記憶のない葛藤
命を助けてもらった恩人を丸焼きにしようとした人間をなんというか知っているだろうか?
僕ならそいつのことをクズと呼ぶ。
しかし、ガウェインはそんなクズを大いに気に入って自分の養子にしたいと言いだした。
どうやらとんでもない変わり者らしい。
僕からしたらこんな身元不明の怪しい人間を養子として迎えてくれるなんて願ったり叶ったりだ。
しかし、こんな僕にも選ぶ権利がある。丸焼きにされるのが趣味の変態野郎の家の養子に行くなんて絶対に嫌だ。
理由を聞かないことにはどうにも納得できない。僕は取り返しのつかないことをしてしまったはずだ。
「どうして僕を養子にしようと思うのですか?僕は今、あなたに向かって何か攻撃をしたようですが」
「もしかして、自分が何をしたのか理解していないのか?」
「はい。いつの間にかガウェインさんに攻撃していました」
信じられないかもしれないが嘘ではない。
僕はいつの間にかガウェインさんを攻撃していた。そこに僕の意思はなく、どうして僕の手から炎が出たかなんて全くわからない。
「じゃあ、お前はフレアについて、いやそれ以前に魔法についても何も覚えていないのか?」
魔法……。
ああ魔法か。それくらいなら覚えているぞ。
いや、魔法という言葉の意味はわかるがそれの使い方は全然思い出せない。
「魔法というものの存在は覚えていますが、魔法の使い方はまるでわかりません」
「つまり、お前は無意識のうちに俺の攻撃に対して反撃をしたのか。ますます気に入ったぞ。お前は反射であんな攻撃魔法を撃ち込むことができるほど戦いに慣れているのか。戦うことを記憶では忘れていても体が覚えていたのか」
反射で魔法を撃った? 戦いが体中に染み込んでいる?
またいやな考えが僕の脳裏をよぎった。
しかし、僕はもう、それを否定することができない。
やっぱり僕はそういう人間だったんだ。
きっとあの大量の血も誰かを殺めたときに浴びたものだったんだ。
忘れかけていた可能性が色濃くなったとたん。僕は体の震えが止まらなくなった。
「ガウェインさん。僕はあなたの養子になる資格なんてありません。僕はきっと多くの人を殺してきました」
「何か思い出したのか?」
「いえ。けど、僕の一番古い記憶。つまり、お姫様に助けてもらったときですね。そのとき、僕は体中血まみれでした。おそらくその血は僕のものじゃないです。傷の割に血の量が多すぎました。多分、返り血だと思います」
「それがどうした」
は? それがどうしただと? 僕は人殺しかもしれないんだ。
「俺だって戦場で何人もの人間を殺した。国のため、守りたいもののために戦った。戦って殺した。しかし、俺はそれを悪いことだとは思わない」
「僕がそんな大義を持って人を殺めたかどうかなんてわからないじゃないですか! 僕はただ楽しむために人を殺したのかもしれない。記憶がない僕は僕自身がとてつもなく恐ろしい存在に思えて仕方がないんです。僕は恐ろしい殺人鬼なんじゃないのかって?」
「魔法を使うのは軍人だけだ。それは国際条約で決められたことだ。軍人以外が私的な目的で魔法を使うはおろか、魔法を学ぶことも第一級の犯罪行為だ。それ以前に一つだけ確かなことがあるぞ。
お前がお前の思っているような殺人鬼なら、人が死んだと聞いてあんなに泣かない。安心しろ。お前は根はいい人間だよ。俺が保証してやる」
めちゃくちゃだ。そんなことになんの根拠もない。なんの根拠もないけど、僕はもうガウェインさんのその言葉にすがるしかなかった。
「じゃあ、僕はリブニアの軍人だったのでしょうか? 僕はリブニアの軍人でありながら、リブニア王国を恨んでいるんでしょうか?」
「軍人が国を恨むっていうのは珍しいことだが、ないことはない。しかも、リブニアは最強の武力国家だ。お前もその武力国家のエリート軍人生だったんじゃないか?」
