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剣と炎と重力

 黄金の国を出たカイ達は十日ほどかけて水の国の領内へと入った。

 兵の国を突っ切って行く事が出来ればさらに早く着いたのだが、サヨが決闘するところなどカイですら見た事がなく、その力が計り知れないため用心のため遠回りをしていた。

 この判断は正しかったらしく、水の国へと向かい始めて数時間後に火山が噴火したかのような音が兵の国側から聞こえてくる事があった。

 山が崩れていく様子や、それによって巻き上がった砂塵なども確認している。

 ただ、数時間で収まったため一行はサヨが勝ったものと信じて再び歩を進めている。

 道中、彼らは頻繁に魔物の群れに襲われていたが、まずサンドラが大量の砂を召喚してそれを埋め、それで処理し切れなかったものをエレグが矢を射って減らしていき、近距離まで接近してきたものをカイが対処するという戦い方で対処していった。

 水の国に近づくに従って出現する魔物もどんどん強力なものになっていくが、領内へと入るとそれまでの道中の様子とは少し状況が違っていた。

 城下町に魔物が全くいないのである。

「どういうことだ? 魔物の気配すら感じないぞ」

 エレグはやや困惑しながらそう言った。

「いや、心当たりならある。黄金の国付近にいた魔物は然程強力なものはいなかったものの数が多かった。あの魔物達を偵察として使って我々の出立のタイミングとルートを知り、途中に置いた強力な魔物で我々を弱らせた後、誰もいないこの場所に誘い込んで包囲して叩くというのであれば一応説明はつくぞ。今まで倒した魔物は百八十程だからまだ向こうには包囲できるだけの余力があるだろうしな」

 とサンドラが分析していると、まさにその通りになった。

 城下町の周囲から魔物の大群が見え始めたのである。

 ただ、彼女はこの状況をある程度予測していたので、

「私がここで足止めをしている間に、お前達は城内にいるであろう将を叩け。城内にも数多く敵がいるかもしれんが、あの城の構造ではそこまでの兵数を収容できんだろうからお前達だけでも突破できるはずだ」

 と言って背負っていた槍を手に取った。

「しかし、城内に敵のリーダー格がいるとは限らないだろう。仮に別の場所にいた場合、それを探しているうちにお前が持ち堪えられなくなったりしないか?」

 エレグが彼女にそう尋ねたところ、

「ここの城は山城だから敵の様子を観察し易く、自分の軍勢の動きも把握し易い。私達が入って来てすぐに敵に動きがあったという事はあそこで見ていたんだろう」

 との事だった。さらに、

「早く行かねば身を隠されてしまうかもしれんぞ」

 と、彼女に急かされたため、カイとエレグは馬を城方面へと走らせた。


 二人を城の方へと向かわせたためサンドラは一人で戦う事になるが、逆に言えば味方を巻き込まずに遺憾無く魔法を使う事ができるという状況になった。ついでに監視の目もなく、相手は魔物であるため非人道的なことでもある程度この場を使って試す事ができるだろう。

「さて、まず何を試そうか」

 そう呟いた後、彼女に接近して来る魔物百体ほどの足元に巨大なクレーターを召喚してそれらを落下させた。

 接している地面を失った市街地の建物もそこに落下していくため、その落下物のせいで魔物達はたちまち身動きが取れなくなる。

 直後、先ほどクレーターを呼ぶ代わりにこの場から消した地面を再度召喚する事で、いささか無理矢理ながら魔物達を生き埋めにする事に成功した。

 以降も飛行する魔物には頭上から油をぶっかけつつ松明を空から降らせて火だるまにしたり、重量のあるであろう魔物には足元に沼地を召喚してそこに沈めたりして自身の魔法の活用方法を色々と確認していく。

 彼女の魔法は面での制圧力が凄まじく、八百体近くいた魔物はたちまち数を減らしていった。

 ただ、魔物側はこの場においても、まず弱いながらも数が多い魔物を使って相手を弱らせ、その後に強い魔物で確実にトドメを刺すという方針をとっているらしく、戦っていくうちに呼び寄せた炎や溶岩の熱が効かない魔物や、生き埋めにしても地中から出て来る魔物が増えてきた。

