3
練習を始めてから半年程が経ったころ、父や母に隠れて魔法の練習をこなしていた私だったのだがある日の夜いつもの少し離れた空き地ではなく、少し面倒で横着をした私は家の裏手の木々に紛れて練習をしていた。いくつかの魔法を発動した後、失敗した魔法や魔法の組合せなどについて考えながら一休みしようと後ろを向いたとき、父が家の窓から私を見ているのに気づき私はパニックと共になにか言い訳をしなければと、あたふたと手を降っていると父は静かに母に見つからないように、心配をかけないようにしなさいと言うと窓を閉めて姿が見えなくなってしまった。父の顔は影で暗く表情は見えなかったため、父が私の行動を許してくれたのかはしっかりとはわからなかったが、私は父の言葉を肯定的に受け止めることにして、また父の言葉を守るために母の前では使わないと決めた。
そんな出来事を経て、私は母以外の人の前では普通の魔法を使うようになっていた。勿論、母には言わないでほしいと街の人々にはお願いしていて、だが。
街につながる街道を東に逸れたところにある山で私はよく狩りをして肉や珍しい薬草を取ってきたり、食材の入った重い木箱を運ぶのに使ったり、街の人々からの頼み事に使ったりと魔法は非常に便利で使えば使う程に人から誉められ、父の力になれている、母の力になれているとそのときの私は少しばかり天狗になっていたのかもしれなかった。私はまだ魔法の怖さを知りはしなかった。
私が七歳になったころのとても寒い冬の日だった。私の家に王の使者を名乗る騎士が訪ねてきた。父と騎士が話し合いをしている部屋へと私がお茶をだしに行くと父は私に騎士に見えるように魔法を使ってほしいと頼んできた。私はその言葉の意味を深くはわからなかったがそれでも父に珍しく頼み事をされたことに喜んだ私はその頼みを了承し、簡単なものをいくつか披露した。
騎士は驚いたように目を見開き、やがて少し怖い顔をしながら殺傷する魔法が使えるか、またどのようにして学んだのかと尋ねてきた。
私は少し迷いながらも山の狩りでシカや猪を仕留めたことがある、知り合いの商人から貰った羊皮紙で学びさまざまなアレンジも加えたりしていると答えた。また、騎士からの羊皮紙を見せてほしいという申し出に私は部屋から羊皮紙を取ってきて騎士へと渡した。
それから部屋を出た私は臥せっていた母の世話をして掃除を終えたころ
私は父に呼ばれ話し合いをしている部屋を訪れた。
部屋に私が入るとすぐに父は私の顔を見ることなく言葉を向けた。
「……お前は魔法の才能を見込まれ王城のほうで魔法の教育を受けることになった。」
「三日後にまた伺いますからそれまでに準備をしておいて下され、フェル殿。」
騎士は私にそう告げると父と共に部屋を出て、帰っていった。
私はいったい何のことかわからず、パニックになりながらも必死に心を落ち着かせ、戻ってきた父にどういうことか詳しく教えてほしいと頼んだ。
だが父は詳しく知る必要はない、王城で学ぶことを楽しみに待っているだけでよいとしか言ってはくれなかった。
いつもであればそれで引き下がっていた私だが、そのときはなにか不吉なもの感じ引き下がることが出来ず少し怖い語気を強め父にもう一度問いかけた。
「私はこの家から離れたくないよ。お母さんと話したりお父さんのお手伝いをもっと一杯したいもの。もっと詳しく教えてほしいよ。」
だが私の再度の問いかけにそれでも父は私の方を見ることはなく、
「これは母親のために、……お前のためになることだ。大人のことに首を突っ込むことはない。」
と言って、それからは私の問いかけに何一つ答えようとはしてくれなかった。
そして、私の不吉な予感が当たるのはまもなくのことだった。
三日後、同じ騎士が私を迎えに来た。
少しの荷物をまとめた私は馬車に乗り込むと、すぐに馬車は動き出した。
人生初の馬車、人生初の遠出ではあったが心踊るものではなくただ不安に押し潰されそうで怖くて心配だった。
あれから父とはろくな話をすることなく、母にも父から口止めされていたため何も言うことが出来なかった。
母の体は大丈夫だろうか、父が重いものを持って腰を痛めないだろうか、早く家に帰りたい、そればかりが頭に浮かんでは消えていったがそれでも努めて明るく振る舞おうと考え、王都に着くと馬車に乗っていた護衛と思われる騎士に見える景色を色々と質問いった。
ーー皆さんが並んでいるこのお店はなんのお店なんでしょう?
ーー三階建ての建物なんて初めて見ましたよ!すごいです!
ーーあの遠くに見える大きな建物が王城ですか?
騎士は私の質問に優しげな笑みをたたえた表情で一つ一つ丁寧に答えてくれた。
ーーあれは最近王都で流行っているスイーツのお店ですよ。なんでも好きなだけ食べるのにお値段は一緒らしいです。
ーーあの建物はニハナで最も大きいヴィーダ商会の建物ですよ。あれよりも大きい建物なんてきっと王城くらいでしょうね
ーーはい、あれが王城です。とても綺麗なのできっとフェルさんも気に入ってくれると思いますよ。
だが、そんな騎士との会話で少し心に余裕が戻っていたのか、気が抜けたのかを私は無意識に避けていたことを口に出してしまっていた。
ーー……私は王城に行きたくない。
一人言程度の呟きであったそれを騎士は聞こえたのか、苦しそうに顔を歪め口を開こうとしたが、その前に到着したという報告を受けて前と変わらない涼やかな表情に戻ると私の馬車を降りる手助けをしてくれた。
騎士の表情の訳を知りたかったがすぐに騎士と別れてしまい、私は王城の部屋の一角に通されると服を着替えさせられ、王に謁見した。
ただの平民であった私が対した作法など知るはずもなく謁見の前に簡単に指示されたように片膝をつき頭を下げ、王の許しを経てから軽く頭をあげた。
見たことのない装飾が辺りに施された謁見の間は目を引くような凄まじさがあったが、それ以上に畏怖、恐怖が私を支配していた。
そこにある王の目にも私を囲むように立っている貴族達の目にも物を見るような、感情が欠けたような目があるだけ、いやそれ以上にただ侮蔑を含んだ目すらあった。幼い私には今まで向けられたことのないそれらからはまるで檻に入れられた動物のような心地しかしなかった。
王から勉学に励め、期待していると感情が欠けたように感じられる声をかけられすぐに私は退室を命じられると、これから私が生活をするという部屋へとメイドに案内された。
部屋は王城の中のメイド達の部屋の一角にあり、中は簡素なもので小さな本棚に勉強机、あとはベッドと棚が付いているだけだった。
持ってきた少ない荷物を棚に押し込めると日が暮れ始め、メイドが夕食の為に私を呼びに来て食事に関する説明を受けた。
・食事は騎士達の場所で食べること
・決められた時間以外で食事は出来ないこと
・出されたトレーを受け取り食事をすること
その他にも細かい説明を受けたが、初めてのことで心を弾ませていた私には細々とした説明は苦痛ではなく、子供心から初めて見るものに好奇心をかられ、むしろとても新鮮なものだった。
私の好奇心は自分の心から逃げるための無意識な行為だったのだと今にして思うが、その好奇心が私を私で殺しているのだと気づいたころにはもう手遅れになってた。