第一話 再会(前)
第一話です!
とりあえず千皓はこんな感じの主人公。
彼自身は自分の境遇をそこまで嘆いてなく「あーー、そうなんだ。じゃあ仕方ないな」って感じです。
あっさりさっぱりで割と何でも受け入れる子です。
そんな感じのところが出していけたら……いいです!
では今回も少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
たっぷりと水分を含んだ筆で描いたかのような淡い水色の空が広がり、満開に咲き誇った千皓の木々が時折吹く春風にはらり、はらりとその薄紅色の花弁を散らしていたその日。
昨日入学したばかりの私立紗宮高校で否応なく人の注目を浴びまくったお……私は高校生活二日目にしてすでにぐったりと疲れ切りながら下校していた。
「もうやだああ。疲れたああああ!!」
手に持ったスクールバッグをぶんぶんと振り回しながら心のままに叫べば、私の肩をどうどうと艶やかな黒髪をショートポニーテールにした年相応にメリハリの利いた体とすらりとした長い手足を紗宮の制服であるセーラー服に包んだ大きな二重の瞳が特徴的な美少女――同中で友達の緑谷黛香が軽く叩く。
その彼女の隣ではダークブラウンのミディアムヘアに折れそうな程華奢で百五十五センチの私よりもさらに背の低い、少し眦の下がった大きな二重の髪と同じ色のくりっとした瞳が特徴的な、愛玩動物的な可愛らしい少女――同じく友達の藍畑志乃が少し眉を下げていた。
「まあまあ落ち着きなって、千皓。千皓の美少女っぷりが目立つのなんていつもの事じゃんか。ねえ、志乃。」
「うん、千皓ちゃん、凄い可愛いもんね。お疲れ様。」
「……ええーー。美少女っぷりなら黛香の方が上だし、可愛さなら志乃でしょ? 私なんて全然じゃん。」
くすくすと笑う二人に全く納得が行かず、唇を尖らせながら答えれば、二人に同時に何言ってるの、と返される。
「もーー何で千皓ってそんなに自己評価低いわけ? そのさらっさらの茶色の髪に、眉毛ビシビシのぱっさぱさで、日本人離れしてるけど綺麗な 紫色の二重で大きい瞳! で、形の良い小さな鼻にピンク色の唇!! もうあんたそれでレースがたっぷり付いたドレスとか着たら人形だからね、人形! あ、でも志乃が可愛い事には同意する。」
「そうそう。それに千皓ちゃんって肌も雪みたいに白くてすべすべだし、華奢だけどスタイルもいいし。もっと自信持っていいと思う! うん!黛香ちゃん美人さんだよね!」
「……えぇ……」
力強く言いながら無意識なのか互いを褒め合ってる二人に思わず内心でご馳走様、と呟く。
……うん、まあ私の容姿に対する過大評価についてはノーコメントで。
と言うかそもそもおれ男だし。
そんな事は口が裂けても絶対に言えないけどさ。
――そもそもおれが今こうして女として生活している理由は母方の家系が深く関係している。
おれの母方の家系は所謂女家系なんだけど、少し因縁とか下手したら呪いでもあるのかと思うくらい男を受け入れない家系で、その徹底ぶりは天ヶ谷には滅多に男が生まれない事は勿論、生まれたとしても七つを過ぎると命を落とすのが大半で、それどころか直接血が繋がっていなくとも、家系に入った男は皆若くして命を落としているという少し薄ら寒ささえ覚える程だ。
そして、その中でもおれは家系の血の影響を受けやすい生まれらしく、男として生きれば七つを待たずに命を落とすと、おれを生んだ時母さんは懇意にしている寺の住職に言われたらしい。
それを回避するには今すぐ養子に出し天ヶ谷の家系から抜けさせるか、一人で生きていけるようになるまで女として育て、それから天ヶ谷の家系から抜けさせるかの二択。
そして母さんが本人曰く断腸の思いで選んだのが後者だったというわけだ。
「どっちにしろ天ヶ谷からは抜けるとしても、それまで千皓にはかなり辛い思いをさせちゃうって分かってたからね。……でも、分かってたとしても、私は千皓と生きたかったの。…………自分勝手な母親でごめんね?」
買ってきたばかりのレースたっぷりのワンピースを嬉々として見せながら謝ってきた母さんの姿が脳裏に蘇り、一瞬ずきんと頭痛がした気がした。
もう昔の事だけど、あれ絶対色々タイミングおかし過ぎる。
おかげで母さんが死んでから八年経つ今でも私の中の『壊滅的にシリアスが似合わない人ランキング』の一位はあの人のままぴくりとも変動してないし。
……まあその母さんの明るさに救われてた部分ってのは結構あるけどさ。
「あ、そうそう。そう言えば千皓、生徒会に勧誘されたって聞いたけど本当?」
「あ、それ私も聞いた。生徒会長の朝日奈先輩直々に千皓ちゃんのクラスまで勧誘しに来たって。」
そんな風に過去に思いを馳せていると、今現在の悩みの種をズバリと言われ深く溜息を付く。
