6 踏み出した道は
頬に当たるざらざらとした感触と、下半身に感じる刺す様な冷たさ。さらに鼓膜を震わす「ザアアアアッ」という水が流れる音に意識を揺さぶられ、重く閉ざされていた瞼がゆっくりと持ち上がっていく。
最初に視界に映ったのは灰色の砂利。次に見えたのは顔を上げた先にある、木々が鬱蒼と生茂った森の入口。そして、少し体を動かすだけでも全身を走り抜ける鈍い痛みに顔を顰めながら後ろを振り返ると、それなりに流れの速い川に浸かる腰から先と、膝から先を失った両足。
それらをジッと見詰めながら、意識を失う前の状況と今いる場所を考え――
「生き……てる?」
最初は呆然としていた。だが段々と自分の現状がはっきり脳に浸透してくると――
「くっ、ははっ……はははは!」
どうしてなのか……自分でもわからないが、まだ生きてることをはっきりと認識した途端、思わず笑い出してしまった。
そのまま訳も分からず笑い続けていると、思い切り咽てしまい笑い声が途切れた。そこでようやく呼吸を落ち着け、今の状況を冷静に考えられる様になった。
(はあ……どうやら死に損ねたみたいだな)
運よく岸に乗り上げたらしい体を引き摺りながら川の中から出ると、その場で仰向けになって寝ころび、自分が覚えている最後の記憶を引っ張り出す。
脳裏に浮かぶのは必至に手を伸ばしながら俺の名を叫ぶ誠の姿。
そういえば二人とも落ちるのを防ぐために誠の手を振り解いて一人で激流に呑み込まれたんだったか。
「……怒ってるだろうなぁ、あいつ」
それは誠だけでなく、あの時一緒に助けようとしてくれた鈴音も。そして……誠達から報告を聞くことになるだろう唯や雪。
特に昔から俺にべったりだった唯が酷く落ち込むだろうことは容易に想像出来る。
幼馴染達のことを思い出すと悪いことをしたという想いが込み上げてくるが、今でもあれが最善だっと考えているので後悔はしていない。
だが、次に再会した時は一発くらい大人しく殴られてやろうとは思う。まあ、それも――
「ここから無事に生還出来たらだけどな……」
俺は少しは痛みがマシになった体を起こし、背後に広がるどこまで続いているのか見当もつかない森を見上げながら思う。
いったい、俺はどれくらい流されて地図上だと今どの辺にいるのだろうか?
小川の流れる先に目をやると、何キロか先に天高く聳える山脈が見える。次に上流の方に視線を向けたが、川が蛇行しているため途中で途切れて川の先が森の中に消えてしまっている。目の前に流れている小川を上流に向かって歩けばいつかは俺が落ちた場所まで戻れるだろうが、どこまでも河原が続いている訳ではないし、こんな体で一体何週間……いや、何ヶ月かかると思ってる? その間の食料だって必要になるのに。
手元に残っている物を確認してみたが、流されずに残っていたのは雪が帝城の保管庫からくすねて来てくれた回復薬が二本と解毒薬が三本。そして実戦訓練で使用したショートソードが一本だった。
これだけで生きていける訳がない……。
食料を取るにしても川で魚……は無理だろうから森に入って果物でも探すしかないが――
「無理だろ……」
奥に行くほど薄暗く、足を踏み入れた者を飲み込もうとするかの様に闇が深くなっている森を見て、無意識のうちにゴクリと唾を飲み込む。
当然だがこの先には魔物が生息しているだろう。森を抜けようとするなら奴らと接触することになるのは間違いない。それに森に潜んでいるのは魔物だけではない。足を失いまともな移動手段もステータスも持たない俺にとっては普通の野生動物ですら脅威となりえるのだ。
奴らにとっては俺なんぞ自分から餌になりに来ている様にしか見えないだろう。
それがわかっているのにこんな場所進める訳がない。
助けを待つという手もあるが……これは十中八九来ない。
俺がこんな所にいるそもそもの原因を作ったのは帝国兵であるデミット達だし、唯達なら俺が死んだと思ってなければ探そうとしてくれるだろうが……あいつらは奴隷の首輪を身に付けている。命令に逆らって勝手な行動は出来ない。
「これ、詰んでるよな……」
そもそも……俺は帝国に戻ってどうするのか? むしろ戻らない方が身のためだと思う。のこのこ戻った所でデミットに俺を殺し損ねたことがバレれば今度こそ本当に命はないだろうし、俺には奴隷の首輪はもうないのだからどこかに身を潜めて唯達を助ける方法を考えた方が賢明だろう。と言っても、そのどこかにも全く当てがないのだが……。
