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最強の敵

 兵の国に向かう途中で魔物が出て来た際、サヨは自身で戦う事もしばしばあったが、ほとんど狼の大群を呼んで対処していた。

 ここで余計な体力を使ってしまっては、まだ見ぬ敵には勝てないかもしれないと考えた結果である。

 兵の国の城下へと近づけば近づいて行くほどにリーダー格の魔物の気配は強くなってゆく。

 逆にそこに近づくに連れて魔物の出現率は低下していった。

 彼等にとっては気配の主はリーダーではあったものの、それが圧倒的な力を持っているとなるとやはり怖いのかもしれない。

 そして城下に入るとそこには人も動物も魔物もおらず、ただ放置された建物が連なっているだけだった。

 遠吠えをしてもおそらく狼は来ないだろう。

 それほど強い力を感じる空間になっているので、彼女が昔住んでいた町ではあったが、何やら別のものに感じた。

 ただ、魔物や動物達とは違って彼女の心は昂ぶっている。

 冷静さを欠いては実力を発揮できない事は彼女も分かってはいるのである程度心に自制を効かせてはいるが、それでも昂ぶった感情は鍋と蓋の隙間から立ち昇る湯気のように湧き出てくるので、城へと向かう彼女の足は自然と小走りへと変わっていった。

 城内へと入り気配の出所を探りながら歩いて行くと庭へとたどり着いた。

 気配の主は彼女の目の前にいる。

 一見すると人間のようないで立ちをしているが、コウモリのような羽を持ち紫色の肌をしているのでやはり魔物なのだろう。

 ただ、眼光にはどこか強さや優しさのようなものが感じられるため、やはり普通の魔物とは違うらしい。

「来たな。お前程の者なら俺の力を感じてここに辿り着けると思っていた」

 と、その魔物ネイブ・デウマルムが口を開いた。

 彼が自らの気配を包み隠さず開放すると、並大抵の者なら無意識に彼の存在を避けようとするが、彼女程の強者なら特に気にせずここに来るだろうという事を彼は事前に察しているのである。

「その口振りだと私の事を既に知っているようですね」

「ああ、あの女王を仲間に加えた辺りからお前らの跡をつけさせてもらった。結果、お前とあの女王は世界にとって危険な存在だ。私怨は特にないがお前達二人は始末させて貰う」

「サンドラさんが危険?」

「とぼけるなよ、お前も他人の心を読む事が出来るはずだ。それとも戦闘狂だから奴の真の目的に同意したのか?」

 ネイブの言う通り彼女は剣士という職業柄やろうと思えば他人の心を読む事が出来たが、戦いの際に相手の動きを読む事にしか使っていないので彼の言っている事は分からない。

 ただ、自分がやられたら彼は仲間のところに行くという事は分かったのでさらに戦意を向上させた。

 そして、

「流石にあなたを仲間の所に行かせる訳にはいきませんね。それでどうするんですか? 決闘をやるんですか? やらないんですか?」

 と、さり気なく決闘の是非を問う。

 これをしなければ彼女は決闘用の戦い方をする気にはなれない。

 それが、無闇に力を使わないためのセーフティーになっている。

「戦うに決まっているだろう。お前を野放しにはしておけないと言ったはずだ」

「そう、じゃあ行くよ」

 口調がやや冷たくなり、表情から朗らかさを消したサヨはそう言うと、納刀したままの状態で刀を正眼に構える。

 その状態から刀を振り下ろし、鞘をネイブへと向けて飛ばした。

 超音速の速さで鞘は飛んで行くが、それくらいの速さはネイブにも見切る事が出来るので難なく躱された。

「やはり、一筋縄では行かないね。想像以上に強いみたいだ」

 そう言うと彼女は動きやすいように構えを八相へと変える。

 既に愛刀『散雪凍(さんせつとう)』を抜刀した状態ではあるが、今までのように刀を峰には返していない。


 決闘用の力を使った時のサヨは人外としての力を遺憾なく発揮出来る。

 早速彼女はその力を使って一足飛びでネイブとの間合いを詰めた。

 雷速に近い速さである。

 以前、彼女は風の魔法使いに宇宙速度に近いスピードで吹っ飛ばされて死にかけた事もあったが、数年間で克服してさらにそれを遥かに上回る速さを手に入れている。

 その速さから横薙ぎを放つが、ネイブも愛刀を抜いてそれを防いだ。

 彼の愛刀は魔界で『(すすき)()』と呼ばれている逸品であり、切れ味もさながら何をしても壊れない頑丈さを誇ると云われている代物である。

『散雪凍』も『芒の葉』も折れはしなかったが、凄まじい音が辺りに響く。

「お互いに良い剣を持っているようだな」

 ネイブはそう言ったが、彼女と彼の似通ったところは身体能力の高さや業物を持っているだけに留まらない。

 彼は魔物の幹部であるので魔物を召喚して操る術を身につけているが、それと同じ様に彼女は狼を呼ぶ事が出来るという特技を持っている。さらに両人とも他人の心を読む事ができ、お互いに戦闘中の機転がかなり利くというところが一致する。