「…………ああ、うん。本当だよ、それ。……でもその場でお断りしたはずなんだけどね。」
「そうなんだ。でも朝日奈先輩諦めなかったって聞いたけど。」
「うん。断った直後に爆笑されて、『やはり君は面白いな。絶対生徒会に入ってもらうからから覚悟しろ!!』とか言われた。」
「…………朝日奈先輩なら言いそうだね。」
「確かにね。頭脳明晰スポーツ万能の文武両道に加えて甘いマスクの二枚目イケメン。だけど、少し馬鹿ってのが玉に傷らしいから。」
「……馬鹿。」
「……馬鹿。」
黛香の説明に思わず志乃と顔を見合わせてその単語を繰り返す。
まあ、確かにそうかもしれない。
じゃなきゃ断ったあの場で爆笑はしないだろうし。
「私、まだ入学したばっかなのになぁ……。」
「あはは。でもさ、会長云々は置いておくとしても千皓ってしっかりしてるし、面倒見いいから生徒会とか向いてるんじゃない?」
「うん、それは私も思う! 千皓ちゃん頼りになるし、優しいし!」
「え~~……買いかぶりすぎだって~~。」
友達二人の純粋な好意に少しだけ照れくさくなって頬を掻いた。
そんな風にじゃれ合いながら歩き、やがて二人と家への分かれ道で別れた後、閑静な住宅街の中を家路へと歩を進めて行く。
ここを抜けてしまえば家まではあともう少しだ。
「……とりあえず帰ったら境内の掃き掃除して。冷蔵庫の中身チェックしたら夕御飯の買い物に行かなくちゃ。今日の夕御飯どうしよっかな。辰生さんは何でも良いっていうけど、それが一番困るんだよねーー……。」
何作ろっかなぁと呟きながら最後の曲がり角を曲がり、高台にある夕辻神社の石段とその上に建つ白い鳥居が目に入ったところで、石段の前に誰かがいるのに気が付いた。
……何だろう、参拝者にしては石段を上る気配がないし。
たまにあそこで待ち合わせしてる人いるからそういう人かな?
そんな風に思い首を傾げながらも歩いているうちにどんどんその人との距離が縮まっていく。
やがて此方に背を向けて立っているのが若い男性だと言うのが分かった。
身長は多分百九十センチ超え。
黒の清潔感のある短髪に、スッと背筋が伸びた背中、肩幅が広くて男らしい均整が取れた逆三角形の体に見合った長い手足を黒のスーツに包んでいる男性……。
「…………え。」
瞬間、どくりと心臓が大きく鼓動を打ち思わず足を止める。
……私、あの人を知ってる。
そんな既視感に眉を寄せ、どくどくと高鳴る胸元をぎゅうっと握りしめた。
……何だろう、凄く怖い。怖くてたまらないのに、でも。
でも、会いたかったって頭のどこかで思う自分が訳が分からなくてこくりと唾を飲み込んだ。
少し躊躇してから再び歩き出す。
心臓は早鐘のように鳴り響いていて、知らず知らず体が震えるのはその人の纏っている空気が少し変わっているからだろうか。
やがて、手を伸ばせばその背に手が届く距離まで近付いた時、くるりと男性が振り返った。
年は恐らく二十代半ばから後半くらいで、きりりと上がった男らしい眉と少しつり上がった二重で切れ長の冴え冴えとした月光を思い起こさせる月白色の瞳を持つ端正な男前なその人と目があった刹那、ひゅっと息を飲みこむ。
「……うそ。」
無意識に零れ落ちた言葉に彼がどこか愉快そうに瞳を細める。
――その人は、あの日の夢で会ったあの神様そのものだった。
……なんで、だって、あれはただのゆめで……!
目を見開いたまま固まっている私に構わず、そっと伸ばされた手が私の頬に添えられた。
男らしくて、少し体温の低い大きな手。
「…………あ、おい……?」
半ば呆然としてあの時聞いた名を呟けば彼の口元が三日月状に吊り上がる。
「ああ。久しぶりだな、千皓。あの時の約束通り、迎えに来たぞ。」
一本芯が通った強さを抱いた低く力強い声が、あの時と同じ声が耳朶を打った瞬間、ざああああと音を立てその場に風が吹き抜ける。
「…………っま、待って!! あ、あれは夢で……っ」
「…………夢? ああ、そうか。お前側からしたらそう言う事になるのかもな。だが、千皓。あれは現実だ。お前は、あの時夢を渡り、俺の元まで来た。そして、約束したはずだ。――俺の眷属になると。」
「……あっ!?」
次の瞬間頬に添えられている逆の手でぐいっと腰を抱き寄せられた。
「……仮にも神とした約束だ。よもや忘れたとは言わせないぞ。」
「ッッ……」
そのまま耳元に吐息と共に吹き込まれた声にぞくぞくとした刺激が体に走り小さく体を震わせる。
体にうまく力が入らなくてそのまま彼の胸元に凭れかかれば、あの時と同じ「いい子だ。」という満足げな声が降ってきた。
――――駄目。このままだと連れていかれる。
頭の中でそんな警鐘が鳴り響き、ぎゅっと瞳を閉じる。
っ、逃げなくちゃ、この人から。今はっ!