これ以上ない程の最悪の状況に、目からは光が消え呆然としていたが――まだ最悪は終わっていなかった。
ガサガサッ。
「っ⁈」
呆然としていた俺の背後――森へと続く入口付近の茂みを何かが揺らす音が聞こえてきた。
魔物か、あるいは野生動物かと警戒していると、それは地面の上で自分の体をズルズルと引き摺る様にして現れた。
「こ、こいつは⁈」
それには目も鼻もなく、ゼリーの様にプルプルと震え、やけに毒々しい紫色の丸い体をした魔物――
「ス、スライム……!」
それはかの有名なゲームの初期に敵として登場する魔物――〝スライム〟だった。
それを見た瞬間、俺は安堵の息を吐いた。
スライムと言えば雑魚の代名詞として有名な魔物である。やけに体色が毒々しいがスライムであることには変わらない。
こいつなら今の俺でも何とかなるだろうと思い、何というスライムなのか余裕の態度で鑑定を発動したのだが――その結果を見た俺は絶句することとなった。
種族:ポイズンスライム
LV:35
体力:144
魔力:40
攻撃:128
防御:350
魔功:10
魔防:70
敏捷:40
魔法:――
スキル:猛毒液、消化、増殖、毒耐性
「お、俺より強い……⁈」
いくつかは俺の方が勝っているステータスもあるが、総合的に見れば確実に俺より勝っている目の前のポイズンスライムを、俺はしばし呼吸をすることも忘れて限界まで見開いた目で凝視した。
確かにこいつの体色を目にした時に普通のスライムではないだろうと思ったが……。
「っ⁈」
そこでハッと気づいた。今の状況が俺にとってとても不味いものであることに。
スライムのくせに俺より優秀なステータスを持っていることに愕然としてしまったが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
さっきも言ったがこいつは俺よりも強いのだ。そしてこいつの目の前にはまともに逃げることも出来ない餌同然の俺がいる。だったらこの後俺の身に起こることは簡単に予想出来る。
さっきからポイズンスライムもジッとして動かなかったから呑気に鑑定なんかしてたが、今こいつを見ると餌に対する品定めをされている様にしか思えない。
――逃げなければ。
だが、俺の様子が変化したのをポイズンスライムも感じ取ったのか、丸い体をズズズッと動かして近付いて来た。
(やばい⁈)
慌てて距離を取ろうとするが両足を失った体ではポイズンスライムが近付いて来る速度より早く逃げることも出来ない。
そうこうしているうちにポイズンスライムは俺と残り一メートルの距離まで接近していた。
もう駄目かと思ったが、何故かそこまで近付いて来たポイズンスライムは急に動きを止めた。
は? と思い、理由はわからないがチャンスだと、今のうちに離れようとしたのだが――
グニュンッ!
そんな音が聞こえそうな動きをポイズンスライムがしたかと思うと、俺から見て正面にあるプルプルした表面の一部が、中が空洞になった円筒形になって張り出してきた。
まるで大砲の砲身の様な見た目だ。
何をしたいのかはわからないが何かをするというのは嫌と言う程理解出来たので、俺は一層必死に腕と腰を動かして地面を這いずる様にその場を離れた。
だがその直後、ついさっき鑑定で覗いたポイズンスライムのスキル欄にあった、ある文字が思い浮かんだ。
背筋にゾッと悪寒が走る、直後――
ブシュッ!
背後から何かを発射した様な音が耳に届いた。
「っ⁈」
それが何なのかは見なくてもわかった。俺は必至に体を横に転がして、迫って来る何かから逃れようとするが全く間に合わない。
バチャッ!
思い切り頭にかかって来たそれは、紫色のドロドロとした液体だった。
まともに喰らってしまったことに焦り、すぐに洗い流そうと川を目指すが――
「ぐああっ⁈」
直後に猛烈な吐き気と眩暈、さらに思い通りに体を動かすこともままならない程の激痛が襲って来た。
突然自分の体に表れた状態異常に悲鳴を上げるが、同時にやはりさっき思ったことは間違っていなかったと確信する。
(やっぱり〈猛毒液〉か⁈ ぐっ、なんてやっかいなもんを!)
