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アレクサンドラ

 カストゥルム国の前女王アレクサンドラ・シードロフは他国から責任を追及されて王位を退くように言われて隠居していた。

 ただ、その他国からの要望は、彼女が自分の息のかかった者を他国へと侵入させてその者たちに声高々と叫ばせた結果であり、つまり、自分で作ったものだった。

 カストゥルムは魔物が跋扈する原因を作った国である以上、本来であれば魔界対策の先鋒を務めて然るべき立場である。しかし、責任の取り方を魔界の対策から彼女の退任へとランクダウンさせる事が出来れば、カストゥルムは魔法という利益を何の犠牲も払う事なく手に入れた事になる。

 ついでに、カストゥルム国が抱えている問題など、一時期移民も歳をとるという事を度外視して他国から呼びまくった技術者の高齢化が始まってきており、その医療費が王家の財政を圧迫し始めていることくらいしかなく、それは技術者を呼び込む方針から他国に使節を派遣して技術を習得させた後に帰国させるという方針にシフトし始めた事によってある程度鎮静化してきている。

 そのため、そのくらいの事であれば彼女の姪へと王位を譲ったとしても充分に対応できるだろう。

 つまり、彼女にとって王位を退くことなど痛くも痒くもなかった。

 ちなみに、次の王に姪を選んだのは血縁関係故ではなく、彼女がアレクサンドラの次に戦巧者で、自身の退任後も軍事力に力を入れるはずだからであった。

 現在は魔物の事を除けば情勢は安定気味だが、例えそうだったとしても武力を背景にしなければ、あらゆる対外関係で不利になるという判断である。

 引退後も彼女の力は今でもその力は健在で、屋敷には結構頻繁に客が来る。

 この日も現在ボーガ王国に住んでいる情報通のフィラーナという女性が彼女の元を訪れていた。フィラーナは元々他国からこの国に来ていた領事であったため、彼女が女王をやっている時分には会う機会も多かったので、その際に親しくなっている。

 魔の国を調査すれば魔法についての手がかりを掴めるかもしれないという情報をアレクサンドラに伝えたのも彼女だった。

「午前中、サンドラ様の元を現女王が訪れていたようですけれど、なんの話をなされたのですか?」

 と、フィラーナはアレクサンドラに尋ねた。

 ちなみに、サンドラというのは彼女の愛称である。

 フィラーナの質問は情報通と呼ばれている彼女でも、カストゥルム国の女王周りの情報はサンドラから聞く以外入手する事が出来ないゆえのものだった。

「カストゥルムが抱えている唯一の問題のことだ。この国では現在医療費は王家が一部負担しているゆえかなり低くなっているが、これが移民の高齢化を後押ししている気がしてな。だから、医療の発展をわざと遅らせつつ、成人以上の病気は自己責任として少し多く医療費を取ることとする事を考えてそれを女王に伝えたんだ。そうすれば、助かるはずだった者も助からなくなるだろう。お前はどう思う」

 と、サンドラは言った。

 自己責任論など突き詰めれば国という概念が要らなくなってしまうが、それを元女王が言うのだからこのままこの案を採用すれば当然市民からの不満が噴出するだろう。

 その事を彼女は知っているが、ここではあえて言っていない。

 わざと穴のある案を出すことによってフィラーナから意見を聞き出しそれを取り入れるというスタンスを取るつもりである。

 彼女が人の意見を取り入れる女王と呼ばれる所以となった手法の一つであった。

「それでは市民からクレームが入ると思いますので、貧民救済措置として貧しい者なら誰でも使える無料の診療所をいくつか設置してはいかがでしょうか。他国から流入してきた者は比較的高所得である事が多くそこを使う事ができませんし、必然自ら多額の出費をして治療を受ける事になります。対して貧民は治療費が無料になるという恩恵を受ける事ができるので不満を少し緩和する事ができると思いますわよ」

「なるほどな、今度女王へと提案してみよう。ところで、今回お前はこの国に何しに来たんだ? お前が住んでいるボーガ王国と比べればここはまだ片田舎だから面白い情報などないだろう」

 サンドラがそう言うと、フィラーナは楽しそうに

「この周辺は強力な魔物が出て来る事でも有名ですが、その魔物を物ともせずにこの国に向かっている三人組の話を耳にいたしましてね。気になってそれを確認しに来たんですの。その一行にはプロデスト共和国の王家の大剣を携えている者もいるそうなので魔王を倒すつもりかもしれませんわよ」

