ってこれるって事だろ?」
「流石に他国の人間は番兵が確認するが、この国の人間ならば問題なく通してもらえる。それに、こう見えてもあちこちに兵が潜んでいるからセキュリティは問題ない。まぁ、シルトゥゲンには護衛がついていなかったから奴はちょっと危ないだろうが、ライカンは大丈夫だ」
エレグはそう言うがカイはこの国の人間ではない。
その旨を伝えると、
「お前は元々俺たちと似通った特徴を持っていたし、この数日でこの国にかなり慣れたみたいだから気づかなかったんだろう。まぁ、門番には確認されなかったが、そもそも、俺が付いていればどっちにしろ通れていたはずだからあまり気にすんな」
と、軽く返された。
そして、話している間にも足は進み、ライカンのいる部屋の前へと到着した。
流石にここは素通りできないらしく守衛が二人いる。
カイはそのうちの一人にシルトゥゲンから渡された手紙を渡した。
守衛がライカンにそれを渡しに先に部屋に入って行く。
しばらくして戻って来た守衛から入室許可が出たので二人はそこの扉を開けた。
「初めましてだな、俺はダライに住んでいるエレグという者だ。国王、今日はあんたに俺の隣にいるカイの頼みを聞いて貰いたいと思ってここに来た」
エレグが開口一番にそう言うが、カイは目の前にいるのが国王だと考えると固まってしまった。
彼の生まれた地域では王や将軍などという箔がついた肩書は神のごとき存在であるので、どうしても畏まってしまう。
ただ、固まっていたのは彼だけではない。
「……!?」
ライカンもカイの顔を見た瞬間、驚いて返答できなかった。
彼は、ここ数年は度量の大きさを醸し出すために基本的には来るもの拒まずで誰とでも会っているが、来客に近づかれすぎると彼自身が槍を取って反撃する事も、護衛が彼を護る事も困難になるので流石に数メートルは距離をとって話すようにしている。
しかし、この日は彼自身がカイのところへと近づいて行きその顔を注視した。
(サヨにかなり似ているな)
と、思ったのである。
容姿だけならば彼の正室であるコルネリア・エッジワースもサヨに似ているためそこまで驚かなかっただろう。ただ、目の前にいる青年は容姿どころか雰囲気も何処と無く彼女に似ているのである。
ただ、先程受け取った手紙を読んでおおよその要件は把握しているが、いきなりその事については話さず
「なぜ、彼女を探しているんだい?」
と、ライカンは尋ねた。
シルトゥゲンの手紙にはカイが女剣士を探している旨しか書かれておらず、彼女とカイの関係性については書かれていない。
そのため、ただ似ているというだけで友人の事を話す気にはなれず、まずはカイの事を探ってみようと考えたのである。
「話すと長くなるが……」
と、カイではなくエレグが今までの経緯を一通り説明した。
彼もできればカイに仲間の船が沈没した経緯を思い出させるような事を言いたくはなかったが、彼自身に話させるよりはマシだろうと思って自ら進んで説明している。
ライカンはそれを聞き終わると、
「なるほど、サヨの弟だったか。確かに僕と彼女は友達だけど、数年前に会ったのを最後に一度も会っていない。ただ、別れた当時の彼女の服装は鮮明に覚えている。彼女は黄金の国の生地で作った服を着て、黄金の国の拵の本差と脇差を装備していたはずだよ」
と、当時を思い出しながら言った。
「しかし、剣はともかく服は流石に変わっているんじゃねぇの? 黄金の国で作られた生地ってどういう物なんだ?」
エレグは黄金の国の隣国出身のカイへと尋ねる。
「鎧とまではいかないが、かなり丈夫だから古くなっても捨てているとは考えにくいな。あれは布だというのに斬撃を通さないんだ。その分、加工や補修に特殊な技術がいるが、姉さんなら多分それができるし、今も使っていると考えていいだろう。ただ、あの人は一着に限らず行く先々でその地域の衣装を買ってそれを着ている事が多いから確かに服装はどうなっているかは分からないな」
「そうか。しかし、二振りの剣って情報はなかなかの情報になったんじゃないか?」
二人がそんな事を話していると、急に思い出したようにライカンは、
「そう言えば、僕がプロデスト共和国のオヅロッグという地域に派遣している者から、砂漠からたまにやって来て病気の住民を治療している剣士の話を少し前に聞いたな。報告を聞いた当初は、別にそこまで珍しくないだろうと思っていたけど、噂になるほどだからもしかしたら彼女かもしれない。剣にしろ薬草にしろ彼女の腕は並外れていたからね」
と、言った。
「そういう事なら早速そこに向かおうぜ」
「ありがとうございます、国王様」
二人は退出しようとしたが、その前にライカンに引き止められて、
「こちらこそお礼が言いたい。旧友と久しぶりに会ったような懐かしい気持ちにさせて貰った。君達への助力は可能な限りしたいから必要になったらまた立ち寄ってくれ」
と、言われた。
「それなら早速、そこまでのサポートを頼みたいものだね。あんたは槍と弓の達人だと聞いているからな。それができなくても小隊を貸して貰えると有難い」
エレグがそう言うと、
「狭い王宮にいるよりは楽しそうだけど、生憎今は少々忙しい身だからそうはいかないよ。それと、都市の建設で人手がいくらあっても足りない状態だから悪いけど小隊も出せない。ただ、丁度プロデスト共和国に用事がある者が一人いるから僕の代わりに彼を連れて行くといい」
と、ライカンは答えた。
すると、彼の護衛が一人部屋から退出し、しばらくして一人の青年を連れて来た。
青年は見た感じ、二人よりも少しだけ年上らしい。
「俺はコルムという者でオヅロッグまでは行かないが首都アブリスに用があるんだ。一緒に行くのは構わないが、俺は弱いながらも魔法を使う事ができる。そっちの奴は黄金の国の方から来ているとのことだったが、俺に嫌悪感はないか? あの辺は魔物の攻撃を激しく受けていると聞くが」
青年はそう言った。
魔法という技術は魔物と密接な関係があるらしいので、その事を言っているのだろう。
「いえ、問題ありません。今のところ俺の国に攻め入って来ているのは魔物であって魔法使いではないので」
むしろ、初対面でここまで気を使ってくれるコルムにカイは好感を持ったまである。
「じゃあ、ライカン。俺達は行って来る」
コルムはライカンへ簡単に挨拶を済ませると、カイ、エレグとともに王宮を後にした。
王宮を出た後、一行はまずコルムの屋敷へと向かった。
彼はあらかじめある程度準備を済ませていたが、二人と行動を共にすることになったので少々荷物を増やすらしい。
彼の準備が完了するまでの間、彼の屋敷の外でカイとエレグは待っていた。
「王宮の防御力は確かに高くはなさそうだが、王に会ってなんとなく分かった。ここでは人と人との信頼関係が城壁であり武器になっているんだな」
カイはふとそんな話をエレグに投げかけてみた。
「あまり気にした事もなかったが言われてみればそうかもな。以前、ガル国と戦った際もそれが強みになったし」
「兵の国も積極的に水の国と黄金の国へと支援をしていれば、あそこまで攻め入られることは無かったかもな……」
そんな事を話しているうちに、コルムは準備を終えて出て来た。
あらかじめアブリスに行く準備をしていたからか、出て来るまでそう時間はかかっていない。
しかし、
「すまない、遅くなった」
と、二人に謝罪している。
カイとエレグはその彼を新たに仲間に加えて、新たな目的地であるオヅロッグへと進み始めた。