 そのため、その後の戦いはかなりの長期戦になった。

 サヨの攻撃は刀による斬撃も、拳や足を使っての打撃も、意表を突いた脇差の投擲も全て防がれたり躱されたりして通らず、逆にネイブの攻撃も全て彼女は防いだ。

 先に痛手を負ってしまったら、たちどころに劣勢に陥ってしまうので仕方ないが、結果、二時間程一進一退の攻防が繰り返されて、お互いに大きな怪我がないまま様相と周りの地形がボロボロになるという奇妙な状況になった。

 ただ、ここまでの技の打ち合いで身体能力ではサヨの方がやや勝る事が分かってきた。

 スタミナもやや彼女の方が勝っている。

 この華奢な身体のどこにこんな力があるのかネイブには甚だ不思議だったが、身体を鍛えすぎると女は筋肉が膨張してどこか男性的に、男は膨れ上がった筋肉が収縮してどこか女性的な身体つきになるという説がある。彼女の場合はそういった膨張と収縮を何重にも繰り返して現在の状態に落ち着いているのかもしれない。

(このままではジリ貧だな、まさかここまで強いとは)

 彼は既に息が上がってきており、ややネガティヴな考えも頭を過るようになっていたが、まだ心には充分に余裕があった。

 まだ切り札を使っていなかったのである。

 お互いに無心で戦っているので相手の心を読む事ができず、ゆえにサヨにはまだその切り札の存在を知られていないはずである。

 それを使った攻撃を繰り出すべく、彼は息を整えると、

「行くぞ」

 と言い、轟音と砂塵を巻き上げながら間合いを詰めた。

 凄まじいスピードではあるが、サヨであれば対処可能である。

 彼女は斬撃を下から跳ね上げつつ、刀を旋回させて体力が落ち始めているネイブを斬ろうとするが、一瞬身体が硬直した。

「!?」

 驚いて再度ネイブの姿を注視すると、左手から電気が(ほとばし)っている。

 雷属性の魔法で神経の電気信号に干渉されたらしい。

 彼女は彼が魔法を使える可能性がある事を頭の片隅に入れてはいたが、今まで全く使ってこなかったので少し注意が散漫になっていた。

(マズい)

 と思って気合いで魔法を弾き飛ばすが、驚いた事と、魔法を弾き飛ばす事で二挙動かかってしまった。

 ここから斬撃に対応するには三挙動目以降を要するが、ネイブが擦り上げられた剣を握り直して振り下ろすまでは二挙動であるので少なくとも一手足らない。

 一応、持ち前のスピードがあるので何とか致命傷を避ける事は出来たが、左腕を斬り落とされてしまった。

 間合いを取りつつ、既にボロ切れとなっている衣服の切れ端を使ってすぐさま止血するが、片腕になってしまったのでかなり不利になってしまった。

「酷いねぇ、出し惜しみをしているなんて。まぁ、作戦の内だろうから卑怯とは思わないけどね」

 相変わらず冷ややかな声ではあったが、窮地に立たされた結果、声とは裏腹にここからどう挽回しようかという楽しみができ始めている。

「膨大な電気をぶつけたところでお前には躱されてしまいそうだったからな」

 ネイブはそう言うが、元々彼は今回のように少ない電気を工夫して使う事の方が好きだった。ただ、先程のような小技はもう効かないだろうし、雷を直接当てるというのは自身にもあまり効かない以上、彼以上に強靭な肉体を持つ彼女にも効かないだろう。動きを止める方法としては、電撃で破裂させた花粉等を相手に吸わせて呼吸困難に陥らせるという方法もあったが、サヨが花粉症を患っていなければ通用しない上に、二人とも人知を超えたスピードで戦っているために花粉を撒き散らす木々や草花は既に周囲の山々と共に崩れ落ちている。

