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ラヴィスヴィーパ王国

 四人はなんとかアトモ・フィリオに到着できたものの、船は少し修理が必要になってしまった。

 ただ、カイが以前乗って来た黄金の国の船とは違い、サンドラの船は甲鉄艦だったので巨大烏賊の攻撃とはいえそこまでの損傷はなく、船大工曰く一週間と少しあれば全ての準備が完了するらしい。

 その間、サンドラとサヨは一週間後には戻ってくると言ってどこかに行ってしまったためカイとエレグはこの都市のボーガ王国の人間が多く住んでいる地域へと向かった。

 そこは、ボーガ王国のリペリアンやダライ、その他移動中に見た集落とはまた違った文化を形成しており、言うなれば文明の機器を一部取り入れた遊牧民の町といったところだろう。

 近頃はアトモ・フィリオの治安が元々そこそこ悪かった以前よりもさらに悪くなってきているらしく、ボーガ王国へと帰るものが増えてきたという事もあって全盛期よりはそこも廃れたという話であったが、カイが思っていたよりも人口が多い。

 横を通り過ぎて行った蒸気で動く乗り物を見ながら、

「凄い物だな。馬を使わない馬車とは」

 と、感嘆した。

 彼はこの都市に来るのは二度目であったが、以前来た時は船の修理で忙しく、町を見物する余裕はなかったのでこれは初めて見たものである。

「しかし、あれを使うよりも馬に乗って走る方が遥かに速いな。何のために作ったんだろうか?」

 彼の横を歩いているエレグもそれを見たのは初めてであり、驚いてはいたがそこまで気に召さなかったらしくそう言った。

「馬はどうやったって二人しか乗れないけど、これなら数人は乗れるからじゃないか?」

「それなら馬車で充分だろ」

 その時少し強めの風が町の中心の方から吹いて来た。

 やや妙な臭いを含んだ風である。

 この都市では一応下水道があるが、その整備が行き届いていないところも多く、そう言ったところは汚物の入った(かめ)を窓から投げ捨てて処理しており、下水についても処理する技術は今の所整っていないため基本的には近くの川に垂れ流しである。

 そのため、カイ達が今いる地域はそうでもないが、この町は中心に行けば行く程妙な臭いがする事でも有名だった。

「町中で馬車なんて使ったら馬糞で町が今以上に臭くなるからじゃないか?」

「なるほど、違いないな」

 蒸気の乗り物についてやや異なる意見を持っていた二人だったが、最終的に意見が一致する事になった。

 その後、二人はボーガ王国街のリーダーをしているアルトゥという人物の屋敷に向かった。

 この町に来たのでとりあえず挨拶をしておき、あわよくば一週間の宿泊先を確保しようという心積もりである。

 エレグと彼は共通の知り合いを通じて既にお互いに顔を見知っていたので、屋敷に入るとすぐに中に通して貰えた。

 部屋に入ると早速、

「随分と久しぶりだな、君は以前からフロンティア精神を持っていた奴だとは思っていたが、海を越えて来るとは思っていなかった」

「お前らが既にこの国に来ているのにフロンティアも何もないだろう。魔物が発生してからというものの町では誰も手を出していなかった魔物退治を生業にし始めていたから、まぁ全くその精神を失ってしまった訳ではないがな」

 と、旧知の二人は話を始めた。

「しかし、どういった理由でここに来たんだ? それも、カストゥルム国の女王専用の船で」

 情報収集の速さは相変わらずであったが、アルトゥはエレグ達が魔王を倒しに行くという事はまだ知らない。

 エレグは、

「魔王の討伐だ。こいつの姉が凄まじい力も持っている上に、こいつ自身も退魔の力を持った英雄だからそいつを倒す事ができるかもしれないんだ。そいつを倒せば魔物が全て消滅するらしい」

 と、アルトゥにカイの事を軽く紹介しながら言った。

「魔王なんて本当にいるのか? 連中は動物より知能が低そうだし、仮に王がいたとしても命令は受け付けんだろう」

「黄金の国の伝承や、道中アレクサンドラから聞いた話によるといるらしい。それに、俺たちが今まで遭遇してきた魔物の中には人語を話すやつもいたから、向こうにも王という概念があってもおかしくないかもな」

