7 誕生
目が覚めて最初に感じたのは燦々と降り注ぐ太陽の熱と、梢の葉が風に揺られて擦れ合う音。
次に自分が地面に寝そべっている感覚と、視線だけを横に向けると茶色い土が見え、その匂いを感じた。味覚はわからないが他の感覚器官は正常に働いている様だ。
それが示すのは――
「成功したか……」
結果がどうなるか全く予想出来ない文字通り命を懸けた勝負だったが、どうやら俺は勝ってまた生き残ったらしい。
自分の悪運の強さに思わず苦笑を漏らしながら頬をかこうと手を伸ばす。
ペタッ。
…………………………ペタッ?
俺は確かに自分の手を頬に持っていったはずだが……?
いつものカサカサと乾燥した指の感触がしない。代わりにどこかひんやりとしてペタペタした物が頬に張り付いた様な……。
俺は頬にもっていった手を目の前に動かす。そこで俺が見たのは――
ぷるんっ。
「……」
ぷるぷるんっ。
「……」
ゼリーの様にぷるんぷるんと震える毒々しい紫色に染まった半透明の手だった。
俺の見間違いかと思い、反対の手で目を擦ろうとしたのだが――
ペタン。
「……」
こっちもだった。
俺は両手を目の前に持ち上げ、まじまじと観察する。だが――
「……ないわぁ」
普通に気持ち悪い。
自分の腕が気色悪い物質に変化しているのを心の準備もなしに見ることになったが案外落ち着いていた。
というのも、俺の体が何故こんな気持ちの悪いことになっているのかについてはすぐに察せたからだ。
原因は調合の結果だろう。というかそれ以外に何があるんだ。
見た目はポイズンスライムの肉体みたいなので、試しに片手でもう片方の腕をぐにっと曲げられるかと思いやってみたのだが――あっさりとあり得ない方向に曲がった。
普通に指は曲げられるし腕も動かせるのだが……俺の骨はどこにいったのだ……?
いきなり難題にぶち当たったが取り敢えず全身を確認しておこうと思い、見たくはないが体を起こす。すると――
「はあ……やっぱり他も同じ――ん……? おおっ⁈」
半ば確信していた通り、俺の全身は人の形はとっているものの腕と同じ様に半透明の紫色に染まり、ポイズンスライムの肉体の様にぷるぷるとした質感になっていた。だが――それだけではなかった。
首元から下半身に向かって服の中を覗きながら順に確認していったのだが、腰が終わり太腿の辺りまで見終わった所で俺は気付いた。
膝から先――本来なら帝国兵に斬り落とされて存在しないはずの両足が、他の体の部位と同じ様にぷるぷるとした質感を持つ足として再生していた。
これには驚くと共にその場で絶叫して喜んだ。
俺の中ではこの先の人生は両足を失った状態で生き続けることを覚悟していたために、もう一度自分の足で歩き回れることに言葉では言い表せない喜びを感じていた。
最初は碌でもない結果になったと嘆きそうになったが思い直す必要がありそうだ。
足が生え揃っただけでも調合した甲斐はあった。
思いがけない副産物に鼻歌でも歌いそうなルンルン気分でいたのだが……ふと気づいた。
まだ確認していない部位があることに。そして、そこは俺にとってもっとも見たくない部位だということに……。その部位とは――
頭部。
首から下がポイズンスライムと同じ肉体に変化しているということは間違いなく俺の顔も同じ様に変わっているのだろうが……。
(……怖い。正直怖すぎて見たくない)
一応瞼を動かして目は閉じれるし口も動くからのっぺらぼうみたいにはなっていないみたいだ。
触ってみた感じ鼻も付いている。最低限ちゃんと人の顔をしている様だが……。
「ああっくそ、一応確認しとかないと人前には出れないよなあ……」
ここを抜けて人里に下りるには自分がどうなっているのか知ることは必須だと、嫌々ながらも自分を納得させ、川面に映る自分の姿を確認するため立ち上がる。
そういえばこんなぷるぷるした足でしっかりと歩けるのだろうかと少し心配だったが……足に力を入れて立ってみると骨が入った様にピンと真っ直ぐ立つことが出来た。
そのことにだけ安心し川岸まで歩を進める。
俺は数歩だけ川の中に入り、恐る恐る川面を覗き込む。
そこに映ったのは――――人の顔を構成する全てのパーツと頭髪までもが半透明な紫色に染まった俺の姿だった。
「こんなんで街に入れるかっ⁈」
心の底からそう思った。
これは酷すぎる。
目はある。唇も鼻も耳もある。確かに人の顔を構成する要素は揃っている。だが、その全てを紫一色で統一してどうするんだよ……。
眼球も、口の中も、鼻の穴も全部が紫だ。
紫色のマネキン人形を想像して欲しい。今の俺はそれに髪の毛を生やして服を着ている状態だ。
こんなんでどうやって街に入れと言うのか。確実に入った瞬間討伐されるぞ……。
ならば全身を包帯でグルグル巻きにするか? 今度は不審者扱いされるだろう。
「……飯探そう」
すぐにどうにか出来る問題ではないので今は今日の食料(この体に必要かは不明だが)を探すことにした。決して現実逃避ではない。
俺は川から上がって森を見渡す。
太陽の光が密集した木々の枝葉に遮られているのか、奥の方は闇が深くなっている。
最初にこの光景を見た時は恐ろしく感じたものだが……今はそうでもない。
あの時と違うことと言えば――
「……俺が人間をやめたくらいか」
調合する前に後悔はしないと誓っていたものの、ちょっぴり悲しくなってきた。
「そういえば……」
俺はこの体になってからまだステータスを確認していなかったことを思い出した。
ステータスを見れば俺の体が今どうなっているのか少しはわかるかもしれない。
そこで早速ステータスを開いてみた。
名前:霧島 雄二
種族:???
