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家へと四人を案内した女性は椅子に座るように促した。
「今何か飲み物出すからゆっくりしててね。」
そう言うと女性は家の奥、キッチンに入っていった。残された四人はそれぞれが特に何をするともなく、置かれている椅子やソファーにバラバラに座っていった。
ほどなくして手に飲み物をのせたお盆を持って女性が現れると彼女は初めと変わらず穏やかな表情で彼らに尋ねた。
「飲み物は紅茶で大丈夫よね?」
そう言ってコップをテーブルの上へと置くとゆっくりと揺り椅子に腰を掛けた。
エルザはコップの上で鼻をスンスンとさせ、何も変なものが入っていないことを確認したのか紅茶に口をつけた。リーリエは女性へと一つ会釈を交えると同じように少し紅茶へと口をつけていた。
そんなリーリエの会釈ににっこりと微笑むと女性は話始めた。
「私はフェル、貴方達には狂乱の魔女と名乗ったほうがいいのかしら?」
狂乱の魔女と言う単語に皮肉を交えたような響きを含ませながら彼女は名乗った。
「私は見ての通り、ではないけれど70を越えた老婆よ。貴方達は私を撃ち取りに来たのだろうけど私にも今更生き長らえる気はあまりないの。でも折角だから久し振りになにかお話をさせてくれないかしら?」
そう言うフェルの話に関心を寄せているのはリーリエとエルザだけで他の二人は特に反応を見せなかったが、その無関心はそう長くは続かなかった。
イタズラっぽい少女のような顔を浮かべたフェルは一言こう付け加えた。
「そうね……狂乱の魔女が生まれたお話なんかどうかしら?」
ピクリとアルバが肩を震わせたのも見たフェルは楽しそうな表情をしながら自らの過去を話始めた。
******
私が生まれたのはニハナ王国の王都に近い宿場街の小さな食堂でだった。
父は大柄で無骨な人だった、本当は繊細でデリケートな多くの人から愛されるような人だった。母は心優しく、ただそこにいるだけで回りを自然と笑顔にするような人で、生まれつき身体が弱く、数日に一度は寝込んでいた。
そんな食堂であまり働けない母のために父を助けようと四歳になったころ私は食堂では父の手伝いとしてオーダーをとったり、寝込む母に薬を運んだりするようになっていた。食堂で父の手伝いを頑張れば多くの人が誉めてくれたし、薬を運ぶと母がありがとうと言って優しく頭を撫でてくれた。
私はその事がすごく嬉しくて、楽しい幸せな日々だった。
人生の転機が訪れたのは私が五歳になったころ、夏の暑い日のことだった。
父が厨房で腕を振るっていたころ、他の客を集め、一人の客が私にこう話しかけた。
「フェルちゃんは魔法というものを知ってるかい?」
彼は食堂の常連の一人で行商をしている男だった。
私は魔法というものがあることは知っていたがどのようなものかは見たことがなかったし、そもそも縁のないものだった。
「聞いたことはあるよ?」
そう答えた私に彼はそれなら一つ見せてあげようと自慢気に回りを見渡しながら言うと、ゆっくりと懐から一つの杖を出して見せた。
「これはね、スタッフと言って一つだけではあるけど簡単に魔法が使える道具なんだよ。」
たまたま手に入った貴重なものなんだと言うと他の客達も大いに興味を持ったのか身を乗り出してそれを眺めた。
王都から近いとはいえ魔法はとても珍しく軍用に使われることが多いため、見たことがある人はあまりいないらしく皆が期待を込めた眼差しを向けると、彼は気をよくした様子で立ち上がり、魔法を見せてやろじゃないかと芝居がかった仕草で言った。
まだ幼い私は怖くもありながらも好奇心を隠すことが出来ず仕事中であるにも関わらず、見たい!と元気に言うと彼は頷きスタッフを前に構えるとしっかりと見ておくんだよと声をかけると魔法を発動させた。