「それじゃあ、その討伐の準備をするためにこの町で準備をするという事か」

「まぁ、そんなところだ。一週間この都市で準備をした後再び出航する」

 なぜ魔王を倒せば魔物が消滅するのかとか、カストゥルム国の船に乗っていた乗組員は随分と少数だったがそれで勝てるのかなどと他にも色々聞きたい事はあったが、ボーガ王国街の維持が大変になってきておりその事に追われている現在、アルトゥは協力できそうな事がなかったのでそれ以上は詮索せず、

「分かった、泊まるところがないのであればここを自由に使ってくれ」

 と、言った。

「すまんな、感謝する」

「ありがとうございます」

 そうお礼を言い、二人は再出発までの間そこで過ごす事にした。

 アルトゥの屋敷は内側に開けた一戸建てだったが、それにしては部屋数が多い。

 そのため、サヨやサンドラが急に戻って来ても充分に泊まれるスペースがあるななどと二人は考えていたのだが、出航の日まで二人がそこに来る事はとうとうなかった。


 上陸して早々、サンドラはラヴィスヴィーパの城に赴いていた。

 ここに住んでいるラヴィスヴィーパ国王、ハロルド・ノスアーティクルと会うためである。

 彼女が魔王討伐に赴いた目的の一つに、自身の国内外での印象を高めるというものがあったが、この国とカストゥルム国との間柄は悪くないので、自然、この国での彼女の評判も然程悪いものではない。

 したがって、彼女自身が自ら出張って魔王を討伐するという噂を流布する必要はなかったが、この国で話題になった話は瞬く間にこの大陸中を駆け巡るので、ハロルドに会ってその旨を伝えれば、カストゥルム国を良く思っていない他国の国民にも喧伝する事ができるという目算である。

 城内に通じている土橋の前には兵士が立っていたが、事前に彼女の部下が話を通していたため問題なく通る事ができた。

(かなり巨大な城だな)

 と枡形虎口を抜け、二の丸を進みながら彼女は思った。

 いつまで歩いてもなかなか二の丸が終わらないのである。

 途中、趣向を凝らした庭のようなものがあったり、高石垣があったりしたので景色を見飽きるという事はなかったが、本丸につながる跳ね橋に着く頃には少し疲れいていた。

 そこからは、絢爛豪華な建物が連なっていたが彼女はそういった物には目もくれず、天守内へと入って行った。

 城門を開いた先にいた兵士に案内されて王の自室へと案内される。

「ノスアーティクル殿は玉座にはいないのか」

 サンドラは兵士にそう聞いたところ、

「国王曰く、貴女様の要件は周りに聞かれたくないものが多いはずなので、非公式の形をとった方が貴女様もやり易かろうとの事です」

 と、兵士は言った。

(気の利いた奴だ)

 そう思ったが、同時に既に完全に悪人だと思われているらしいので、他国の人間の意識を変えるのは骨が折れそうだとも考えた。

 サンドラが案内された部屋に入ると、ハロルドは既に椅子に座っていた。

(一国の王にしては生気がないな。まだ私よりも少し歳上程の年齢だろうに)

 彼を初めて見た彼女がそんな事を思っていると、彼に座る様に促されたので、彼女はその対面に座った。

「こうして顔を合わせるのは初めてですね。カストゥルム国前女王アレクサンドラです。よろしければサンドラとでも呼んでください」

「ハロルド・ノスアーティクルです。貴女の事は美しいと風の噂に聞いておりましたが、聞きしに勝る美しさですな」

 お互いにそう軽く挨拶を交わすと、

「しかし、貴女がまさかこの国へいらっしゃる事があろうとは夢にも思いませんでした。どういった理由でこの国にいらしたのですか」

 と、ハロルドが切り出した。

 いきなり本題に入るのもどうかと思ったが、自身の精神衛生の為にも、彼女相手にあまり話を長引かせたくないというのが本音である。

 友好国の元女王ではあるが、悪女と名高い女でもあるのでどうしても警戒せざるを得なかった。彼女の陰には魔法という正体不明の力がちらついているという状態なので、下手をしたら、それを巧みに利用して不平等な関係を結ばれるということもあるかもしれない。

「魔王の討伐ですよ、なんでもそれを倒せば魔物は全て消滅するそうです。私が進めた研究で魔物が蔓延(はびこ)ってしまったのでせめて私自身で解決しようと思いましてね。つきましては、貴方の影響力で私が魔王征伐に行くという話を広めて頂ければと思います」

 そのサンドラの頼みに、

(何でまたそんな事を……)