「っ!!」
咄嗟に彼の体を思い切り突き飛ばし、境内に続く石段を全速力で駆け上った。
「っ、千皓!!」
後ろから聞こえた鋭い怒鳴り声にびくっと体が竦む。
それでも止まりそうになる足にぐっと力をいれ、最後の段に足をかけた刹那、背後から覆いかぶさるようにして葵に抱きしめられた。
「やあああっ!! あお、葵っ!! お願いっ、待って!!」
「俺から逃げようとした挙句、『待て』だと!? ふざけるのも大概にしろ!! お前は俺のものだとあの時言ったはずだ!! 約束を忘れたか!!」
びりびりと震える大気に恐怖で視界が滲む。
「っ、忘れてない。忘れてないよ!!おれは、おれは葵のものだってっ、言った! でも、お願いっ、おれ今ここで行くわけにはいかないんだ。心配かけちゃう人達がいるからっ、だからっ、せめて少し時間を……っ!!」
どんなにもがいても腹に回された二本の逞しい腕はびくりともしなくて、震えが段々大きくなっていく。
「……駄目だ。」
「……ふ、ァ……」
再び耳元で囁かれ体から力が抜けていく。
そのまま葵の手が制服の裾から差し込まれびくりと体を強張らせた。
「アッ、やぁ! 葵、やめてッ!!」
「このままここでお前を眷属にする、というのも悪くないかもな。――俺から逃げた罰だ。千皓。」
ちゅっと耳元に口付けられびくんと体が跳ね上がる。
「やだっ、葵……ッお願いっ……! まっ――!」
「あおいいぃいいいいい!!!!」
必死に叫ぶ私の声に鈴を転がしたような可愛らしい声が重なったのはその時だった。
「――――え。」
ハッと瞳を開いた瞬間、左中空から物凄いスピードで飛んできたサッカーボールが葵の側頭部にドゴンッと痛そうな音を立てて見事に命中した。
「ぐっ!?」
「え、あ、葵っ!?」
その衝撃に体勢を崩した葵の腕から解放された途端、横から伸びてきた腕にぐいっと腕を引っ張られ、彼と距離を取らされる。
「え……っえっ!!?」
されるがままになりながらハッと顔をあげれば私の腕を掴んでいたのは八、九歳くらいの少女だった。
地面に付きそうな程に長い指通りのよさそうな水色の髪をツインテールにし、首には銀色の鈴が付いたチョーカー、下がチュールスカートになっている少し変わったデザインの白地に金や銀の糸で刺繍が施されたチャイナドレスを身に纏った意志の強さが宿った髪と同じ空色大きくて二重の瞳が特徴的な美少女が私をその背に庇うように側頭部を押さえ呻いている葵の前に仁王立ちで立ち塞がる。
「……ってぇ……煌!! 何しやがる!!」
「それはこっちの台詞!! こんな場所で、しかも無理やり千皓を襲うなんて! 完全NG! 完璧NG!! そんな無理やりじゃ全く萌えないの! やり直し!!」
「……も、萌え……? ……や、やり直し?」
その言葉に瞳を瞬かせると怒りで眉を吊り上げた葵と目が合った。
瞬間、彼の瞳にさらに険が宿ったのを見て小さく体が震え出す。
「おい、煌そこをどけ。」
「お断り! お目付け役として、葵が千皓いじめるのは容認できないし!! ってか葵がっつき過ぎ! そんなんじゃ千皓だって怖がるに決まってるじゃん、バカ葵!」
ふんす、と言わんばかりに胸を張ってびしりと言い切った彼女に彼の表情がますます苦々しいものに変わっていく。
って言うか……あれ……?
「……もしかして、貴方、あの時の蛍?」
煌と呼ばれた少女のその声は、あの時確かに私に助けを求めてきたあの蛍のもので、思わず尋ねれば肩越しに振り返った彼女がにこりと微笑んだ。
「そう! あの時は助けてくれてありがとう。改めて、私は葵のお目付け役の煌。よろしくね、千皓!」
そう言ってこてんと彼女が首を傾けるとその首のチョーカーの鈴がちりり……と微かな音を立てた。




