噂と出会い
噂というものはすぐに駆け回る。
それは僕に関してでも変わりはない。
いや、僕だからこそ噂はこんなにも早く駆け回ったのかもしれない。
僕がダニエル先生に爆撃魔法をお見舞いしたことはすぐに学校中に知れ渡った。
僕としては、知れ渡るくらいならまだよかった。
噂というものは伝わっていくうちに少しずつ誤差が生まれる。
最終的に、僕が他の生徒の試験中に火の上位魔法でダニエル先生を攻撃したということになっている。
何でそんなことになってしまったのだろうか?
噂って本当に怖い。
おかげで寮エリアの探索はおろか、まともに食堂にも行けなかった。
みんなが僕のことを指さすのだ。
「あれってもしかして?」だの、「あれが編入生だぜ」だの。
しまいには間違った噂のせいで、騎士道に反する男だなどと蔑まれた。
しかし、「騎士道に反する」に関しては完全には否定できない。
僕は攻撃魔法禁止の試験で、攻撃魔法を使ったんだ。
しかも、とびっきり殺傷能力が高いものを。
あれを食らってなんとか無事に済んだのは、ダニエル先生の技量とここの医療スタッフのおかげらしい。
とりあえず、今は僕の部屋に一人でいる。
試験の後、教室に戻ったが、噂の回りがあまりにも早かったのでアグラヴェインの判断で僕は先にアグラヴェインと自分の部屋に行った。
僕の部屋はアグラヴェインやアクトルとは少し離れていた。
フロアは同じ四階だったが、僕はフロアの端っこの部屋だった。
部屋には何もなく質素と言わざる負えない。
あるのはベットと勉強机のみ。
それ以外にはエレイン様と一緒に買った服が少しあるくらいだ。
僕はとりあえず部屋を片付けた。
といっても、特にものが多いわけでもなくすぐに片付けは終わってしまう。
アグラヴェインから、今日は外に出ないようにと明日からは制服を着てくるように言われた。
制服なんてものがあったのかと尋ねると、それが普通で、むしろ今日は休日扱いらしい。
明日、始業式があり、本格的に授業が始まるのは明後日かららしい。
僕は先に制服を着てみることにした。
黒と茶色のチェックのズボン。
胸元にエンブレムがあるだけの、特に柄のない紺のブレザー。
正直、ショボい。
ダサいわけではないが、もっと奇抜なのを期待していた。
とりあえず、制服の着方だけを確認したら着ていた服に戻した。
さぁ、これからどうしたものか。
そもそも、僕がこの部屋に籠ってなんになるのだろう。
明日にはここから出て、みんなの晒し者にならなければならない。
考えると憂鬱だ。
僕は考えることをやめる最高の手段として睡眠を選んだ。
***
早く寝たからだろう。
目覚めがいい。
太陽もまだ半分くらいしかその姿を現していない。
まだかなり早いが先に教室に入ってしまっておこう。
そしたら道中で指を刺されることもないだろう。
教室に着くまでの間、一切誰とも会わなかった。
作戦成功といったところだ。
僕は適当に窓側の席を陣取り、誰かわからないように自らに毛布をかけて、机の上に突っ伏した。
毛布は体全身を覆うように掛けたので、確実に僕ということは気づかれない。
とりあえず、この姿勢で待機。
いわゆる寝たふりだ。
とりあえず、四人が来るまでここで待とう。
しばらくすると、ぞろぞろと他の生徒が教室に入り始めた。
ときおり、何人かの笑い声が聞こえる。
見ていないのでわからないが、おそらく僕が笑われているのだ。
そのことに気づくのにかなりの時間がかかった。
僕はこの作戦の決定的な過ちに気づかなかったのだ。
普通、毛布をかけて教室で寝る奴はいないということに。
気がついたのはクラスの笑いが最高潮に達したときだった。
「チィース。なになに、みんな何笑ってるの?」
アクトルの声が聞こえる。
どうやら、最悪のタイミングでやって着たようだ。
「おい見ろよ、アクトル」
クラスの誰かがアクトルにそう言った。
指を刺されているに違いない。
「誰があれを捲るか、今話し合ってるんだ」
他のクラスメイトがとんでもないことを言った。
やめろ! なんかオチが見えた!