職業:調合師
LV:14
体力:205
魔力:163
攻撃:190
防御:409
魔功:69
魔防:129
敏捷:103
魔法:――
スキル:鑑定、調合、猛毒液、消化、増殖、毒耐性、言語理解
「うおおおおお⁈」
ステータスを見た瞬間、俺の雄叫びが周囲に迸った。すまない、驚いたと思うが俺の気持ちをどうか察して欲しい。
今まで訓練に参加しても魔物を倒しても一向に成長する兆しの見えなかった俺のステータスが新たなスキルまで得てついにまともな上昇を果たしたのだ。
それを見た俺がこんな行動を取ってしまうのも仕方がないと思わないか?
種族が「???」になっているのがステータスにすら俺は人間じゃないと言われている様で少し引っかかるが……まあ、自分で選んだ道だ。そこは目を瞑ってやろう。
高レベルのポイズンスライムを倒したことでレベルも一気に上がっている。だが俺のステータスが一気に上昇したのはレベルアップが原因ではなく、おそらくポイズンスライムを俺自身と調合したからだと思う。なんせ実戦訓練の時にもレベルは五まで上がっていたがここまで急激な上昇は見せなかったからな。そしてポイズンスライムとの調合の結果――俺は新たに四つのスキルを得た訳だ。
新たに得たのは〈猛毒液〉〈消化〉〈増殖〉〈毒耐性〉。
〈猛毒液〉のスキルは身をもって味わったからどういう効果かはわかっている。〈毒耐性〉は読んで字の如く。
問題は残り二つのスキル〈消化〉と〈増殖〉だ。
俺はまずスキル欄の〈消化〉に効果を表示するよう念じる。
〈消化〉
何を食べても消化し、栄養として摂取出来る。
「……」
いや、すまん。何てコメントすればいいか困ったんだ。
まさか新しく手に入れたスキルが食事時にしか使えそうにない物だとは思わなかった……。
スキルが増えてちょっと浮かれていた様だ。所詮スライムなんだからそこまで強力なスキルを持っているわけないか。
というか、これって元々ポイズンスライムのスキルな訳だから……あいつ、俺を毒で弱らせてから自分の体内に取り込んで消化するつもりだったのか……。
考えた瞬間ゾッとした。
本当に倒せてよかった……。そんな死に方は御免被る。
次に〈増殖〉だが……まあ、あまり期待しないでおこう。
〈増殖〉
本体である核が無事である限り、肉体の欠損部分の周囲の細胞を無限に分裂、増加し、傷の修復を行う。
「すげえ⁈」
さっきは期待しないとか言って悪かったスライム! これはかなり強力なスキルだ。
「核」って言うのは俺の場合心臓か? つまり心臓さえ無事なら俺はいくら怪我しても無限に再生出来るってことか。
そういえば俺がポイズンスライムをショートソードで斬り付けた時にもすぐに再生して見せたな……あれがこのスキルか。
それに俺の両足が治っていたのもこれの御蔭だろう。
敵が使う場合は相当厄介だが自分が使えると思うと本当に心強い。
必要な項目を確認し終わった俺は、ステータスを閉じてその場でジッと考え込む。
調合の結果上昇したステータス。
奴隷の首輪を外され自由の身となった現状。
帝国に囚われたままの唯達。
戦争へのタイムリミット。
それらを踏まえて考えた結果、今後の最優先事項は俺自身の強化。そして――
「唯達を助け出す。その後は――」
俺はマネキンの様になった顔に憤怒と憎悪を凝縮した凶悪な笑みを浮かべ、遙か遠くに存在する帝国へと向け――
「お前ら全員、俺を自由にしたことを後悔させてやる」