船との別れ
カイ達を乗せた船は小島から小島へと渡っていく地道な航行を重ねていき、約一ヶ月後にラヴィスヴィーパ王国の首都アトモ・フィリオへと到着した。
ここに来るまでの途中、弱いながら魔法を使う海月のような魔物や、頭が二つある鮫のような魔物、極め付けには竜巻を起こす首長竜のような魔物に襲われた所為で船体はほぼ半壊している。
特に首長竜に襲われた際は甲板の大半が海の藻屑となり、船員も三分の一が行方不明になってしまった。
その魔物は船員達が一致団結して銛で首長竜をあちこち突きまくった結果、何とか倒す事に成功するが、その後はいつ沈んでもおかしくない状態で航行していたため、アトモ・フィリオの城が見え始めた時は全員で泣いて喜んだ。
そのボロボロの船を停泊させると、船員達は交易品を船から降ろし始め、船頭は船の修理と水や食料を補給する手配を始めた。
その間、カイはサヨの行方について住民に尋ねてみた。
が、この大陸には既にいないかもしれないという噂であった。
なんでも、数年前には薬草を売りながら各地を渡り歩いている凄腕の剣士の噂があったらしいが、ここ最近ではとんと聞かなくなったらしい。ただ、海の向こうにあるボーガ王国という国のダライという町で似たような噂があったという次に繋がる情報も得る事が出来たので、カイは早速この事を船頭へと伝えに行った。
が、彼は声を荒げて船大工へ何か言っているところであった。
カイが聞き耳を立てていると、どうやら船の修理にかかる期間についての事で問題があるらしい。
船大工曰く、どう考えても半年はかかるとの事だったが、船頭は一ヶ月くらいで出港することを所望しているのである。
アトモ・フィリオはいかんせん物価が高い上に最近はだんだん治安が悪くなってきているので一刻も早く黄金の国へと帰りたくなるのも無理はないだろう。
話が一旦途切れたタイミングでカイは二人へと近づき、
「あの……」
と、船頭へと事情を説明する。
すると船頭は船大工への要求の仕方を変え、
「帰るための補修ではなくダライへと行くまでの応急処置ならどれくらいかかる?」
と言った。
彼にはさっさと帰りたいという思いもあったが、カイに一刻も早くサヨを探し出してもらい、彼女に自国と水、兵の国を救ってもらいたいという思いも持っていたのである。
「帰るのも、ダライへと行くのも距離的にはさほど変わらないが、この国からダライへと行く方が魔物との遭遇率は低い傾向にある。だから、魔物対策を施さない事で工期を短くする事はできるだろうが、それでも二ヶ月くらいはかかるだろうな」
というのが船大工の回答であった。
できればもっと短い期間で海を渡りたかったカイは、
「この国は以前は船の国と呼ばれていただけあって、蒸気船なるものがあると聞いた事があります。それはここからダライまで出ていらっしゃらないんですか?」
と、船大工に尋ねてみたが、ここ最近は海に出るリスクが高くなってしまったため乗船客が急激に減り現在一隻しか運行していないとの事であった。因みにその一隻は数日前出港したばかりであり、帰って来るまでおよそ二ヶ月かかるとの事である。
要するに期間的にはどちらにしろ変わらない。
もう兵の国は落とされてしまっただろうが、あの島の最後の砦である黄金の国はできれば死守したいところである。しかし、二ヶ月待って、それからまた一ヶ月かけてダライへと行きそこからサヨを探すとなると、それも怪しくなるだろう。だからと言って中古の船を購入するだけの金は持ち合わせていない。
「それじゃあ黄金の国もまずくなるだろうな……」
船頭が悲しそうな声で呟いていると、いたたまれなくなったのか、
「安全に航行できるようにするのであればそれなりの期間がかかるが、ただ、動かせるようにするなら二週間でできる。それなら、中古船を購入するどころか、食料や水にかかった費用よりも安く済むだろう。ただ、あんたらが言っていた首長竜みたいな魔物に出くわしたら沈没は必至だし、嵐が来てもアウトだ。下手したらちょっとした波で転覆するかもしれない。オススメはしないがやるか?」
と、提案して来た。
船頭はカイの方を一瞬だけ見た後、
「それで頼む」
と、船大工に頼んだ。
カイの目は既に、海の向こうの大陸を捉えていたような気がしたのである。
船頭も同じ気持ちだった。
船大工は注文どおり二週間で補修を終えた。
その間、船頭と船員達、さらにはカイと家臣達は修理を手伝ったため、ラヴィスヴィーパの特徴である他国よりも数百年は進んでいると言われている文化はほとんど体験せずに終わった。
強いて言えば、上水道と下水道くらいであろうか。