最初は川まで避難しようとしていたが、あまりの痛みにまともに体を動かせないことと、解毒薬を持っていたことを思い出し、震える手でマントの裏に縫い付けてあるポケットから何とか取り出しすぐさま服用する。
「んぐっ。……よしっ!」
効果はすぐに表れた。さっきまで俺の体を蝕んでいた状態異常は綺麗に消えていた。
俺が回復したのに気付いたのか、ポイズンスライムはまたも毒液を吐き出そうと表面を円筒形に張り出す。
(冗談じゃない⁈)
残りの解毒薬はあと二本しかないのだ、そう何度も喰らってはいられない。
俺は腰からショートソードを引き抜くと、ただ滅茶苦茶に振り回してポイズンスライムを斬り刻む。
だが、俺がいくらポイズンスライムを斬りつけても無駄だった。こいつはいくら表面を斬られてもすぐに傷口を再生して元に戻ってしまうのだ。その結果――
ブシュッ!
俺はまたも猛毒液の直撃を受けることとなった。そして、再び襲い来る状態異常。
俺はすぐさま解毒薬を飲み込む。
残る解毒薬は一本だけ。次にもう一度喰らったら完全に後がなくなってしまう。
繰り返される苦痛と打開策が見つからないことによる焦燥で頭の中がぐちゃぐちゃになっている俺を嘲笑うかの様に、ポイズンスライムはわざわざ俺の目の前まで近付いて三度目の発射体制に移行した。
「⁈」
絶対絶命。
俺はすぐに襲い来るであろう猛毒液に備えて懐から解毒薬を取り出す。
最後の解毒薬を使った後に訪れる未来を想像し心を絶望が埋め尽くしていく。もはや俺に残された道は死しかないと思った。
だが――俺は手に握った解毒薬を見て不意に閃いた。
――もしこれをポイズンスライムに直接浴びせたらどうなるのか?
俺はそう閃いた直後、反射的に動いていた。手に持った解毒薬の蓋を外すと、ちょうど向こうから近付いて来てくれたために目の前にある毒液の発射口目掛けて解毒薬を突っ込んだ。
手に持った容器から中身がポイズンスライムの体内に流れ落ちたのを感じた瞬間、内部からジュウウウッ! という何かが焼ける音がしたかと思うと、ポイズンスライムの全身が激しく波打ち滅茶苦茶な形へとグニャグニャと変形を繰り返した。
ゼリー状の体が捻じる様に曲がったり、痙攣する様にビクビクと震える様を見た俺はポイズンスライムが苦しんでいると確信した。
効果があるかはわからなかったが、駄目押しで狙いなど定めずにショートソードでただただ斬り刻んだ。
どうやら今度は効果があった様で、斬り飛ばした部分は修復することなく斬れば斬る程ポイズンスライムは体積を減らしていった。
そしてそのまま体力の続く限りポイズンスライムの肉体を攻撃し続けた結果――
「はあっ、はあっ……」
ついにポイズンスライムは紫色の水溜りのような状態になり動かなくなった。
完全に沈黙したのを確認した俺は、剣を地面に落とし仰向けに倒れ込んだ。そして深呼吸を繰り返し、バクバクと激しい鼓動を刻む心臓を落ち着かせる。
自分でもよくこの体で倒せたものだと思う。
最後の解毒薬を手にした時にあの閃きがなかったら確実に死んでいた。散々ポイズンスライムの猛毒液を浴びせられたからこそ気付いたのかもしれない。
少しの間休み、いつまでもポイズンスライムの死体の傍に寝転がっているのが嫌になったので、川の水でも飲もうと起き上がるために腕に力を入れた瞬間――
「がふっ⁈」
いきなり胸が苦しくなりせき込んだ。手を当てて口元を押さえたが、離した手には血が附着している。
何故と思う暇もなく今度は吐き気。そして眩暈に全身の痛みと順番に襲い掛かって来た。
(これは、〈猛毒液〉のスキルと同じ……⁈)
間違いない。症状は多少軽いが戦闘中にポイズンスライムの毒液を喰らった際に起きた状態異常と同じものだった。
だが何故?
