1 勇者? 残念、奴隷でした
今日中にあと数話投稿します。
「うぅ……」
途切れていた意識が回復し目を開けると、自分がうつ伏せに倒れていることがわかった。
起き上がり周囲を見渡して見ると、俺と同じ様に呻き声を上げながら他の生徒達が体を起こしている所だった。
何があったんだと、状況を確認するために視線を巡らせてみると、どうやらここは教室じゃないことがわかった。俺達は周囲を大理石の壁や柱に囲まれた大広間の様な場所にいる。そしてなにやらゲームでしか見ない神官の様な服装をした怪しさ満点の人物達が俺達を丸く囲む様に立っていた。
明らかな異常事態に何か嫌な予感を感じると共に冷や汗が噴き出てくるが、今は下手に動かない方がよさそうだ。
俺が様子見に徹していると、周りにいた生徒達が起き上がり周囲の状況に気付くと口々に話だす。
「どこだここ?」
「何だよあいつら……? てか、俺ら学校にいたよな?」
「ちょっと、誰か説明してよ!」
「教師は何してんだよ!」
訳がわからない状況と自分達を囲む正体不明の人物のせいで混乱と不安による喧騒が広まり収集がつかなくなるかと思われた時――
「静まらんか!」
神官服を着た人物達の奥から怒鳴り声が聞こえて来た。
突然の怒鳴り声に驚いたことで一時的に喧騒が収まると、全員が声のした方に顔を向ける。
そこにはやけにでかい、いかにも玉座といった椅子に座っている中世ヨーロッパの貴族が着ていそうな豪華な服装に身を包んだ中年男性と、その傍に佇むローブの様な物を身に着けた爺さん。さらにその周囲には全身を鎧で包んだ兵士の格好をした男達がいた。
「全く、これだから教養のない野蛮人共は……」
ローブの爺さんが機嫌の悪そうな顔でグチグチと文句を垂れている。
どうやらさっき怒鳴ったのはこいつの様だ。ていうか、何いきなり失礼なことを言ってくれてんだこの爺。
案の定、俺の周りにいる生徒の何人かから文句を言う奴が出て来た。
「はあ⁈ ふざけんな爺! てか、ここどこだよ⁈」
「何勝手なこと抜かしてんだ⁈」
「そうだ! 誰でもいいから早く説明しろよ!」
クラスでも血気盛んな男子生徒がいきなり自分達を馬鹿にした爺さんに怒鳴りかかる。
彼らの様に怒鳴り声を上げることはないが他の生徒達も皆同じ思いだろう。突然見ず知らずの場所で目を覚ましたと思ったら周りは怪しげな格好をした連中に囲まれているのだ。混乱と恐怖に苛まれているところに罵倒されれば感情を制御出来ずに怒りに駆られても仕方がない。
「……静まれと言っている」
またも喧騒が広がり始めた時、爺の隣で玉座に座っていた中年男性が静かだが低く良く通る声を発した。
その瞬間、突然全身の至る所に立っていることが出来なくなる程の激痛が走り出した。
「うぐああああああああ⁈」
な、何だ⁈
いきなり襲い掛かって来た全身を鈍器で殴りつけられた様な痛みに、平衡感覚が狂わされ床に倒れ伏してのたうち回る。
歯を食いしばって必死に痛みに耐えようともがいていると、どうやら俺以外の生徒達もこの痛みに襲われている様でそこら中から痛みに泣き叫ぶ声が聞こえる。
「ああああああ⁈」
「いてえ⁈ いてえよお⁈」
「いやああああああ⁈ 誰か助けてええ!」
「何なのよぉ! やめてよおお⁈」
何とか周りの様子を見てみると全員床に蹲っている。
実際には十秒程だったのだろうが俺にとっては永遠に感じられた時間が過ぎると、何事もなかったかの様に地獄の様な痛みはスッと引いて行った。
「⁈ はあっ、はあっ、はあっ!」
息も絶え絶えになりながら、何とか身体を起こし四つん這いになって呼吸を整える。
「くそったれ……⁈」
訳がわからない現象に襲われ混乱が収まらないが、一先ず他の奴らは無事か確認する。
周りには俺と同じ様に四つん這いになって息を整えていたり、仰向けになったまま起き上がれなくなっている者もいる。女子には泣いてしまっている者もいるが全員無事の様だ。
その中で幼馴染の姿を見つけたので四つん這いのまま這うように近づいて行く。
「唯! 大丈夫か?」
「はあっ、はあっ! んっ、ユウくん? すうーはあー……うん、何とか」
唯もかなり苦しそうだったが何とか呼吸を整えることは出来た様だ。
なるべく声を潜めて俺達は会話を進める。
「何だったんだろう……?」
「わからん。いきなり激痛が襲ってきたと思ったら急に引いていったしな……」