が、寝泊まりする際に少々使っただけでカイの印象にはあまり残らなかった。
ともあれ、これで荷物さえ積めばいつでも出港できる。
「一回でもしくったらアウトだ、心の準備は出来たか?」
船頭は最後に確認をする。
すると、その場にいた全員が思い思いに声を挙げ、最終的には
「えい、えい、おう!!」
と三回程統率された鬨の声を挙げて船に乗り込んだ。
この日は風向き、風速、天気の良さ、どれを取っても出港には適している。
ただ、船体を修理したとはいえ、剛性は最早イカダ以下だと船大工に言われている。そのため、スピードを上げ過ぎて何かにぶつかれば一発で転覆しかねない。
(難儀な船だな……)
先程、鬨の声を挙げて気合を入れた直後ではあったが、船に乗っていた全員がそんな事を心のどこかで考えていた。
カイ達が乗った船はおもちゃ以下の耐久性ながら、アトモ・フィリオへと向かった時のような航法を使ってぐんぐんと進んで行き、一ヶ月と数日後にはダライまであと数日というところまでたどり着いていた。
あとは、現在滞在している小島から、もう一つ小島へと航行して、そこからダライへと向かうだけである。
ちなみに、アトモ・フィリオを出港して以降は魔物にも遭遇していない。
それが功を奏してか、出港当初は不安を拭いきれていなかった船員達が、魔物に船が襲われないのはボロボロすぎて流木と間違えられているからだ、という自虐混じりの説を唱えるくらいには前向きになっている。
さらに、ダライの町の目と鼻の先まで来たからか、この小島に到着してからというものの、船員の話の中にそこの酒の話題が加わり、
「もうすぐだ、久々に酒が飲めそうだな」
「あの国の酒ってのは馬の乳って聞いたんだが本当か? だとしたら俺はたぶん飲めねぇぞ」
「交易の町だから他にも色々あるんじゃねぇの? 船の出入りは少なくなっているだろうがそれなりに種類は取り揃えているだろ」
と、いうような談話が聞こえて来た。
そういった話を聞いているうちにカイもボーガという国がどういった国か気になった。
一応、今向かっている大陸では一番大きな国であるという事は知っているが、逆にそれ以外は知らないのである。
そこで家臣達に尋ねてみると、
「ダライという町は要塞のようだと言われておりますが、基本的には見渡す限り草原が広がっている国だと聞いております。私も実際にいった事がないので下手な事は言えませぬが」
との事であった。
カイは少し想像してみた。
青空と草原だけが構成する世界というものを。
そこは、一見豊かそうではあるが、実際は襲撃されても隠れるところはない上に、狼や獅子などともしょっちゅう遭遇するのだろう。
(姉さんが好きそうな土地だな。修行にはもってこいだ)
そう考え、少し期待を膨らませながら眠りについた。
翌朝、船は次の小島へと向けて出港した。
最後の小島を出港した直後、船は魔物に襲撃された。
しかも、運が悪い事にこの前の首長竜よりもはるかにでかい烏賊のような魔物である。
船員達と家臣達はクロスボウや弓を使ってその魔物に応戦するが、全く効いていない。
一方で魔物の方は、墨や、巨大な脚、さらには体当たりと攻撃し放題だった。
たちまち船はただ浮かんでいるだけの木造物に成り下がる。
(これは勝てない……)
そう考えた船頭は、カイを小船に乗せた。
彼は、
「何をするんです。今は一人でも人員が必要な時でしょうに!」
と訴えるが、船頭は彼を絞め落として黙らせた。
「悪く思うな、最後までみんなで徹底抗戦ってのも嫌いではないが、どちらかと言えば利を優先する質なんでな。今回の場合、お前以外の全員で囮をやって、お前を逃すってのが一番利になりそうだ。助かるかどうかはお前の運次第になっちまうが、少なくともその船は俺の船よりも頑丈だろうよ」
そういうと、彼は既に甲板の体をなしていない甲板へと戻った。
そこで、船に残った他の者達と共にクロスボウで攻撃を仕掛けていく。
ただ、彼が加わったところで相変わらず効きはせず、とうとう烏賊の体当たりで船は海の藻屑となった。
が、その体当たりに合わせて何人かが烏賊の身体に飛び移っており、それぞれ銛などで攻撃を始めた。
それは少し効いたらしく、僅かに巨大烏賊から青い血が滲み出す。
(これは、もしかすると……)
と僅かに光明が見えたが、直後、巨大烏賊は脚で器用に一人ずつ捕まえて、暗い深海へと急激に沈んでいった。
結局、烏賊は倒せず仕舞であり、船は沈没、生存者はカイ以外は一人もいなかった。
その唯一の生存者を乗せた小船は、気絶した彼を乗せたまま水面に揺られてその海域から徐々に離れていった。