「リブニアは武力国家なのですか? 軍人生とはなんですか?」
「同時に何個も聞くな。リブニアは武力国家だ。特にここ数年は隣国のファランサ王国に対して侵略行為を行っている。次に襲われるのはファランサの隣国であるこのスウィッツ王国かもしれん。
軍人生についてだったな。リブニアは12歳から国に徴兵され、軍人学校で戦いを学ぶ。そこの生徒のことを軍人生と呼んでいるだけだ。スウィッツ王国にも軍人学校はあるが、リブニアほど過酷ではない。リブニアでは3学年から4学年への進級の際、本物の戦争に連れていかれ生き残ったものだけが4学年へ進級できるらしい」
リブニア……相当狂った国らしい。僕が恨みを持ってもおかしくない国ということか。
「しかし、勘違いするなよ。リブニアはそれでも民からの信頼は厚く、国は富んでいる。国に恨みを持たぬよう教育を受けているし、リブニア軍人が国に恨みを持つのは珍しいことではあるんだ」
「けど、なくはないんですね」
「ああ。だから俺はお前がリブニア軍人だったとしてもその恨みが本物である限り私はお前を信じよう」
ガウェインさんが僕を欲しがる理由も僕を信用する理由もよくわかった。
けど、どうしても一つだけわからないことがある。
「一つだけわからないことがあります。どうしてガウェインさんは僕の言うことをそんなに信用してくれんですか? 僕がリブニアを恨んでいることも嘘かもしれませんよ」
「俺は自分自身を陥れる発言をする人間を好きではないが、記憶がないお前のことだ、何も信用できないんだろう」
そう言うとガウェインさんは笑いながら続けた。
「聞いて驚くな! ここにいる我が妻シャロットは他人の嘘を見破ることができる! どうだ! 俺の嫁はすごいだろ!」
まじか! 隣にいる少女このおっさんの妻!? 信じられない……
少女は僕よりも幼く、少し高めに見積もっても12歳やそこら。もしかしたら、僕よりも一回りは幼いかもしれない。
どうやら、ガウェインさんは僕の思っていた通りとんでもなくやばい人間なのかもしれない。見るからに筋肉もりもりの肉体からは考えられないような趣味が彼にはあるのかもしれない。
「あなたの思っているようなことはありませんよ。一応、私は変身の術をかけています」
そういうと少女は痛いげなおとなしい少女から、大人の色香を持つふっくらとした体つきの女性に変身しえしまった。
それにしてもこの人は俺の考え見すかすかのようなタイミングで変身を解いたな。
「あなたは心も読めるんですか?」
「あら。当たってましたか? 心を読むことは出来ませんが、このくだりは何回もやっているのであなたの考えていることくらいお見通しですよ」
怖い。怖い。これが女というやつか。
「お前ら、嘘が見抜けるほうは大して話題に上がらないんだな……」
どうやらガウェインさんが注目して欲しかったのは奥さんの年齢の方ではなかったらしい。
「いいじゃありませんか。どうやら、彼もだいぶ落ち着いたようですし」
そう言われて僕は自分が落ち着いてしまっていることに気が付いた。
女は怖いなんて言ってしまったけど、前言を撤回しないと。
「まぁ、それもそうだ。というわけで。俺がお前を信用する理由もわかってもらえたな?」
と、ガウェインさんが話を戻してくれた。
「はい。わかりました」
僕がそういうとガウェインさんは改まった態度で僕にこう言ってくれた。
「俺たちはお前の過去を問わない。その代わり、お前も過去に囚われるな。これからの人生をスウィッツ王国に捧げよ」
「はい。捧げます!」
僕はこの瞬間から、スウィッツ王国に亡命した。
この瞬間から僕の、理由のわからない復讐が始まった。
わからないことが多くてモヤモヤするかもしれませんがお付き合いいただけると嬉しいです。