考えた所で分かる訳がないのだが、唯とさっきの現象について話していると俺達の方にそろりと近づいて来る複数の影があった。
「……二人とも大丈夫か?」
「あっ! 皆は大丈夫だった?」
そこにいたのは誠、鈴音、雪。いつものメンバーだった。
どうやら俺達が合流したのをみて三人も集まってきたらしい。
「ああ、こっちは大丈夫だ。ちくしょう、いきなり何なんだありゃあ……?」
「とんでもない激痛だったけど、一先ずはそっちも無事みたいね」
「……とても不快」
取り敢えず仲間の安否が確認できたのはよかった。だが、皆さっきの出来事を思い出し、眉根を寄せて不快気な顔をしている。……雪だけははっきり口に出していたが。
「少しは頭も冷えたか?」
仲間の安否の確認が終わった頃、玉座に座った男が声を発した。
俺達が男に注目すると、俺達を睥睨する様にジロリと見渡した後話し始めた。
「また騒ぎ出す様ならもう一度先程の痛みを味合わせてやろう。これから貴様らの状況について説明してやる故、貴様らは黙って私の話を聞いていればよい。わかったな?」
さっきの痛みはどうやらこいつが原因らしいことと、あまりにも傲慢な物言いに頭が沸騰しそうになるが、今は現状を確認するのが大事だと何とか心を落ち着かせる。
他の生徒も逆らうと危険だと思ったのか歯軋りしながらも堪えている。
その様子に満足そうな顔をすると男は続きを話し出した。
「まず、私の名はゼド二ア・フォン・ヴォルガラード。我がヴォルガラード帝国の皇帝である。そして貴様らは二ヶ月後に始まる王国との戦争、その後の魔人領にいる魔族の殲滅の際に勇者として戦ってもらうために我らが召喚した。質問はあるか?」
皇帝と名乗った男から説明された内容に、当然だが咄嗟に理解が追い付かないのか周りの生徒達は呆然としている。俺だって一瞬呆けてしまった。
(帝国、召喚、魔族、おまけに勇者だと?)
まるで本当にゲームの世界に紛れ込んだんじゃないかと錯覚しそうになる単語が次々飛び出してきた。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
やがて皇帝の台詞の意味に理解が追い付いたのか、男子生徒の一人が大声を張り上げた。
「何さっきから勝手なこと抜かしてんだ! 召喚だの戦争だの訳わかんねえこと言いやがって! 何で俺らがてめえらのために戦争しなきゃなんねえんだよ⁈」
「そうだ! お前らの都合なんか知るかよ! さっさと俺達を家に帰せよ!」
最初の男子生徒を皮切りに何人かが皇帝に対して抗議する。
彼らの言っていることは最もなのだが俺は嫌な予感を感じていた。そして、それはすぐに的中することになる。
「……黙れ」
皇帝が一言発した、ただそれだけで――
「「「⁈ ぐあああああああ!」」」
それまで抗議の声を上げていた数人の男子達がまたも正体不明の激痛に襲われ床に倒れ伏した。
自分も抗議しようと口を開きかけていた他の生徒はその様子を見て顔を青褪めさせている。
「学習しない奴らだ。私は騒ぐ様ならもう一度痛みを味合わせると言ったはずだが? そもそも貴様らに拒否権はない。自分の首を確かめてみろ」
首? 首が何だというんだ。
一先ず言われた通り自分の首に触れてみると何か金属質な感触に指が触れた。
何だこれ……?
「貴様らの首に嵌っているそれは奴隷の首輪だ。召喚して意識を失っている間にこちらの方で着けさせてもらった。それを身に着けている者は主の命令に逆らうことが出来なくなり、もし逆らえばそこで痛みに呻いている馬鹿共の様に激痛を味わうことになる。わかったか? 貴様らは私の命令を聞くしかないということだ」
俺達は皇帝の台詞とついさっき身を持って体験した痛みを思い出して絶句してしまった。
「安心するがいい。王国との戦争に勝利し、魔人領を制圧すれば貴様らは元の世界に帰してやろう」
『元の世界に帰してやる』。その言葉を聞いた生徒達は、絶望に染まっていた表情に僅かだが希望を灯した。
だが、そのためには王国との戦争、さらに魔人領とやらを制圧しなければならない。そんなのどう考えても俺達には不可能だ。
こいつらの言う戦争とやらが俺達が思い浮かべる様な武器を持って殺し合うものだとしたら、俺達の様な一般人などすぐに殺されてしまう。
俺達を召喚したとか言っているこいつらはそこら辺を理解しているのだろうか?