「刻まれし魔法よ、発現せよ!……フロート!」
そう彼が詠唱をすると目の前の机に置かれていたコップがふらふらと浮かび上がりやがて30㎝ほどの高さで静止した。
おおーっ!と私達が感嘆の声を漏らすと彼はまだまだこれからだと言って更に詠唱を加えた。
彼の仕草に合わせ右に左にゆらゆらと動いたり、激しく上下動したりとまるで大道芸を見ているような不思議な世界がそこには広がっていた。
そして私は思ったのだ。これがあれば更に父の手伝いが出来る!と。
重い荷物に腰を痛める父を知っていたし、非力な私では変わったり手伝うこともままならなかったため、木の枝さえあれば出来ると子供ながらに考えた私はすぐに家の前のに生えている木の根本までいくと枝を探し、やがて手頃な枝を見つけるとそれを手に皆の前へと戻ると私もやる!と声をあげて彼と同じように枝を前へと構えて呪文を唱えた。
大人達はそんな木の枝では無理だと笑い飛ばしたが私をそんなことに構いはしなかった。
「魔法よ、コップを浮かせろ~!」
私の呪文に子供らしいとまた笑いが漏れたが私がむー、目を閉じて念じているとゆっくりと宙に浮かび上がり始めた。
コップが先ほどと違いゆらゆらと揺れることなくすーときれいな浮かび上がると更に私の意思が伝わったように辺りを自由に飛び回った。
その光景に大人達はポカンとしていたが驚きを隠せない様子で私を称賛してくれた。
もちろん、大人達は私が魔法を使ったのではなく商人がこっそりとスタッフを貸していたのだと思っていた。
そんな時に商人の彼には一つの疑問が浮かんでいた。
だが、彼らの中で商人だけは驚きを隠せない表情でいまだに私のことを見ていた。
おそろく彼はそのときこう思っていたのだろう、
(私は杖を彼女に渡してはいない。なのにどうして魔法が使えるのだ!)
と。
彼は私に木の枝を見せるように頼み、彼が枝を手にとって見てみるがそれは何の変哲もないただの木の枝であり、それを確認すると彼は一つ納得がいったようだった。
私は拾ってきた枝をみて神妙な表情を浮かべる彼を訝しく思った回りの大人達はどうかしたのか?と彼に問いかけると私もなにか変なことをしたのかと心配になり不安になり始めた。
そんな私の感情をみてとったのか彼は優しい笑顔を浮かべ私の頭を撫でると悪いことじゃないと言って説明してくれた。
「フェルちゃんが使ったこれはただの木の枝さ。つまり、私のようなマジックアイテムがなくとも魔法が使えたってことだよ。つまり魔術師の才能があるってことだね。」
彼はそれをとても素晴らしい才能だと言った、父や母の力にもなれると。
魔術師は希少であるためさらに騒ぎは大きくなっていった。
そんな場の様子を料理を終えた父がどうしてのかと覗くと大人達は一斉に私が魔法の才能がある、さっき魔法を使ったがすごかった、王都に勉強に出したらどうだと話始めた。
父がそんな話を苦虫を噛み潰したような顔で聞いているのも眺めていると、商人の彼を私の肩を優しく叩くとこっそりと話しかけた。
「フェルちゃんに私から一つプレゼントをあげよう。」
そう言って彼が取り出したのは本のなり損ないと言うのか、羊皮紙を何枚か束ねたものだった。
彼はこれが簡単な魔法の使い方が記されたものだと語った。若いときに仕入れさせられたものだが魔法が使えるものは殆どいない上に簡単なものは本来弟子入りした師匠に初めに教えて貰うために需要がない、だからよかったら私に使ってほしいと言って私に渡した。
私にはそれが高いものだということは何となくだがわかり、こんな高そうなものはもらえないと断ったが、彼はこれを使えば父と母をもっと助けられるようになる、私には必要がないからと言って、とうとう押しきられた私はそれを受け取ってしまった。
それからというもの、私が時間があるときに羊皮紙を読み、夜には寝る時間を削って父と母に気づかれないようにこっそりと練習を続けた。