カイの初陣
「ライカンなる人物はどういった人なんだ?」
エレグの家へと戻って来たカイはまずそのことを彼へと尋ねた。
カイは元々、ボーガ王国の情報については疎いので、この国で有名な人物だったとしても誰だか分からないのである。
「この国の国王だよ。昔は単騎であちこち駆け回っていて、この町にも良く来たらしいんだが、俺がここに来てからはまだ見たことはないな」
「リペリアンってのは?」
「この町で輸出入がされたものを隅々まで行き渡らせるための町だそうだ。ライカンは塩を売買する権利を取引することによって得た莫大な財産を使ってそれを作っているらしい。ただ、数年前に整備を始めたばかりだから今の所まだ小さい町だと聞いている」
「そこまでここから何日くらいで着く?」
「馬で数日くらいじゃないか? 特にそこに用事があるわけでもなく、今まで行った事がないから正確には分からんが」
それだけ聞くとカイは自分の剣を手繰り寄せて、
「早速そこに向かおうと思う。今まで世話になったな」
と言って、立ち上がった。
しかし、この大陸にも魔物は数多くいる。
いくら道路や宿駅の整備に力を入れているボーガ王国の道を進むと言えども、魔物や野盗に全く遭遇せずにリペリアンへと到着することは不可能である。とりわけ、カイはこの町に来るまでに少なくとも魔物に一回以上は負けてきたわけであり、特段強い訳でもなさそうだった。
そのため、エレグは彼の事が急に心配になってきた。
そこで、
「俺も同行する」
と言うと、
「しかし、ここに来るまで仲間を失ってしまったんだ。これ以上、他人を危険に巻き込む訳にはいかん」
と、断られてしまった。
が、エレグは引き下がらない。
「他人だなんてそんな寂しい事を言うなよ。それに、お前の姉さんだって同じ家柄ではあるんだろうが他人と言えば他人だぜ? 巻き込むんなら一人も二人も変わらねぇって。それに元々、一人じゃどうにもならない相手と戦う訳だし味方は一人でも多い方がいいんじゃないか?」
そう言うと、カイは言葉に詰まった。
さらに、
「そもそも、その失った仲間ってのも、もう巻き込んでしまっているだろう。お前が途中で魔物に襲われて力尽きたらその連中の努力も水泡に帰すぜ」
と追い討ちをかける。
エレグの言葉を受け、
「君の言う通りだ、俺と一緒に来てくれると助かる」
と、カイは答えた。
「そういう事なら遠慮なく同行させて貰う。そう言えば、俺はまだちゃんと自己紹介をしていなかったな。エレグだ、これからよろしくな」
二人は握手した後、出発する準備を始めた。
カイは荷物が剣と手紙くらいしかなくなってしまったため、いつでも出発する事ができるが、エレグは準備に少し時間がかかった。
馬を二頭用意し、矢、食料や水などを調達しているうちに半日以上経ってしまった。
今から出発したら宿駅にたどり着く前に夜になってしまうだろう。
二人は翌朝出発することにして、その日は早めに眠った。
二人は早暁にダライの町を出発した。
ただ、カイは乗馬に慣れていないので移動速度はかなりゆっくり目である。
ボーガ王国に住む馬は速度はあまり出ないが、長距離移動に向いている小型種が多く、今回使っている馬もその類である。
そのため、馬に慣れるのであれば適してはいるだろうが、これでは宿駅に到着するのは夜になってしまうだろう。
なんなら、夜になっても到着しないかもしれない。
「すまないな、これでも兵の国の武門の頭領の家の出なんだが、馬には乗った事がなくてな」
カイは申し訳なさそうに言う。
「この国では子供ですら手綱をつけただけの状態の裸馬を乗りこなしている。お前もそのうち慣れるだろう」
と、エレグは彼を励ました。
ただ、慣れていないとまっすぐ進むことも覚束ず、頻繁に道から外れて草原へと飛び出して行き、その度にエレグがカイの馬の手綱を操作して鎮めていた。
そして、三度目に草原に飛び出して行った際はエレグが油断していたということもあって、馬を止め損ねた結果、かなり道から外れてしまい、ようやく追いついて止めようとしたところで魔物と遭遇してしまった。
今回の魔物は尋常じゃない程でかいというだけのイノシシだが、大きさに似合わずかなり素早い。
その突進をエレグは馬を操作して回避し、騎乗したままでは戦えないと判断して地面に降りていたカイは横へ飛んで躱した。
ただ、これでどちらが仕留めやすいかイノシシに判断されてしまった。
イノシシは反転した後、迷わずカイへと先程よりも勢いをつけて突進して来る。
(あれは躱せないな、速すぎる)
そう考えたエレグは馬を旋回させてイノシシへと接近すると、馬を走らせたまま馬上からその右前足を矢で数回射抜いた。
矢を受けたイノシシは滑るようにして前方へと転倒する。
すかさずカイは倒れたイノシシへと抜剣しながら近づき、首を突き刺して倒した。
「すまないな、今回は全て君の手柄と言ってもいいだろう」
納刀しながらカイはエレグへと礼を言う
「いや、あれだけの大きさだから矢で仕留めるのは難しかったはずだ。お前の剣がなければ苦戦していただろう」
そう返されたが、トドメを刺しただけのカイには自分が役に立っているとはどうしても思えなかった。
(馬に慣れればもう少しまともに戦う事ができるようになるはずだ。早く慣れなければ)
彼はそう心に誓った。
気づけば、すでに夕暮れである。
ここから道に戻って先を急いでも大して進めそうにないので二人はその場で野営をすることにした。
野営と言っても幕舎を張った本格的なものではなく、ただ、焚き火をしてそれを囲うという簡単なものである。
これでも大抵の野生生物はもとより、魔物もある程度は除ける事ができるらしい。
ただ、エレグは草原を大切に思うボーガ王国の人間だけあって、草原にダメージを与える焚き火には抵抗があるらしく、少々落ち着かない様子であった。
「どうした? 何か心配ごとでもあるのか?」
それに気づいたカイは彼に声をかける。
「いや、どうにも落ち着かなくてな。気を紛らわすために何か食べるか。と、言っても大したものはないのだが」
そう言うとエレグは持ってきた食料を取り出した。
それは乾燥させた肉であり、どうにも味気のないものだったが、移動と戦闘をしていた所為で二人とも空腹であり、どんなものでも美味いと思える状態になっていた。
それを平らげると、
「しかし、このまま眠って魔物に攻撃されたりしないだろうか?」
と、カイは不安を口にした。
焚き火に魔除けの効果があるとはいえ、それが効くのはあくまでそこまで強くない魔物であり、強い魔物に襲われないとも限らないのである。
「それなら交代しながら番をするか。二人でずっと起きてるよりは休めるし、二人とも寝るよりは安心できるぞ」
「しかし、その休み方だとあまり疲れは取れなさそうだな。明日からもこうならないようになるべく早く馬に慣れる必要がありそうだ」
「そうだな、まずは俺が見張りをするからお前が先に寝ろ」
馬の手入れをしながらエレグが言ったので、カイは先に寝始めた。
その後、約二時間置きに見張りと休憩を交代し、二人は夜を明かす。