俺は二回毒を受けた後にしっかり解毒して、それ以降は一度も奴は使わなかったはずだ。
俺が毒の状態異常に陥る要素はどこにもないはず――そう思った直後に気付いた。
俺の全身にはポイズンスライムに止めを刺すために闇雲に斬り刻んだ際に飛び散った奴の肉体の一部が、所々に張り付いていることに。
スキルではないとはいえ俺の体に張り付いているのは毒その物で出来ている様なポイズンスライムの肉体の一部だ。無我夢中で全く気にしていなかったが多少なりともスキルと同じ効果があってもおかしくない。
「くそったれ⁈」
すでに解毒薬は切れている。俺は何とか川に入りポイズンスライムの欠片を洗い流そうとするが。
「ぐうう⁈」
毒の効果がさっきよりも酷くなってきたせいか体の感覚が鈍くなり、上手く動かすことが出来ない。
(や、やばい……)
そうは思っても体は言うことを聞いてくれない。
(ああ……今度こそ本当に駄目かもな)
段々目も霞み始めている。
(何だかんだで死にそうになっても生き残ってきたけど……)
俺の悪運もここまでなのだろうか。この世界に来てからいいことなんか一つもなかった。
あるのは心残りだけ。
俺は地面に投げ出された腕に巻き付いているミサンガを見詰める。
(そう言えば、崖から落ちる時もこれを見てたよな……)
自分の最後を感じた時は毎回これを見ていることに気付き、つい苦笑が漏れる。
(あの時は助かったが、これはもう……)
段々と自分の死を受け入れ始めていた時、『もし自分が死んだらどうなるんだろう?』などと、不意にそんなことを思った。
体の感覚が少しずつなくなってきていることを感じながら俺はゆっくり目を閉じる。そうすることで最初に脳裏に浮かんでくるのはやはり大事な幼馴染達の姿だった。
誠は? 鈴音は? 雪は? 何より唯は?
いまだ奴隷の首輪の支配から抜け出せていないあいつらはどうなるのだろう?
これから先も魔物と戦わされて……戦争が始まれば駒として利用されて……全部が終わったら……用済みだと殺されるのか?
帝国の奴らにいい様に利用されてゴミの様に捨てられるのか?
最悪な未来を想像した俺は、唯達の屍を踏み躙りながら何も出来なかった俺を見て醜悪な笑みを浮かべている皇帝やデミット、帝国兵達を幻視した。
その瞬間――
――俺の消えかかっていた心に、帝国の奴らに対する殺意などという言葉では生温く感じる程の暗く荒々しい憎悪が芽吹いた。
俺は閉じていた目をカッと見開き、残っている感覚を総動員して顔を上げる。
こんな所では死ねるか! まだ帝国に囚われている仲間を見捨てて俺はこんな所で一人のたれ死ぬ訳にはいかない!
毒だろうが何だろうが関係ない!
どんな手を使ってでも俺は生き延びる。生きて、俺と唯達の命をいいように利用しようとしている帝国に報いを与えてやる!
俺は命の灯が消えかけている自分の体に鞭打って体を起こすと腕をマントに伸ばし、残っていた回復薬を二つとも取り出して両方飲み干す。
「んぐ、んぐ……ぶはっ! はあっはあっ!」
回復薬では毒は消せないが体力はある程度戻る。これで少しは時間を稼げるだろう。
次は俺の体を蝕む毒を何とかしなければならない。
俺は首を巡らせて周囲に毒消草が生えていないか探す。
(水は腐る程あるんだ! 毒消草さえあれば解毒薬を調合出来る!)
俺は一縷の望みにかけて必死に毒消草を見える範囲で探す。だが――
「くそっ! 近くにはないか⁈」
不運なことに俺の位置から見える範囲には生えていない。帝城の倉庫で調合する前に鑑定した時はどこにでも自生する程生命力が高いという説明があった。ならばと思ったのだが……。
(俺の体で探し回るには時間が掛かりすぎるし……見つかる前に確実に毒が回る!)
今更体に付いたポイズンスライムの欠片を洗い流した所で遅すぎる。もっと早く気付いていれば対処のしようもあったかもしれないが今それを言ってもどうにもならない。
こうしている間にもタイムリミットはどんどん近付いている。
「くそっ! 材料さえあれば調合出来るのに!」
肝心な時に役に立たない自分のスキルにほとほと嫌気が差す。
「うっ……⁈」
諦めずにもう一度周囲を見渡していると、一際大きな眩暈に襲われ地面に突いた腕では支えきれなくなり倒れてしまった。
(っ! 限界か!)
回復薬ではついに体を騙し続けられなくなる程毒が回った様だ。思わず歯軋りしそうになるが顎に入れる力もなくなって来た。
結局気持ちだけではどうにもならないのかと視界が滲みそうになった時、右手の指先がプルプルした何か冷たい物に触れる感触に気付いた。
その感触の正体を見ると、そこには紫色の水溜り――否、それは先程倒したポイズンスライムの成れの果てだった。
それが視界に入った瞬間、俺は無意識のうちに自分の顔が憎々し気に歪むのを感じた。
こいつさえ俺の前に現れなければ。こんな状況になればそう思わずにはいられなかった。
だが、こいつら魔物にとって弱者を糧にして生きるのは当たり前のことなのだ。それにこいつはすでに死んでいる。俺の中に生まれた目の前のポイズンスライムに対する怒りはほんの一瞬のことで、すでに消えていた。
そして――ポイズンスライムの成れの果てを見たことで、俺は脳が雷に打たれた様な衝撃を感じると共に、ある考えが浮かんでいた。
(確か魔物の体は武器やアイテムの素材になるはず……しかもこいつはスキルの中に確かに〈毒耐性〉があった!)