 と、ハロルドは困惑した。

 彼女が何かを要求してくる事は予想していたが、思っていたよりもどうでもいい様な要求であった。まさか、彼女が最終的に自身の印象の向上や魔法の需要拡大等を狙っていようとは彼も思っていない。

「広めてどうすると言うのです?」

 彼が尋ねたところ、

「魔王の存在を多くの人間に認知させる事が狙いですよ。私が魔王を倒せばそれでいいですし、仮に負けてしまったとしても、魔王の存在を知ってもらう事で、今後世界を救ってくれる人物が現れるかもしれませんし」

 と彼女は言った。

 ただ、美辞麗句を連ねただけではハロルドの警戒は解けないだろう。

 実際、彼は

(聞こえこそいいが、彼女が駄目だった場合責任を他の人物に押し付けるということにも聞こえるな)

 と少し考えている。

 そこで彼女は、

「私の提案を受諾してくださるのであれば、貴国の兵士に魔法の習得を大々的に許可致しますよ」

 と、言った。

 ハロルドは彼女に自分が頼もうと考えていた事を先に言われてしまった為少し驚いたが、先に言われた事によって彼女の噂を広めるだけで魔法という稀有な力を導入できる事が確定的となった。破格の安さである。

 ラヴィスヴィーパ王国は年々治安が悪くなっている上に、最近では外敵の動きが活発になってきたので魔法という新しい力は正直なところ手に入れておきたい。

「二言はございませんな」

 と、再度確認すると、

「ええ、嘘は言いませんよ」

 そうサンドラは言った。

 実際、彼女は嘘を言わずに相手を騙すという手法を好んで使う。

 今回も、ラヴィスヴィーパが先細りの国であり、且つラヴィスヴィーパ国民の入国制限をカストゥルムではやや緩めているので最終的には魔法を会得した兵士も多くがカストゥルムにくる事になるだろうと先の事を考えての提案であった。

 この王国程トリクルダウンが行われている国もないが、下層のグラスの方が大きく上層に行けば行くほど小さなグラスになるという大多数の国とは逆の構造になっているので、

いくら酒があっても足りず、優秀な人間が疲弊して逃げ出しやすくなっているのである。

 ハロルドはそんな彼女の内心を少し見抜いていたが、彼女にどんな悪謀があっても異国から民を守るための新たな力には変えられないので、

「分かりました、あなたに協力致します。ですので、魔法の件をくれぐれもよろしくお願い致します」

 と、言った。

「こちらこそよろしくお願いします」

 そう言うと、彼女は城を後にした。

(大した王ではあるが、あれでは王というポジションは貧乏くじだな)

 彼に哀れみのような感情を持ちながら、彼女は別の国を視察するために大陸中に繋がる道の起点となっている都市、サリスへと向かった。

 そして、そこから数日かけてサヴルム王国へと赴き、そことカストゥルムとのパイプを繋いだ後再びアトモ・フィリオへと戻った。


 サヨは武者修行兼、珍しい薬草の収集のためラヴィスヴィーパ中を巡っていた。

 いつもなら前者が主な目的であるが、魔王と戦うに当たって薬草を用意しておいた方がいいだろうと考えていたので、今回は後者が主目的である。

 常人であればアトモ・フィリオから歩いて一週間以上はかかる乾燥地帯へと三日で到着し、そこに生えている自然治癒力を数倍にする効能がある薬草を採取するとすぐに帰路についた。

 ここまで、野盗や魔物、猛獣などの類には遭遇していない。

「本当に薬草を採取するだけの旅になりそうですね……」

 と、サヨは少しがっかりしていたが、帰路について二日目の夕方頃にトラブルに巻き込まれた。

 ぼろ切れを纏っただけの男女数人が道の脇の森から飛び出して来て彼女に助けを求めたのである。

 しばらくすると、彼等を追っていたと思われる男達が現れた。

 結構な大所帯で百人はいるだろう。

 すぐさま、彼等はサヨを盾にするかのように彼女の後ろに隠れる。

 すると、彼等を追って来た男達の内、商人風の男が

「そいつらは売り物だこちらに渡してもらおう。それとも貴様、邪魔立てするつもりか?」

 と、彼女に問いかけてきた。

 風体、話の内容から察するに奴隷商人であるらしい。

 ただ、彼女はラヴィスヴィーパ王国は王や貴族等が悲惨な状況だったと記憶しているが、奴隷がこんな扱いを受けているとは聞いた事がない。

 察するに大国ラヴィスヴィーパで奴隷の売買をしようとしていたが、基本的に下層の方が厚遇を受けているあの国ではうまい汁が啜れないと分かって引き返して来た他国の商人だろう。連れている他の男達は彼の護衛且つ、奴隷が逃げないように見張る用心棒であるらしい。

