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出航

 数年前の事である。

 魔の国という地域で魔法に関する遺跡が手付かずで残っている情報を入手した城の国の女王アレクサンドラ・シードロフはそこへ積極的に調査隊を派遣して魔法に関する研究を進めていた。

 魔法というのは既にこの世界から失われた力だと長らく思われていたが、以前、城の国が南東にあるガル国と戦った際に敵側にその力を持った者がおり、その力の一端を見たとき以来、

(これは、実用化できれば使えるな)

 と、思っていた彼女は終戦を皮切りに本格的にその調査を進める事にしたのである。

 研究の甲斐あって、数年後には城の国は世界で唯一魔法を習得できる国と呼ばれるようになり、彼女自身も含めて魔法を使用できる国民は次第に増えていった。

 しかし、弊害もあった。

 研究の過程で派遣していた研究者の一人が、魔の国近くにある島国に語り継がれている魔界に関する言い伝えを軽視し、こっそりと魔の国でも特別な場所と云われている魔界の門というところへと足を踏み入れてそこの扉を開けてしまったのである。

 結果、この世界と魔界と呼ばれる場所が繋がってしまい、扉からは魔界を統べる王を含む様々な魔物が飛び出してきた。

 その魔物達は数ヶ月で魔の国付近にある国々を壊滅させ、さらに空路や海路等を使って別の大陸や島へと進出して行き、一年経たない内に世界中に跋扈する事になってしまった。

 魔法によって城の国自体は潤ったため、国内からはそうでもなかったが、アレクサンドラに対する同盟国以外の国からの風当たりが強くなったため、彼女は王位を姪へと譲って隠居し、新しい王が創っていく新しい国という印象を他国へと与えるために国の名前もカストゥルム国へと変えている。


 カイ・イイヅナが住んでいる(つわもの)の国も、その魔物の侵攻によって危機に晒されていた。

 彼が住む兵の国は魔の国から程近いところに位置する島の中にある一国で、水の国と黄金の国という比較的大きな国に挟まれた小さな国である。

 島という特性上、魔物と言えども渡ってくるのは一苦労ではあるのだが、逆に言えばそこを渡る事ができる魔物は強力なものばかりであり、尚且つ、本拠地から下手に近い分疲弊しきっていない状態で上陸してくる。

 そのため、それを真っ先に迎え撃つ事になった、水の国、黄金の国はかなり苦戦した。

 大抵の国が一ヶ月も持たずに壊滅させられる中、その二国は数ヶ月間抗戦したが、とうとう水の国が落とされて、魔物の大群が兵の国へと押し寄せて来る事になったのである。

 兵の国は兵という字が国名には入っているが、それは島の中央に位置しているため戦場になりやすいという意味であり、兵の質自体は両サイドの二国には基本的には及ばない。

 そのため、いとも簡単に国境を突破され、次々に支城を落とされて、とうとうカイが住んでいる本城近くまで攻め込まれてしまった。

「こんな時にサヨがいてくれれば……」

 そう、ため息を吐きながら言ったのはこの国の領主であるカイの父ケンゾウであった。

 彼はカイの姉であるサヨ・イイヅナを国外へと出してしまった事をここ最近になって本気で後悔するようになっている。

 サヨは一人で他国の兵数万人と戦う事ができる程強く、何度か小国からの侵攻を一人で防いで貰っていた。ただ、あまりにも強すぎるので自国の領民もドン引きしてしまい、彼女を国外に追放しろという声が領内で高まってしまった。そのため、ケンゾウはサヨを泣く泣く他国へと送り出したので、彼女は今、別の大陸にいる。

「いくら何でも無理ですよ、魔物は火を吐くって噂ですよ。それにあの子を呼び戻したところで魔物の頭領のようなものを退治しない限り無尽蔵に出て来るって話ですよ」

 ケンゾウの発言にカイの母、アサコが答えた。

 魔王の言い伝えは多くの国で既に廃れてしまっているが、この島は魔の国から比較的近い位置にあるためか未だに残っており、それによると、大昔の勇者が魔王と戦って見事打ち倒した後、地上から魔物が消え、勇者も何処かへ姿を消したという事であった。