「ちょっと待ってください!」
俺が懸念を思い浮かべていると、すぐ傍から声を上げる者がいた。
聞き慣れた声にギョッとしてそちらを見ると、思った通りそれは鈴音の声だった。
真剣な顔で皇帝を見つめている彼女の姿を見て愛たちも驚き、次いで痛みに呻いている男子達を思い出して顔を青褪めさせた。誠など恋人の危険な行動にこれ以上ない程動揺している。
だが、鈴音はそんな俺達の様子などお構いなしに話し続ける。
「私達は何の力も持たない一般人です! いきなり戦争に参加しろと言われてもすぐに殺されてしまいます!」
鈴音が言ったことはまさに俺がついさっきまで懸念していたことだった。
他の連中も鈴音の発言で気付いたのか、みな一様に不安そうな顔になる。
「そのことなら問題ない」
何が問題ないだこのオヤジ。まさか俺達を肉壁にでもするつもりじゃないだろうな?
思わず嫌な想像をしてしまったがどうやらそうではない様だ。
「文献によれば、異界より召喚された勇者は超常の力を授かるらしい。貴様らにも何らかの力が備わっているはずだ。ステータスと念じてみよ」
(ステータスって……マジでゲームかよ)
胡散臭い思いを抱きながら一先ず言われた通りに念じてみる。
周りの生徒達も疑わし気な表情になりながらも皇帝の言うことに従って念じ始めた。
(ステータス)
心の中でそう唱えた瞬間、目の前に四角いウィンドウが現れ、その中にいかにもゲーム内で使われる様なステータスが表示された。
その内容を見てみると。
名前:霧島 雄二
種族:人間
職業:調合師(奴隷)
LV:1
体力:20
魔力:20
攻撃:20
防御:20
魔功:20
魔防:20
敏捷:20
魔法:――
スキル:鑑定、調合、言語理解
「確認したか? ステータスには自分の名前や職業の他にそれぞれの能力が数値で表されているはずだ」
確かに皇帝の言った通りステータスには様々な能力が表示されていた。一部不快な表示があるが、おそらくそれはこの首輪のせいだろう。まあ、それはそれとして……
(この数値はどれだけ凄いんだ? 皇帝は超常の力を授かるとか言ってたが、見た感じそうは思えんが……。それに調合師って……明らかに支援職だよな? どうやって戦うんだよ?)
ゲームの様な自分のステータスを見て一時的に危機感を忘れたのか、周りにいる生徒から聞こえて来る「すげえ!」だの「本当に表示されてる!」だの「やった! 俺戦士だって!」という興奮した声を聞き流しながら考えに耽っていると、不意に肩を叩く者がいた。
ん? と視線を向けると唯が俺の方を見ていた。
「ユウくんのステータスはどんなだった?」
どうやら他の人のステータスが気になる様だ。ちょうどいい。俺も自分のステータスがどれくらい凄いのか気になっていた所だ。唯のステータスを見せてもらって比較してみよう。
「他の奴のと比べてみないと何とも言えんな。唯のを見せてくれ」
「うん。いいよ」
そう言うと唯は自分のステータスを出して俺に見せてくれた。
その内容はと言うと――
名前:源 唯
種族:人間
職業:治癒術師(奴隷)
LV:1
体力:100
魔力:250
攻撃:50
防御:50
魔功:50
魔防:150
敏捷:100
魔法:回復魔法
スキル:魔力回復速度上昇、消費魔力軽減、全属性耐性、状態異常無効、言語理解
「……」
「ユウくん? どうかした?」
「え? あ、ああ。いや……」
……俺の目がおかしいのか? 全ての能力に置いて俺とは随分差がある様な……てか、桁が違うんですけど……。
魔力なんか俺の十倍以上あるぞ……。い、いや、まだ唯のステータスを見ただけだし全員がこうだとは限らない!