 と、言った。

 カストゥルム国は魔の国の研究をしていただけあって、魔王の存在とそれを倒せば魔物が消滅する事を認知している。

 それを聞いてサンドラは

(上手く利用すれば私の問題を一気に解決する事ができるかもしれないな)

 と考えた。

 今回の事で魔法の需要が上がったため国内は潤ったが、流石に魔物の侵攻を受けた国が可哀想だという自国民もそこそこおり、そう言った勢力から彼女はやや批判されていたのである。

 さらに、折角魔法という技術を国内にもたらしたというのに、もし世界中が一丸となって魔界対策を始めて尚且つ勝ってしまったら紛争というものが減ってしまい、魔法の戦争需要も怪しくなって来る。

 そのため、自分の国内での印象を上げる事と、平和でない世界の維持のために彼らに協力する事を考えたのである。

「その三人の詳細な情報はないか?」

「一行は王家の大剣を携えた青年と、ボーガ王国の騎兵、妙な格好をした女剣士という構成のようですわ。男二人の情報はこれといった情報はありませんでしたが、オヅロッグから入ってきた女剣士の情報がいくつかありますわね。なんでも、ゴロツキが束になってかかっていっても虫でも払うかのように瞬く間に倒してしまうという話ですわ。ボーガ王国にも一人で軍隊と戦う事ができるという人物がおりますけど、そういった類の人物でしょうか」

 ボーガ王国在住で一人で軍隊を相手に戦えるという人物にサンドラは心当たりがあった。

 それはボーガ王国の北東の地域を治めている族長で、一人で千人近くを相手に戦って勝った事もある程の人物だった。彼ほどの実力がその女剣士にあるというのであれば、一人で魔王を倒す事が出来てしまうかもしれない。

 そこに協力して、結果少数で魔王を倒したとなれば自身の印象を向上させるのにはうってつけであろう。

 彼女は三人に会ってみたいと思って、

「三人は現在どの辺りを歩いているんだ?」

 と、フィラーナに尋ねた。

「そろそろ、この町に入るという話ですね」

「怖いくらい、良いタイミングだな」

 そう言うとサンドラは側近を数人呼んで、町中を探させた。

 フィラーナもサンドラの屋敷から退出して、三人を探し始めた。


 フィラーナは集めた様々な情報を元にカイ達を探していたが、サンドラもある程度は情報を集める術に長けており、さらに彼女には人海戦術が使用できたので先に三人とコンタクトを取ったのはサンドラであった。

 カイとエレグは

(入ってすぐに元女王と会う事ができるようになるなんて話が上手く出来すぎている)