(魔力を過剰に消費することになるが、常識では考えられないものを召喚せざるを得ないか)

 ただ、彼女は今まで実利を追い求めていた所為か空想の物に対する想像力がやや欠如しており、何を召喚して良いのかが今ひとつ分からない。

 とりあえず木製の柵などを召喚して考える時間を稼ぐが、強力な魔物相手には足止めにもならず、次第に槍で対応せざるを得なくなってきた。

(こちらも消し炭になる危険性があるから使いたくはなかったが、あれを使うしかないか)

 覚悟を決めると魔物達から少し距離を取り、かつて敵対した事のあるガル国の魔法使いが使っていた魔法、頑丈と評判の自国の城を一撃で消し炭にした熱線を繰り出した。

 熱線の大きさは当時見たものよりはかなり小さいがそれでも充分巨大であり、色も炎にありがちな赤ではなく当時と同じ青色である。

 その熱線は残った強力な魔物を炎への耐性如何に関わらず全て焼き尽くし、海の向こうに消えていった。

「初めて使ったが、まさかここまで体力を使う技だったとはな。一発で魔力をかなり使ってしまった」

 サンドラはやや息を切らしながらそう呟いた。

 カイ達がいる城方面では先程から水の国領主ヘイザブロウの屋敷が火を上げているため何かあったのだろうが、この状態では駆けつけるのはもう少し後になるだろう。


 サンドラの言う様に本丸に続く登城道の至る所に魔物が隠れていた。

 ここの城は侵入者に対してありとあらゆる方向から横矢が掛けやすい様に曲輪や虎口等が設置されており、仮にある程度侵入されても橋を外して曲輪を孤立させ、それ以上の侵入を防ぐ事ができるという設計になっているが、魔物にそれらの機能を十全に使う事は出来なかったので、二人は難なく主郭にある屋敷へとたどり着いている。

 屋敷内に入ると鬼の様な魔物がいた。

 カイ達には、それが水の国を支配しているリーダー格の魔物であるという事は雰囲気で分かった。

「お前さん達が英雄の剣に選ばれた男とその仲間だな。魔王やネイブから少し情報を得ているが、お前さんは英雄のくせに基本的に人任せでトドメだけを担当する事が多いらしいな。それにそっちのは馬で逃げながら戦ったり、毒を仕込んだ武器ばかり使うと聞いている」

 と、鬼は声にやや怒気を含ませながら言う。

「ネイブとは誰だ?」

 カイは尋ねるが、

「仲間の細かい情報を話すアホがどこにいるんだよ」

 との事であった。

 逃げる振りや毒を利用した戦い方が気に入らないらしかったり、仲間を売らない姿勢を持っていたりと、どこか武人の様な気質を持ち合わせているらしい。

(俺たちの事はあまり好いていない様だが、存外話が通じる奴かもしれないな)

 カイはそう考えると、

「お前はどうやら高潔な魂を持っている様だな。そこで頼みがあるんだが、戦わずに退いて貰えないだろうか? この国に帰れずに困っている人間が多数いるんだ」

 と、言ってみたが、

「俺達、魔物にとって現状お前さん達は勝ち取った土地を奪いにきた侵略者以外の何者でもない。俺が呼び出して待機させておいた魔物の反応が消えているところを俺達は劣勢らしいが、勝機が失われていない以上最後まで徹底抗戦してみせるさ」

 と交渉は決裂した。

 そして鬼は傍に置いておいた棍棒を持つと、

「こちらはお前さん達の戦い方をある程度知っている。それではフェアではないから俺の事を少し教えてやる」

 と言い、自身の魔法が重力を操るものであることと、魔物を召喚する能力も持っているが既に外に魔物を展開しまくっているため後二体程しか呼び出す事がしかできないことを披瀝した。