 彼女の発言はその伝説に則ったものなので信憑性は不明だが、そういった物にも手当たり次第にすがるほどケンゾウとアサコの精神は疲弊している。

 その一端か、ここ最近は二人とも口を開けばここに居ないサヨの話をしており、それがカイは心配で仕方なかった。

 そこで、彼は

「そういう事であれば、俺が探して来ましょうか? あの人、強い相手と戦う事が趣味みたいなものでしたし魔王と戦ってくれって頼めば了承するかもしれませんよ」

 と、提案してみた。

「無理ですよ、海にも強力な魔物はいると聞いて居ます。あの子がいるところまでとても辿り着けませんよ」

 アサコがそう言う。

 が、ここまではカイの想定内である。

 彼は黄金の国が未だに他国と連携を取るために定期的に船を出している事を知っており、それに乗せてもらう算段だった。

「黄金の国からアトモ・フィリオへと出ている船があるみたいです。姉さんのことは黄金の国でも有名ですし、事情を説明すれば乗せて貰えるのでは?」

 二人の顔を見ながらその旨を伝える。

 ちなみにアトモ・フィリオというのは世界一の大国ラヴィスヴィーパ王国の首都であり、サヨもまずはそこに行ったが、自由奔放な女性であったため正直彼女がまだそこに留まっているかはカイにも分からない。

 ただ、文明の進んだ大きい国なので何かしらの情報は得ることはできるだろう。

 それを聞いたケンゾウはもう既に了承したような顔をしているが、対してアサコは不安そうな顔をしている。

 実際のところアサコは、サヨと違って特別な力を持たないカイを危険な海へと出して良いものかどうか判断しかねている。

 彼女とは十九年の付き合いなのでカイは、

(安心させるための一言が必要だな)

 と、すぐに察し、

「魔物が出現してからも何回か航海しているらしいですよ。それでも、一度も沈没した事はないそうです」

 と、補足を入れた。

 が、まだアサコの表情からは不安が消えず、首も縦には振らない。

(どうしたものか……)

 カイがどう説得すべきかと悩んでいると、

「私が、選りすぐりの兵をカイに同行させる。それならアサコも納得するか?」

 と、ケンゾウから援護射撃があった。

 魔物に侵攻されているという噂が拡がって、城下にいた人間は散り散りになってしまったが、そこは腐っても領主であり、彼の判断には有無を言わさない威圧感がある。

 アサコは渋々ではあったが了承した。


 ケンゾウが早速黄金の国へと使者を出して事情を説明すると快諾されたため、カイはケンゾウの家臣十数人と共にそこへと向かった。

 そこへと向かう途中も、首が無い騎士のような魔物が群れをなして出て来た。

 家臣たちは剣を抜いて迎撃し始める。

 カイも籠から飛び出して剣を抜き、家臣達に加勢しようとしたが、その中の一人に籠の中へと無理やり戻された。

 家臣達からしてみれば護衛する対象に動かれては戦い難くてしょうがないという事なのだろうが、カイには戦える者は戦った方がいいのではないかという考えがある。

「なぜ、協力させてくれない!?」

 押し戻して来た家臣に問うたところ、

「ラヴィスヴィーパまでの航海は長うございます。もし、ここで若様が怪我をなされれば海上では治療が難しくなりますゆえ、黄金の国でしばらく治療に専念せねばなりませぬ。そうなれば、時間を無駄に消費する事になってしまいますぞ」

 と、説き伏せられた。

 結局、魔物は家臣が全て倒したが、その内の三人程が怪我をしてしまった。

 一行は黄金の国に到着するなりその三人を診療所へと担ぎ込むと、早速港へと向かった。

 そこにはそれらしい船が浮かんでいたので、船頭らしい人物に、

「これが、アトモ・フィリオへと向かう船ですか?」

 と尋ねたところ、

「そうだが、あんたらが兵の国の連中か? 話は聞いている。もうすぐでるから早く乗んな」

 との事だったので、一行はそれに乗った。

 船はデカ過ぎず、小さ過ぎずといった大きさの帆船で、ところどころ補修した跡があるのが見て取れる。さらに、水面の揺らぎに合わせて軋むような音を立てているため何となくカイは不安になった。

「アトモ・フィリオに入港すれば本格的な修復を受ける事ができる。ちょっとボロいかもしれねぇが、勘弁してくれ」

 との事であったが、これではアトモ・フィリオまでの航行もおぼつかないかもしれない。

 そんな不安を他所に船は岸を離れ始める。

(しかし、まぁこれを使う以外別の大陸へと行くことはできない訳だし、贅沢はこの際言わない事にしよう)

 そう覚悟を決めながら、徐々に遠くなっていく岸を見つめていた。

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