(やはり、接近して剣で攻撃するしかないな。奴には名刀による斬撃・刺突しか効かん。魔法は奴の動きを止める事に使うよりは自身のスピードを上げる事に使った方がいいだろう)

 サヨに心を読まれないように無心になりながらもそう考えると、一瞬ながらも彼女以上の速度を出して間合いを詰めて突きを放った。

 それに対する彼女の対応は、片手で正眼を維持したままその場から動かないというものだった。片腕ながら今までにない程、研ぎ澄まされた集中力である。

 彼女が微動だにしない以上、『散雪凍』の剣線が邪魔になるので払う等してそれを除けなければ自身も突かれてしまうだろう。

 そのため彼は突きを一度中断してサヨの手から剣を叩き落とそうとしたが、彼女はやや引いて彼の剣の軌道を躱した。

 引きつつも突く体勢に入っている。

 次の瞬間ネイブは心臓を突かれていたが、彼にも魔界最強という意地とこちらの世界を思う気持ちがあったので、突かれて倒れながらもサヨの顔面を突き返した。

 結果、ネイブが倒れた直後、サヨも地面に膝をつく事になった。


「……俺の負けだ……お前は大怪我ではあるが……致命傷には至っていない」

「いや…長期的に考えれば…引き分けだよ…元々他人に理解され難い事を趣味にしているのに…顔にこんな跡を残されたんじゃ…一代で滅びるしかないよ」

 お互いに死にかけたような声で言った。

 ただ、サヨは致命傷は避けただけあって、顔面に『芒の葉』が突き刺さったままの喋り難い状態であるにも関わらず、彼よりはやや声に張りがあった。

 その彼よりはやや力のある声で、

「まぁ…あれだけの決闘ができたからそれでも悔いはないけどね」

 と、言った。

「そうか……それなら決闘をしたよしみで……俺の頼みを聞いてくれないだろうか……」

「…言ってみてよ…君程の戦士の頼みなら喜んで聞くからさ」

 サヨが承諾したので、ネイブは既に虫の息であったが、魔力を振り絞って魔物を一体呼び出した。

 彼の娘であるレジーナ・デウマルムである。

 彼は彼女をサヨに預けるつもりであった。

 戦いを通じて、少なくとも彼女のことは戦闘狂であるという一点を除けば信頼できると判断したがゆえである。

 さらに、魔王インペレトリスがサヨとサンドラを仕留め損ねた状態で消滅してしまえば、この世界に魔物とはまた違う強大な力と悪が残る事になる。そのため、娘の事を思うと少々心苦しいが、悪に染まった場合に新たな魔王となってしまうかもしれないサヨの寝首をいつでも掻く事が出来る位置に、それを倒し得る可能性を秘めたレジーナを置いておこうという考えもあった。

 どっちにしろ、魔王が負けてしまえばそれと魔力がリンクしているレジーナも消えてしまうだろうが、何かの拍子で彼女だけ消えないという事もあるかもしれないのでやらないよりはマシだろう。

「娘をお前に任せたい。ただ…この子を魔の島へは…連……」

 と、返答を聞かないどころか、全部話さない内にネイブは息を引き取った。

 彼を取り巻いていた圧倒的なパワーももう感じない。

 サヨにはネイブの心を読む程の余力が残っていなかったので、彼の本当の目的については知らない。

 ただ、今まで戦った中でも最強の戦士の頼みだったので断る気はさらさら無く、

「任せてください」

 と、既に事切れている彼へと言った。

 その後、彼女は自力で左腕の神経や血管などを繋ぐ処置を施し、それが終わると顔面に刺さった刀を抜いて応急手当てを施し、レジーナを連れて黄金の国へと続く道を進んで行った。

 顔は止血と血腫の排出はしたが、自分では確認する事ができないので縫合はかなりデタラメである。

 それでも菌や毒には強い体質なので感染症等にはかからないだろうが、どこかで適切な処置を受ける必要があるだろう。

 そのため、途中で医者とすれ違う事を期待したが、彼女は満身創痍なだけでなく下は腰布一枚、上は晒しとボロ切れだけ、帯びている刀も柄と鍔が砕けて(なかご)が見えかかっているという風体だったため、道ですれ違う人間からは何度か魔物と間違えられ、当然手を差し伸べられるという事もなかなかなかった。

 しかし、途中で出会った医者はサヨのことを心配してくれ、且つ、顔の処置も行なってくれたので、まともに動けるようになるまで彼女とレジーナは彼の世話になる事になった。

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