「何か変だった?」
俺が黙っているのが不思議だったのか、唯が怪訝そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「いや……」
「雄二、唯。二人ともステータス見た?」
俺が何とも言えず口ごもっていると自分のステータスの確認が終わった鈴音達がやってきた。
「うん。私は治癒術師だって!」
「へえ、確かに唯には似合ってるわね」
「えへへ、そうかな? みんなはどうだったの?」
何とも癒される笑顔で唯が問いかけると、三人はそれぞれのステータスを表示して俺達に見せてくれた。
名前:天野 誠
種族:人間
職業:勇者(奴隷)
LV:1
体力:150
魔力:150
攻撃:150
防御:150
魔功:150
魔防:150
敏捷:150
魔法:光魔法、
スキル:剣術、身体強化、全属性耐性、状態異常無効、言語理解
名前:琴峰 鈴音
種族:人間
職業:召喚士(奴隷)
LV:1
体力:100
魔力:200
攻撃:100
防御:100
魔功:100
魔防:100
敏捷:150
魔法:召喚魔法
スキル:使い魔契約、使い魔強化、全属性耐性、状態異常無効、言語理解
名前:雪白 雪
種族:人間
職業:暗殺者(奴隷)
LV:1
体力:150
魔力:50
攻撃:150
防御:100
魔功:100
魔防:100
敏捷:250
魔法:――
スキル:短剣術、身体強化、全属性耐性、状態異常無効、言語理解
「……」
あまりにも無慈悲な現実にもはや言葉が出なかった。
「わ~! みんなすごいねえ! 鈴音ちゃんも雪ちゃんもかっこいい職業だね! それに誠君が勇者ってぴったりだよ!」
唯がすぐ近くで何やら無邪気に驚いているがそれすら耳に入らない。
「召喚士って言われてもあまりピンとこないわね……」
「……何で暗殺者」
「奴隷の勇者だけどな……」
唯の反応に反して三人はどことなく不満そうだ。
俺からすれば三人とも凄まじく恵まれているんだが……。
「そういえば雄二はどうなんだ?」
「そういえばまだ見てないわね」
「……気になる」
「あっ、そうだよ! ユウくんのも見せて!」
くっ、俺のことなぞ忘れていればいいものを。
仕方ない……。
「……見たいか?」
俺のどんよりとした異様な雰囲気を感じとったのか、四人が若干引き気味になりながらもなんとか頷いた。
そうか……ならば見せようじゃないか!
そうして俺は自分のステータスを表示して四人に見せた。
「「「「……」」」」
俺のステータスを見た四人は何とも気まずそうな顔になりながら視線を泳がせている。
おい、目を逸らすな。
「えっと……支援職って大事よね!」
「あ、ああ! 前衛だけじゃ不安だからな!」
「……不憫」
「い、いいことあるよ!」
取って付けた様な慰めが辛い……。かといって雪の様にはっきり言われるのも心にグサグサ来るが……。あと、いいことってなんでしょう唯さん?
「全員ステータスの確認は終わったようだな」
俺が自分のステータスに項垂れていると、今は特に聞きたくなかった皇帝の声が聞こえた。
「戦争の期日は迫っている。貴様らにはさっそく明日から訓練へと入ってもらう。戦争までに使い物になって貰わなければならんからな」
いちいち癇に障る言い方をする奴だ。
腹が立つが今の俺達には大人しく従うしか生きる方法がないので黙って話を聞くことにする。
「これから貴様らの訓練を担当する者を紹介する」
皇帝がそう言うと、脇に並んでいた兵士の一人が前に進み出て自己紹介を始めた。
「俺の名はデミット・ローレン。帝国軍第三軍団隊長だ。これから戦争が始まるまでお前らの戦闘訓練に関しては俺の部隊が面倒を見ることになった。せいぜい死なない様に必死になることだな」
金の短髪に精悍な顔立ちをした三十代程の男性だった。かなりのイケメンなので本来ならさぞ女にモテそうだが、口調が無駄に高圧的で偉そうなことと、周りの奴らと同じ様に俺達を見下しているためか醜悪な表情になっている。
そのため周りにいる女子は心を奪われることもなく、みな一様にうざったそうな顔をしている。
デミットとかいう奴の自己紹介が終わり元の位置に下がると、皇帝が口を開いた。
「今日の所はここまでだ。明日からの訓練に備えて体を休めるがいい。おい、こいつらを部屋まで連れて行ってやれ」
そう言い残すと皇帝は玉座から立ち上がりこの場を出て行った。
残された俺達の方に兵士が近づいて来ると、付いて来るように促されたので俺達は渋々ながらも黙って付いて行く。すでに騒ぎ立てる生徒は誰もいなかった。それも当然かもしれない。周りが武装した敵だらけというのもあるが、逆らえばまたあの激痛を味合わされるかもしれないのだ。すでにトラウマになっている者もいるかもしれない。大人しくする以外にないだろう。
「私達どうなるんだろう……?」
「……さあな」
隣を歩いている唯が不安気に寄り添って聞いてくるが俺にだってこの先どうなるかなんてわかるはずもない。
俺は一緒に歩いている周りの生徒達を見渡す。
不安に怯える者。
互いの手を握って恐怖に耐える者。
お互いのステータスについて話し合う者。
もしかしたらこの中にいる誰かが死ぬことになるかもしれない。あるいは全員で生きて元の世界に戻れるかもしれない。一つ言えるのはここにいる誰にもこの先に待ち受ける未来はわからないということだ。
俺は脳裏に浮かんだ嫌な可能性を打ち消す様に頭を振り、兵士の案内に従って廊下を歩いて行く。
こうして、今日俺達は勇者と呼ばれる奴隷となった。