サンドラの能力
新たにサンドラを仲間に加えた一行は、彼女の提案でまずダライの町まで南下する事になった。そこから船に乗って世界の中心となっている大国ラヴィスヴィーパまで行き、カストゥルムの元女王が魔王を倒しに行くという噂を流布する狙いが彼女にはある。
カイとしては早速海に繰り出して魔の国へと向かうよりは、出来ればこの大陸を駆け巡って、彼女の元女王という肩書きを使って各国からの協力を得たいところだったが、
「大軍で魔王のところに攻め込んだりしたら修行にならないんですけど」
と、サヨに不満を言われた上に、
「魔物は犬以下の知能の個体も多いが、知能が高い個体もいる。そういった奴が飛行能力を持つ魔物を率いて来たら、軍は対空戦に慣れていないから一網打尽にされるかもしれん。無駄に犠牲を増やすべきではないだろう」
とサンドラにも反対された。
戦いたいだけのサヨはともかく、サンドラの意見にはなかなか説得力があったので、カイは
(伝説とは言え前例がある以上、少数による暗殺の方がいいかもしれないな)
と思い始め彼女の意見に同意する事にした。
ダライまでの道中、数度魔物に遭遇したが強力なものではなかったので、大抵はカイとエレグで事が足り、サンドラが戦闘に加わる場合も彼女は魔法を使わず槍を振るって戦った。
そのため、彼女の魔法というものは謎のままであった。
これまで彼女の魔法を使わずとも困った事はなかったので誰も気にしなかったが、ふと、エレグは彼女の魔法の事が気になり、カストゥルムとボーガ王国の国境辺りに差し掛かった辺りで、
「なぁ、サンドラが使う魔法ってどんな感じのものなんだ? 今まで一度も使っていないが」
と、尋ねてみた。
彼女は本来、自分の能力を他人にペラペラと話すような質ではなかったが、どうせそのうちこの三人の前では披露する事になるだろうと思って、
「私の魔法は召喚というやや特殊なものだ。呪文は不要だが、呼び出したいものを簡単に思い浮かべる必要がある。基本的にはこの世界にあるものを呼び出す事ができる魔法だが、他にも呼び出せるものはある」
と、一端を説明した。
この魔法には他にも、物を呼んで操るという訳ではなく基本的には本当に呼び出すだけなのであまり融通が利かない事や、この世界のものを呼び出すだけだからかほとんど魔力を消費しない事、魔力を大量消費して実在しないものを召喚する事もできるなどという特徴があったが、全て言う必要もないなと思ってそれは言っていない。
が、言わなかった三つ目の特徴はすぐに披露する機会が来てしまった。
カイ達が以前宿駅で遭遇したものと同じ巨大トカゲの魔物が一体と、首のない戦士の魔物が数十体現れて一行を囲んだのである。
サヨはどちらか一方にしか対応出来ないので、自然もう一方は三人で対応する事になるだろう。
「十数秒間だけ持ちこたえてください」
と、言ってサヨは亡霊戦士の方と戦い始めたため、三人は巨大トカゲの方を担当する事になった。
早速、サンドラは魔法で火矢を十数本虚空から召喚してエレグに渡すと、
「奴の頭上から大量の油を落とす。直後にそれを放て」
と言い、巨大トカゲの頭上からバケツをひっくり返したような量の油を落下させた。
そして、魔物が油まみれになると同時にエレグが火矢を連射した。
火は瞬く間に巨大トカゲの全身を包むが、元々火を吐く魔物だからか、やや動きが鈍った程度の効果しかない。
が、油のせいで自分に引火するかもしれないという事を考える知能を持ち合わせているのか、炎は吐かずに爪で三人を切り刻もうとして接近して来た。
サンドラは
「あまり効かんようだな」
と冷静に呟くと、今度は魔力を多めに使って決して切れない巨大な網を巨大トカゲの頭上から落下させた。
魔物はそれに捕まったのでなんとか解こうとするが、もがいているうちにバランスを崩して転倒した。
そこへ、王家の剣を抜いたカイが駆けて行き、魔物の腹を突き刺した。