そう考えていると、読み通りの展開が始まろうとしていた。
「そんなの、俺が捲るしかないじゃん!」
アクトルが楽しそうに叫ぶ。
あーあ。
いや、こうなるんだろうと思ってたんだよ。
こうなったら、捲られるより先に自分で起き上がるしかないと判断した瞬間だった。
僕の毛布が捲られてしまった。
中途半端に起き上がろうとしてたせいで、体も起き上がっていて寝ていなかったこともバレバレだろう。
アクトルと目が合う。
笑いであふれていた教室が、一瞬で静まり返った。
こういうとき、「時間が止まった」などと表現されるが、時間が止まってくれたならどれほどよかったか。
時間は確実に進んでいる。
止まっているのは僕らの方だ。
それを体感するのは辛すぎた。
「やぁ、アクトル」
なんと言えばわからない僕は軽く手を挙げ、アクトルに挨拶してみた。
それが案外よかったのだろうか、教室がふたたび笑いに包まれた。
まぁ、これでいいか。
その後、他の三人とも合流してから、みんなで事情を説明し、なんとかクラスメイトには誤解を解くことができた。
逆に、事実を伝えた方が驚かれたようだが。
***
始業式はうまくやり過ごした。
指を刺されて、みなに注目されたがもう気にならなかった。
注目されることには慣れているようだ。
僕にはそういう才能があるのかもしれない。
始業式が終わると、教室でホームルームがあったがそれが終わるとすぐ解散。
本格的に授業が始まる明日に備えろとのことだ。
僕は保健室に寄ってみた。
もちろん、ダニエル先生のお見舞いだ。
ここで先生にまで礼儀知らずと思われるのは勘弁して欲しい。
大勢で行くのも変だと思ったので、みんなにはアグラヴェインの部屋に集合するよう頼んでおいた。
保健室には一人の女の子がいた。
大きな青い瞳に、可愛らしい口元。
薄い水色の髪は肩甲骨あたりまで伸びている。
肌は白く、白のセーラー服を着ている。
服の上からでもわかる大きな胸は僕の視線を釘付けにする。
どうやら、学校の生徒のようだ。
そして、僕の好みだ。
「すみません。ダニエル先生に会いたいのですが」
「ダニエル先生ですか? こっちのベットですよ。案内します」
彼女はすぐにベットまで案内してくれた。
案内されたベットは白いカーテンで覆われている。
僕はダニエル先生に声をかけてみた。
「ノーン・アベルです。入ってもよろしいでしょうか?」
「おお、ノーンか。いいぞ、入ってくれ」
「失礼します」
中に入ると、ダニエル先生は読書をしていた。
僕が入るとダニエル先生は本を閉じて僕の方へ向き直る。
しかし、僕はダニエル先生を直視することができない。
殺しかけてしまった顔を見るのはなかなかキツイぞ。
「おい、昨日のことを気にしているのならそれはお門違いだぞ」
ダニエル先生がそんなことを言う。
「お前の攻撃は素晴らしかった。俺は本来反撃してはいけないところでお前に反撃しようとした。そしたら、お前も俺と同じことをしただけだ。ここで、お前が責任を感じるなら俺に失礼だと思え」
ダニエル先生が言いたいことはわかる。
一歩間違えば立場は逆だったのだ。
しかし、僕は攻撃魔法を使ってしまった。
それは明らかに反則だろう。
「ですが、僕はあのとき攻撃魔法を使いました」
ダニエル先生が少し考え込む。
「ああ、それは反省しないといけないな。形式上、お前は失格。実技の成績は0点だ」
0点か。
まぁ、それも仕方ないことだ。
むしろ、この程度で済んだのはラッキーだろう。
教師を殺しかけて、そのまま学校に通い続けることができるなんて奇跡だ。
「けどな、俺はお前を気に入った。本来は、俺の実技の授業を受けることができるのは成績上位者だけだ。しかし、お前だが望むなら俺の授業を受けることができるように取り計らおう」
ダニエル先生はこの学校の教員の中でも最強だと聞く。
これは願っても無い幸運だ。
「はい! 喜んで受けさせてもらいます! ありがとうございます」
「ふっ、楽しみに待っているぞ」
ダニエル先生がにっこりと笑う。
話も済んだので、そろそろ出て行こうかと思ったら何やら外から声が聞こえた。
「勝手に入ったらダメだよ、ルーカン」
「うるせぇ、ミシェル。俺がいつダニエルに会おうが俺の勝手だろうが」
そう言うと、ルーカンと呼ばれた少年は何も言わずカーテンの中に入ってきた。
「来てやったぞ、ダニエル。お前、生徒にやられたらしいじゃねぇか。ダセェなぁ」
僕はルーカンの顔を見て思い出した。
こいつは昨日見たあいつだ。
僕以外にダニエル先生に勝った唯一の男。
この学校の首席、ルーカンだ。
「ん? お前誰?」
ルーカンはそう言って僕を指さした。
「こいつがノーン・アベルだよ。俺をベット送りにしたやつだ」
「ほぅ、お前がノーンか。面白そうな顔してんじゃねぇか」
こいつが今の首席、ルーカン……。
それにしても、顔が面白いって失礼だな。
心外だ。