神剣アロンダイト
迷子になったらしい。
しかし、これはどう考えても普通の迷子じゃない。
深呼吸したら湖の上に一人立っていた。
そんな迷子があってたまるか。
迷子になるからには迷子になるなりのちゃんとした理由があるんだ。
僕はこんなのは迷子とは認めない。
断じて僕は迷子じゃない!
「ダメじゃない。森を穢したら」
「ヒャィッ!」
そんなどうでもいいことを考えていたところに急に後ろから話しかけられて、なんとも恥ずかしい声を出してしまった。
しかし、振り返るとそこには誰もいなかった。
湖の上の小さな船の上だ。誰かが後ろに乗っているというのも変な話だった。
「そんなに驚かないで」
どこからともなく声が聞こえて来る。
正直、怖い。
声は女の人の声だったが、それ以上は何も分からなかった。
「あなたが神域を穢したからここに連れてきただけよ」
神域を穢した?
全く心当たりがなかった。
僕がやったことといえば深呼吸くらいだ。
神域は深呼吸したぐらいで追い出されるようなところなんだろうか。
それとも、僕がそんなに汚いってことだろうか。
そう考えるとなんだか腹がたってきたぞ。
「僕ってそんなに汚かったでしょうか? 一応、風呂にはちゃんと入っているつもりなんですが」
「お風呂は関係ないわよ。あなたって結構バカなのね」
ああなるほどな。よくわからないが、完全になめられている。こっちが下手に出てるからっていい気になりやがって。
どこから声がするのかは分からないが一応、会話はできるようだった。
「じゃあ、僕が神域を穢したというのはどういうことですか?」
「簡単なことよ。あなたの根底には復讐がある。そんな心では神域に入ってはいけない」
「僕はそんなに復讐に囚われているのでしょうか?」
自分自身、僕は冷静に憎しみと向き合っていると思っている。これでも、神域を追い出されるほどのことなのだろうか?
「今は忘れているだけ。あなたは少し前まで復讐に囚われた醜い存在だったわ。けど、記憶を失ったことでそれを忘れているだけ」
「僕はまだ思い出していないんですか?」
「妹を失ったことを思い出しただけじゃない。具体的にどうやって妹を失ったかをあなたは覚えていない。だから復讐に囚われずに済んでいるだけ。あなたの根底は汚れてる」
なるほど。言いたいことはなんとなくわかった。
リブニアへの恨みは魔法と同じで反射的に出てきただけで、そこの理由が明確じゃない。
だから僕はまだ、冷静なんだ。
「じゃあ、あなたは知ってるんですか。僕の過去を」
「ええ。知ってるわよ。けど、教えない。神に選ばれた器の一人を私から汚すわけにはいかないの」
「神に選ばれた器?」
「そうよ。本来なら、あなたはこんなところに来ないで問答無用に私に飛ばされるはずだった。けど、あなたは神に選ばれてる。そして、記憶を失ってる。あなたは特に神のお気に入りだから、神はあなたにもう一度チャンスをくれたのよ」
「僕が神のお気に入り? もう一度チャンス? 僕は以前、神に何かしてもらったんですか?」
「何かをしてくれたというより。神はあなたに神剣を授けたのよ」
「神剣?なんですか、それは」
「それくらい自分で調べなさい。私が教えるのはここまで。そして、最後にあるものを授けたらあなたを返すわ」
「なんですか? あるものって」
「湖に手を入れてみて。そしたらわかるわ」
「はぁ」
言われるがままに湖にに手を突っ込んでみたら、いつの間にか僕は銀色に輝く鞘に入った剣を掴んでいた。
「湖から出して、剣を鞘から引き抜いて」
声に従い、剣を引き抜いた。
刀身は青く輝いていた。
引き抜いた瞬間、体の魔法量が一気に増加したのがわかる。
「それは神剣アロンダイト。神があなたに与えた剣」
神剣。その言葉がすんなり馴染む。
体中から力があふれてくるのがわかる。
「僕はこれをどうすれば」
「自由にしなさい。神はあなた達を強制しない。ただ見守るだけよ」
自由。つまり、これが僕の復讐のために使われてもいいのだろうか?
アロンダイトを見つめながら、僕は自分が戦う理由を考える。
「あなたのように神に選ばれた器は、あなたの他にもたくさんいる。その一人一人がみな、神剣を持っているわ。あなたの目的を達成するにはその剣は必ず必要よ」
「でも、この剣を穢すことになってもいいんでしょうか」
「さっきから言ってるでしょ。神は見守るだけ。神域は穢すわけにはいかないけど、神の手から離れた神剣はどうなっても構わないの」
神域は神のいる場所だからけがしたらダメ。
けど、神のものじゃなくなった神剣は持ち主の自由にしてよい。
そういうことだろうか。
「わかりました。じゃあ、僕の目的のためにこの剣を利用させてもらいます」
「ええ。それで構わない。じゃあ、あなたを森の外に追い出すわ」
「え? 追い出されるんですか?」
「ええ。神に選ばれたとはいえ、神域を穢すのは許されない。というか、本来ならあなたは神剣も与えられずにここから追い出されるはずだったの」
「じゃあ、どうして僕はここにいるんですか?」
「言ったじゃない。神はあなたを特に気に入っているのよ」
声が僕にそう告げるのと同時に、白い光が僕を包み込んだ。
「進みなさい。――――」
何か言われた気がしたが最後は聞き取れなかった。
そこで僕の意識は途切れた。