 その直後、

「スピリデュース、参る」

 と、自身の名を明かしつつカイに向かってきた。

 カイは王家の剣を抜刀してスピリデュースの棍棒を受け止めるが、凄まじい膂力(りょりょく)だったため受けきれずに吹っ飛ばされて壁に叩きつけられた。

 すかさずスピリデュースはカイに追撃をかけようとするが、エレグが矢で妨害してそれを防ぐ。

 矢は重力の魔法で叩き落とされてしまったが、カイはその間に体勢を立て直しスピリデュースへと向かって行き斬りかかる。

 が、棍棒で防がれてしまった。

 その後も何度か間合いを詰めて斬撃を繰り出すが全て防がれてしまう。

 それどころか、スピリデュースの放つ魔法や棍棒による攻撃で床が破壊された結果、次第に足の踏み場が減少していき、最終的には近づく事すらままならないまま一方的に重力魔法で攻撃される事になった。

 遠距離攻撃ならエレグもできるが重力魔法で防がれてしまうため矢は効かない。

(奴のスピード自体は然程のものでもないが、室内という限られた空間と床の穴のせいでどうしても動きを読まれて攻撃を防がれる。せめて外に出たい)

 そう考えつつ、カイは重力魔法を躱し続けた。

 重力魔法には命中率が低いことや、単発でしか撃てないこと、さらには重くできる範囲は然程広くない等の弱点があったが、遠距離も攻撃できるという利点はなかなか脅威であり、カイは徐々にバテ始めていた。

 さらに先程から矢による援護がない。

 エレグがいつの間にかいなくなっているのである。

「仲間は逃げたな、これで一対一だ。二人相手でも別に構わなかったが、タイマンの方が俺の好むところだから嬉しいぜ。臆病者と戦ってもしょうがないしな」

 スピリデュースにそう言われたが、カイにはエレグが逃げた様には思えない。

 背面騎射の際など一旦退く事はあっても、逃げる事はなかったのである。

 ゆえに何か思うところがあって姿を隠したはずであり、それをスピリデュースに気付かせないためにも逃げた事にしておいた方が良さそうだったが、友人を臆病者扱いされたままだというのもどうかと思ったので、

「どうかな?」

 とだけ答えた。

 しかし、その後何も変化のないままカイはより劣勢になっていく。

(何か作戦があるなら早くしてくれ、これ以上時間は稼げそうにないぞ)

 と、思い始めていた矢先、彼らが戦っている部屋に煙が入り込んできたのである。

 その後すぐエレグが部屋に入ってきて、

「カイ、屋敷から脱出するぞ。屋敷中に火をつけてきたからもうすぐここは焼け落ちる」

 と、告げた。

 しかし、直後に部屋の出入り口はスピリデュースの重力魔法によって潰されてしまった。

 カイとエレグの会話はスピリデュースには遠くて聞こえていなかったはずだが、エレグが想像していたよりも火の周りが早かったので、彼が報告をしに戻ってくるよりも先に煙がこの部屋に到達してしまっており、スピリデュースがそれを見逃すはずがなかったのである。