そう、俺の中に生まれた考えとはこいつを素材にして解毒薬の代わりとなる物を調合出来ないかということ。
その可能性に思い至った俺はすぐさまポイズンスライムの死体に〈鑑定〉をかける。
【ポイズンスライムの死体】
ポイズンスライムが死んだ後に残る毒の塊。即効性はないが長時間触れていると毒の状態異常にかかる。
説明はこれだけだった。
これではこいつの素材を使っている一般的なアイテムすらわからない。
俺の持ってる〈調合〉のスキルはまずメインとなる素材を選び、次にメインに選んだ素材に与えたい効果を持つ素材をサブとして選択し調合する。
例えば回復薬を作るとする。その場合は水をメインとし、水の持つ成分に傷の治癒や体力の回復効果を新たに付与するため、サブに薬草を選ぶのだ。
そしてもう一つ。
調合を始める前に、選んだ素材を合わせた場合何が出来るかをステータス画面に表示させることが出来る。
つまり、いきなり調合してわけのわからない物が生まれたという事態を未然に防げるのだ。
俺は今自分が持っている物で調合した場合、どんな結果になるのかをステータス画面で確認する。
【メイン:ショートソード&サブ:ポイズンスライムの死体】
ポイズンソード:この剣で相手を斬りつけた際に、一定確率で相手を毒状態にする。
まあ、これは予想通りだ。
次だ。
【メイン:革の鎧&サブ:ポイズンスライムの死体】
毒の革鎧:装備者は毒状態になり徐々に体力が減っていく。
「自滅してんじゃねえか!」
次!
【メイン:木製の容器&サブ:ポイズンスライムの死体】
毒の容器:この容器に入れた物を体内に取り込んだ場合、取り込んだ者は毒状態になる。
「使えねえ!」
次! って、もう碌なのが残ってねえ⁈
「くそっ、何か、何かないか……⁈」
俺は脳が沸騰しそうなほどに回転させて今所持している物を頭の中にリストアップするが――
「駄目だ、もうほんとに何も持ってねえ……」
有効そうな物は何も残ってない……。調合した所でただ毒属性を付与して終わるだけだろう。
終わった――――――――――――――――
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――いや……まだだ。
「まだ……一番使えそうな素材が残ってるじゃねえか」
俺は最後の最後で見つけた素材を調合した場合の結果を見る。それは――
【メイン:霧島 雄二&サブ:ポイズンスライムの死体】
???:鑑定不能
「ははっ……スキルにもわからないか……。そりゃそうだよな、こんな馬鹿なことする奴いないだろうしな。でも――」
調合結果は不明。何ができるかはわからない。それは、死ぬ可能性はあるが――
「生き残る可能性もあるってことだろ!」
ポイズンスライムの肉体を構成するのは今俺の体内を巡ってる毒そのもの。なら、もし調合の結果、俺とポイズンスライムの肉体が混ざれば今俺の肉体を蝕んでいる奴の毒は効果を発揮しなくなる。当然だ。なんせ俺自身が今体を蝕んでる毒そのものになるんだからな!
やることは決まった。後は実行あるのみ。
俺はポイズンスライムの死体に触れている指先を深く潜り込ませる。そこでついに俺の体は動かなくなった。本当の限界だ。
だが、少しでもポイズンスライムの死体に触れていれば問題ない。
唯一の懸念は調合の際に消費する魔力が足りるかだが……。何せ魔物を使うのなんて初めてだからな。どうなるか全くわからん。
まあ、こればかりは俺の魔力が足りてることを祈るしかない。
後は調合を始めるだけなのだが……その直前、俺の視界にまたもあれが目に入った。
今は体の感覚がほぼ完全に消えているため出来ないが、残っていたら間違いなく苦笑していただろう。
俺が死にそうになると必ず視界に入って来るそれは、砂や泥に塗れてもらった当初よりだいぶ汚れてしまっていた。だが俺にとっては今でもどんな宝石よりも輝いて見える。
それを見ただけで未知の領域に足を踏み入れること、人という存在から外れることになるかもしれないことに対する、心のどこかに僅かに残っていた恐怖は消えていた。
(例え人間じゃなくなったとしても後悔はない。生きて唯達を救いだす!)
迷う必要はない。
俺は目を閉じ、生き残るために必要な一歩を踏み出した。