 と思ったが、

「まぁ、行ってみましょうよ。元女王だから魔法についても詳しいかもしれませんよ」

 と、サヨは会う事に意欲的である。

 確かに、彼女を上回る筋力・魔力などの単純な力や自然の脅威以外は何も通用しないサヨであれば何があっても問題ないだろう。

 それゆえの発言であろうが、カイとエレグには人間の悪意が通用するのである。

「どうする? 既に王位を退いたとはいえダライの町を乗っ取りかけている国のトップにいた人物だぞ。他にも黒い噂がかなりあるのに信用できるのか?」

「しかし、姉さんがいれば大丈夫じゃないか? たとえ仮にこれからこの国で処刑される事になって牢屋に入れられても、脱獄して逃げることが可能だぞ」

 二人は小声で相談するが、結局、とりあえず会ってみる事にした。

 三人が案内された元女王の屋敷は普通の大きさの屋敷だった。

 案内してくれた側近曰く、民衆が持つ王家に対する不満を緩和するため、且つ、清掃担当者に負担をかけないようにするためにわざと小さく設計してあるとのことである。

「しかし、堅牢さには欠けていそうな感じだな。元々城の国と呼ばれていた国の女王だというのに」

 エレグがそう言うと、

「恐ろしくて誰も女王に刃向かおうとは思わんよ」

 と、側近の一人がやや顔を引きつらせて答えた。

 が、実際に会った元女王はおっとりした顔だったのでそこまで悪い人物のようには思えなかった。

「初めまして、我々は魔王の討伐を目的に旅をしている者です。自分はカイと申します。こちらが仲間のエレグと姉のサヨです」

 と、カイが一通り挨拶を済ませた。

 ボーガ王国には敬語という概念が少し前まで無かったのでエレグに挨拶させる訳にもいかず、サヨは貴人と会うのが久しぶりなはずであったため彼が全て挨拶をしている。

 彼は旅の途中でこの大陸の様々な国の言葉を覚えており、カストゥルム国の言葉も使用できるようになっていた。

「私はこの国の前女王でアレクサンドラ・シードロフと申します。長い名前なので、サンドラと皆は呼びます。皆様方も是非そちらで呼んでください」

 サンドラも自己紹介した後、重ねて

「やはり、この国に来た理由は魔法ですか?」

 と尋ねた。

「ええ、魔法というのは魔王が根城にしている魔の国が発祥だそうなので、何か情報を得る事が出来ればと思いまして」

 この問い掛けに対してサンドラは、魔法は基本的に一人一属性であることや、唱える呪文によって威力が変動すること、極たまに呪文を使わずに魔法を使う逸材がいることなど比較的どうでもいいことばかり説明し、重要な事については研究が進んでいない事や、派遣していた研究者が魔物に殺害されたことを理由にお茶を濁した。

「全くないよりはマシだが、有意義な情報をとは言い難いな……」

 エレグのその言葉を踏み台に、

「期待に添えず申し訳ありません。代わりと言っては何ですが、私も同行させて頂けませんか? これでも国内ではトップクラスの魔力を持っているので邪魔にはならないと思うのですが」

 と、サンドラは言った。

 協力するどころか、自身が一行に加わって自ら魔王を倒せば、国内はおろか国外からの評価も一転するかもしれないと思い立ったのである。

 しかも彼女の魔力量はトップクラスどころか国内では他の追随を許さない程多く、彼女以上と言うと、サヨを瀕死に追い込んだ風の魔法使いか、城を一撃で消し炭にするほどの力を持っていたガル国の魔法使いくらいであろう。

 そのため、自身の能力が魔王に通じる自信も充分にあった。

 しかし、何かしらの裏があるのではと訝しんだエレグは、

「あんたはこの国の元女王だ。ここを離れたら色々と都合が悪いんじゃないか? あんたを訪ねてここへ来る人間も多いんだろう?」

 と、遠回しに断った。

 が、

「引退した身なので、誰も来ませんよ。そちらの二人の意見をお聞かせ願えますか?」

 と、なかなか引き下がろうとしない。実際、客は現女王に回しておけば全部捌いて貰えるので問題なかった。

「まぁ、どっちでもいいですよ」

 サヨはすぐにそう答えたが、カイもトントン拍子に話が進んでいく様に正直、違和感を持ったので答えあぐねた。

 ただ、サンドラには船という切り札がある。

 彼女が持つラヴィスヴィーパ製の蒸気船でなければ魔物が跋扈している現在の海を進む事は容易ではないだろう。

「私は元女王という事でダライの町に停泊させている蒸気船を自由に使う事ができますよ。仲間に加えて損は無いと思いますけれど如何でしょうか」

 と、彼女はそれを提案する。

 海を泳いで渡れるであろうサヨはともかく、黄金の国の船が沈没してしまった今、現状カイとエレグは魔の国どころか兵の国まで行く事も出来ない。ダライとアトモ・フィリオを定期的に行き来している船はあるにはあるが、あくまでアトモ・フィリオ止まりでありどっちにしろ自分達が自由に使える船は必要である。

 サンドラを怪しむ気持ちは払拭できなかったが、カイは

「ご協力、有り難く受けようと思います」

 と、答えた。

 カイの意見を尊重するというスタンスを取っているエレグも

「ただ、俺達の不利益になるような事はするなよ」

 と、言いつつも承諾した。

 それから、カイ達がしばらく町の外で待っていると、サンドラはすぐに旅支度を整えて町から出て来た。

 何故か帽子や服は男性用の物を着ている。

「違和感があるか? こちらの服装の方が動きやすい上に、町でトラブルに巻き込まれ難いのでな」

 話し方も先程よりも男に近いものになっている。

 エレグがその事を指摘すると、

「あぁ、これが本来の私の口調だ。こちらの方がお前達と親しくなれると思ってな。お前達も私が元女王だという事は気にせずに砕けた口調で構わんぞ。それとも先程の胡散臭い敬語の方が良かったか?」

 と、サンドラは答えた。

 女王時代であれば威厳を保つために必要以上に仲良くはしなかっただろうが、彼女は今はそんな事は気にしておらず、親しくなりたいというのは本心に近い感情だった。

 もっとも、そちらの方が仲間から警戒されないからという理由も含んではいるが、悪意を含んだ物ではない。

 それが伝わったのか、カイは少しだけ彼女に対する警戒を解いて、

「それじゃあ、改めてよろしく。サンドラ」

 と、言った。

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