本来であれば致命傷とはならない程の傷だったが、剣に宿る退魔の力が魔物を急激に弱体化させる。
さらに、彼は魔物の腹部から剣を抜くと、頭部の方へと駆け寄って行き、顎部目掛けて突きを放った。
一撃目である程度弱っていた事もあって、すぐに魔物は絶命する。
サヨの方も亡霊戦士を倒し終えたらしく、三人の元へと戻って来た。
「サンドラさんの魔法すごい便利ですね。いつか手合わせしてみたいものです」
「冗談じゃない。比較的強力な魔物数十体相手にしながら私の魔法を確認する余裕がある奴相手に私が勝てるわけがないだろう」
戦闘を終えてすぐに女二人はそんな会話をしている。
カイとエレグにはそこまでの余裕はない。
(姉さんはともかくサンドラも方向性は違うがかなり凄いな。魔法が効かなくても慌てる事のない胆力は女王をしていただけの事はある)
カイはそう関心していたが、昔から彼女の黒い噂を耳にして来たエレグは
(これがダライを乗っ取った連中の国の女王か)
と、恐怖心を少し抱いていた。
召喚できるものは数あるのだろうが、取り乱す事なくあの一瞬で油を選択し、遊牧民に火矢を渡してそれを射掛けさせた判断力が魔法以上に怖いのである。
その後、一行は再びダライへと向かって進み始めたが、尋常じゃないほど勘のいいサヨ、サンドラも、五感が優れているエレグもこの時もう一体近くに魔物が潜んでいた事には気づいていない。
ボーガ王国へと入ってからは、宿駅に設置された替え馬を利用する事が出来たのでサクサク進む事が可能になり、十日と少しでダライへと到着する事が出来た。
この町は最早カストゥルム国の一地域と言っても過言ではない状況になっているので、サンドラがいれば大抵の事は流暢に進む。
そのため、蒸気船の使用許可や船員の手配など、全ての手続きが半日で完了してしまった。
が、この日は出港に適さない天候だったため、四人はエレグの家へと来ていた。
サンドラはこの町に来れば族長の屋敷を使う事も可能だったが、そこで数代前の族長が襲撃を受けたという事を彼女は知っており、そんな前例のあるところには宿泊したくなかったのであえてエレグの家へと来ている。
「貴人が三人も俺のボロ家にいるってのはえらく妙な状況だな」
エレグはカイと初めて会った時のように鍋の様子を見ながらそう言った。
カイとサヨの出自について詳しく知らなかったサンドラは
「そこの二人もどこかの王子とか王女か何かなのか?」
と、尋ねた。
「俺と姉さんは兵の国の領主の家の出だよ」
兵の国はこちらの大陸では黄金の国と一括りにされているため、あまり聞かない国名である。
そのため、コルムと初めて会った際などは「黄金の国の方から来ているとのことだったが」などと言われていたが、サンドラは元女王なだけあって場所を理解しており、
「確か、水の国と黄金の国の間にある小さな国だったな。あそこなら魔の国に向かう途中で様子を見に行けるかもしれんが寄って行くか?」
と、言った。
この発言には仲間への思いやりという面も確かにあるのだが、どうせ旅をするのであればなるべく多くの国とのパイプをつないでおいた方がいいだろうという考えに依るところが大きい。
ただ、カイは元々立ち寄ってもらうつもりだったので、
「そっちから切り出してくれるとは相談する手間が省けた。是非お願いしたい」
と言った。
その後、カイがここに来た時と同じ粥を四人で食べた後、翌日に備えて四人は早々に眠った。
翌朝、天気は快晴で船出にはちょうどいい程の追い風が吹いていた。
ダライには早暁から開店している飲食店がいくつかあるので、そこで朝食を取った後、四人は船に乗りアトモ・フィリオへと向かって行った。
昨日のエレグの家での会話は以前彼等が気づかずに放置した魔物に聞かれており、彼等が出航して一刻程経った後にその魔物は兵の国へと飛び立って行ったのだが、船上の彼等は当然気づいていない。