 とにかくこれでスピリデュースを蒸し焼きにするというエレグの作戦は不完全に終わった。

 しかし、この作戦にはもう一つ狙いがあった。

 狭い部屋から広場への戦闘エリアの移動である。

 その狙い通り、部屋に火が回り始めたタイミングでスピリデュースは焼死を免れるために棍棒で壁に穴を開け、外に飛び出し、下の曲輪へと落下した。

 カイもその穴から外に出たが、流石にこの高さを飛び降りる事はできない。

 そこで、彼は切岸となっている部分を転がり落ちることで脱出した。

「逃げなかったのは大したものだが、野蛮な戦い方に変わりないな」

 起き上がりながらスピリデュースは未だ主郭から降りようとしないエレグへと言った。

「室内じゃ馬が使えないが、それでも退きながら戦う事はできるという事だ。正々堂々を尊んでいるらしいお前には悪いが、今後は二体一でいく」

 エレグはそう言うと、屋敷の壁の穴からスピリデュースを狙撃した。

 頭上からの攻撃なので重力で振り払う事は難しい上に、先ほどよりもひらけた場所へと出てきてしまったため今後は警戒する範囲がかなり広がる。

 頭上ばかりに気を取られていると死角からカイの斬撃を受ける羽目になるだろう。

 そのため、今度は逆にスピリデュースが劣勢になってきた。

 先程から回避と防御ばかりで攻撃の手数が減ってきているのである。

 彼が勝つには一方からのダメージ覚悟でどちらかに攻撃を集中して速攻で倒した後、残った方の対応に当たるという方法をとる他ないだろう。

(あの弓兵の腕は確かだが、魔物相手では流石に一撃必殺の威力はない。ここは英雄の方を叩くべきか)

 そう考えると、カイの方を目掛けて駆けだした。

 エレグには完全に背を向ける形になっている。

 そのためスピリデュースの背中には多量の矢が刺さる事になったが、どれも致命傷には至らないので気にせずに接近しつづけた。

(あの状態の奴をカイに接近させるのはまずいな)

 と考えたエレグは足の関節を積極的に狙って矢を放ち、見事命中させるが何本刺さってもスピリデュースは止まらない。

 結局、カイとの距離を一足一刀の間合い程まで詰められてしまった。

 その位置からスピリデュースはカイ目掛けて棍棒を振り下ろす。

 一撃でもまともに食らったら原型を留めない肉塊に変えられてしまう程の威力があるが、やや大振りだったのでカイならばかろうじて躱す事ができる。

 彼が体捌きでの回避や剣を用いての受け流しをしながら必死に反撃のチャンスを伺っていると、突如スピリデュースの足の筋肉と膝を二本の矢が貫いた。

 先程エレグが連射していた矢よりも明らかに威力が高く、スピリデュースはバランスを崩す。

 彼は連射し易い短弓から、コルムから貰った長弓へと持ち替えて射撃していたのである。

(好機だな)

 そう思うと、カイは一足飛びで推進し、スピリデュースの肩口から鳩尾付近目掛けて王家の剣を振り下ろした。

 ただでさえ致命傷になり得る傷な上に、王家の剣には退魔の力があるためスピリデュースは倒れざるを得ない。

 が、一瞬で消滅したりはしなかった。

 彼は最期の力を振り絞って怪鳥を召喚し、自分に残った全ての魔力を注ぎ込むと魔王の城目掛けてそれを飛ばした。魔王のように自身の死亡と同時に部下の魔物も消滅するようなリンクは結んでいないので彼が消滅した後も消える事はないだろう。

 エレグがそれを撃ち墜とそうとするが、怪鳥は予想以上に速かったため矢は当たらず、突破を許してしまった。

 それを見送った後

「相変わらず気に食わない戦い方だが……チームワークと考えれば大したものだな……」

 そう呟くと、スピリデュースは消滅した。

 その後カイは、

「何処も怪我はなかったか? かなり打ち込まれていたようだが」

 と、切岸を滑降して降りてきたエレグに言われた。

「大した怪我はないが、壁に叩きつけられた衝撃や重い打撃を受けたせいで全身が痛む」

 そう言ってカイは座り込もうとするが、このままではヘイザブロウの屋敷が焼け落ちてくるのでエレグの肩を借りて下城した。

 二人はこれまでの旅でかなり腕を上げており、当初大勢で当たっていた大トカゲの様な魔物くらいであれば一人で充分対処できるほどに強くなっている。

 しかし、その二人が退魔の力や地の利、背後からの射撃などを最大限に利用しつつ二人掛かりで戦う中、スピリデュースは腕力と魔力という素の力だけで二人を苦戦させたのである。

(魔王が派遣した代官を相手にしただけでここまで手こずるとはな、魔王はどれほど強いんだろうか)

 燃え盛る屋敷を見ながらカイはそう思った。

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