 ただ、これだけの人数がいながら奴隷に逃げられた事がどうにも腑に落ちない。

「貴方の方が主人なんですか? それだけの人数を掻い潜って来たこの人達の方が優秀そうですがねぇ」

 と、煽りつつ聞いてみたところ、

「奴隷狩りだ。全然売れなかったから先生方の娯楽に使えないかと思って草原に放したら、そいつらだけ森に隠れて逃げたんだ」

 とのことであった。

「他の奴隷は?」

「先生方が全員始末した」

「この人達を殺害するつもりで野に放ったのに何故今さらそちらに引き渡す必要があるんですか? 逃げられたなら逃げられたでそれでいいと思いますけどね」

「そいつらをどう使うかは所有者である私が決める。少なくとも全く何も使わず解放する気にはなれないね」

 そう話を引き延ばしながら、

(助けてあげたいですけど、戦えない人たちを守りながらだとやり難いんですよねぇ。彼以外の追っ手はそこそこ出来るみたいですし人数も多い。一人じゃ守りきれませんねこれは)

 と、かつてダライの町で町の人間を逃しながら戦って負けた経験を思い出していたが、その後こういった状況に対応するための技術も彼女は習得していたので、それを使ってみる事にした。

 自身の発する気配を狼の物に近似させつつ、遠吠えで脇道の森いた狼の群れを呼び寄せたのである。

 奴隷商人達は一瞬キョトンとしていたが、すぐに馬鹿にされたと察し、

「こんな時にふざけてんじゃねぇ、先生方よろしくお願いします」

 と商人の合図で用心棒達が彼女目掛けて殺到した。

 数秒間は彼女一人で徒手空拳を用いて戦う事になったが、狼の群れはかなり近くにいたので、すぐさま森から飛び出して来て彼女が撃ち漏らした用心棒達に襲い掛かる。

 用心棒を半数程倒したところで彼女は狼達を止めて、

「まだ続ける? 続けると言うのであれば私もあなた達を殺さない程度には本気を出すし狼ももっと呼ぶけど、この人たちを自由にするのであれば見逃してあげるよ」

 と、やや凄味を効かせながら言い、重ねて

「私はあなた達を殺さないけど、この子達はどうかな?」

 と、補足を加えた。

(魔物を倒す事と違って、殺人はいざこざが発生する。彼女が俺達を殺さないという話は本当だろう。だが、狼を操る技術はまずい。合法的に殺しができてしまう)

 実際に彼女が相手をした用心棒は気を失っているだけだが、狼達が倒した用心棒は喉笛を噛み切られている。

 悪どい商売をしている関係で、彼女の凄味にはさほど驚かなかったが、既に死人が出ていて自分も危険であるという事実に恐怖を抱かないわけにはいかず

「分かった、そいつらは好きにして構わない。だから、もう止めてくれ」

 と、商人は言い無事だった用心棒を引き連れ、奴隷達を置いて去って行った。

 彼女が狼達に礼を言って森に帰した後、彼女の元に奴隷達が集まって来て

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

 と礼を言った。

「しかし、助けを求められたので助けましたけど、これからどうするんですか? 狼が仕留めた遺体から金目になりそうな物を失敬すればしばらくは大丈夫でしょうけど……」

「それなんですが、この付近に旅人が寝泊まりできるような集落を作ろうと考えています」

(これ以上私ができる事はありませんね)

 そう考えると、路銀の入った袋をリーダーらしき人物に渡して、

「資金の足しにでもしてください」

 と、言って彼女は再びアトモ・フィリオへと向けて足を進めた。

「ありがとうございます。貴女や狼達のように我々も強くなろうと思います」

 別れ際にリーダーからそう言われたので、その事については悪い気はしなかったが、満足のいく戦いができなかった事が心に引っかかっていた。

 とりわけ、今回倒した用心棒の中には磨けば光りそうな逸材が結構いたので、それらが伸び代を残したまま死んでしまった事に関しては悔しく思っている。

 ただ、

(仲間が全員戦える事の有り難さを感じられたのは良かった気がします)

 と、得るものが全く無かった訳ではない。

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