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人外勇者の魔調合  作者: 木ノ下
15/31

13 王国騎士団VS霧島 雄二

 私の名は、王国軍第一騎士団団長グラハム・アインバーグ。

 王国を愛し、国に剣と命を捧げた騎士の一人である。

 騎士になってからの私は常に王国の繁栄と平和のため、騎士団長となってからはさらに部下の模範となるべく厳しく己を律して来た。

 今回も来るべき帝国との戦争で王国に勝利を捧げるため、己は勿論のこと、部下の一人一人に至るまで日々の訓練と体調管理に目を光らせ、万全の態勢で開戦を迎えられる様に備えていた。

 だが、帝国との戦争まで二ヶ月を切った頃。王国に帝国が勇者召喚を行ったという知らせが届いた。

 その報を聞いた私は王国の戦力だけでは勝機はないと判断し、陛下が人道に悖ることを良しとしない方だということを理解しつつも、帝国に対抗するためには王国も勇者召喚をするべきだと進言した。そして、陛下は私の進言を聞き入れ、王国も勇者召喚の儀式に取り掛かることを承認してくださった。

 これで王国に希望が生まれ、国が存続する未来への道が新たに生まれた。

 ――そう思っていた。


「……」


 考えに耽っている間、ずっと閉じていた目を開けてゆっくりと周囲を見渡す。

 ここは大陸を横断するバロール山脈に接する大森林。その大森林の入口から進んで十分程の場所にある周囲の木々がまばらで開けた広場。

 その広場の一角に、まだ十代の少年達が地面に座り込んで先程から大声で馬鹿話をしている姿がある。今も誰かが面白いことでも言ったのか大口を開けて大笑いしていた。

 彼らこそが王国が召喚し、誰もが王国の救世主となることを期待していた勇者。そして……その期待を粉々に打ち砕いた勇者だ。

 彼らを召喚して二日目の夜。その時点で私は過去最大級の後悔に襲われた。

 初日は彼らも大人しかった。陛下の話を素直に聞き、その上で全員が戦争参加の意思を示してくれた。その時、その場に集まっていた城に勤める者達の喜び様は凄まじかった。みなが笑顔になり、口々に『これで王国は救われる!』と、そう叫んでいる者は少なくなかった。

 私とて叫びはしなかったものの、心の中ではそう思い喜んでいた。

 その日は勇者達も色々混乱して疲れただろうということで休んでもらい、翌日から訓練を開始することになった。

 だが、二日目の訓練時間になっても彼らは現れなかった。来たのは真面目そうな印象を受ける眼鏡をかけたおさげの少女、エリ・シライ殿だけだった。勇者達の中で唯一の女性でもある。

 他の勇者達はどうしたのかと思い、使いを走らせた結果、全員いまだ就寝中だと知らせを受けた。

 その時点ですでに昼だったのだが慣れない環境ということで疲れが溜まっているのだろうと、僅かに眉を顰めながらも納得していた。

 だが、文句を言う勇者達を何とか宥めながら訓練場に集めていざ指導を始めても、彼らは私や他の騎士の言うことに全く耳を貸さずに好き勝手に武器を漁り始めた。そのまま型や体捌きなど何も考えていない子供同士のチャンバラの様に武器を振り回し始めたのを見兼ねて注意して止めようとすると、今度は不貞腐れたのか武器を放り出して城内に戻って行った。

 どこに行ったのかと部下と手分けして探し始めると、彼らはあろうことか城の金庫に押し入り、そこに保管されている宝石や貨幣などの国民の血税からなる国の財産を漁って勝手に持ち出し始めた。流石に看過出来なくなり取り押さえて厳重注意しようとしたのだが、その時彼らは『文句があるなら戦争には参加しねえぞ!』と……我らに向かってそう言ったのだ。

 その言葉で私は悟った……。

 彼らは最初から王国のために戦ってくれるつもりなどなかったのだと。ただ、王国の弱みに付け込んで己の欲望を満たしたいだけだったのだと。

 それからも彼らの傍若無人な振る舞いは続いた。

 訓練には参加せず、城から出れば騒ぎを起こし、最悪なことに姫様や城のメイドを手籠めにしようとしたこともあった。

 彼らの行いを目にした騎士や貴族が陛下に勇者を国から追放する様直談判することもあった。

 しかも、勇者に対する非難は城内だけではない。王都に暮らす住民からも勇者の被害に遭った者達から不満の声が殺到している。

 だが、陛下は苦々しい表情になりながらも『これ以上道理に悖ることは出来ない!』と、頑として首を縦に振ることはなかった。

 国を想うなら勇者をこのままにしていていいはずがないが……私に陛下を責める権利はない。勇者召喚を進言したのは他でもない私自身なのだから。

 何故こうなる可能性に思い至らなかったのだと今でも後悔している。私は――いや、私だけではなかった。みなが勇者という肩書を聞いて無条件で全員が善人だと勝手に信じ込んでしまっていたのだ。そのせいなのか誰も私を責める様なことは言わなかったのだが……いっそ思い切り罵ってくれた方が気が楽になったかもしれない。

 私はせめてもの償いにと思い、勇者達の王都からの追放が叶わないならば出来る限り勇者達の悪行を抑えて民への被害を減らし、訓練に参加させて王都から出来る限り離そうと知恵を絞った。

 そうして辿り着いた結論は、勇者全員と同時に決闘をして私が勝利した場合、私の指示に従ってもらうというものだった。

 決闘に参加させることはそれ程難しいことではなかった。

 彼らはエリ殿を除いて全員血の気の多い性格の様なので、少し挑発的に声をかければあっさりと乗って来た。

 その結果、彼らを王都から引き離してこの森にまで連れて来ることに成功した。

 決闘に負けてもまだ逆らおうとした者もいたが、私が提示した条件を呑んだのは彼ら自身だ。これならば多少強引な手段に出ても陛下も文句は言わないだろうと、文句を垂れていた勇者は縛り上げて連れて来た。

 そして、王都から馬車に乗って数日かけて着いたこの森で訓練を開始したのだが……初日からいきなり問題が発生した。

 実際に魔物を相手にすれば命の危険があるということで、最初の頃は彼らも少しは真面目に私達の話を聞いていた。

 だが、ここは所詮森の外周部であり、森の奥深くに生息する魔物に比べて一段も二段もレベルが低い。そのため、腐っても勇者である彼らはすぐにこの辺の魔物に関しては慣れてしまう。

 その結果、彼らは調子に乗り始めて『弱すぎてつまらん!』だのと文句を言い始めた。

 その中でも特に私達に反感を持っていた三人組の少年が少し目を離した隙に勝手にこの拠点を離れて森の奥に進んでしまったのだ。それだけならまだしも、彼らはエリ殿まで連れて行ってしまった。

 エリ殿の性格から考えて指示を無視して行動するというのは考えにくい。おそらく勝手に森の奥に進んだ三人組に無理やり連れて行かれたのだろう。

 それに気付いた私はすぐに部下を向かわせ、いなくなった四人を捜索させたのだが――


「団長っ!」


 その時、ちょうど森に探しに行っていた部下達が戻って来た。だが、エリ殿達の姿がない。

 しかも、全員血相を変えて私の元に走って来る。……嫌な予感がするな。


「見つかったか?」

「それが……見つかりはしたのですが」


 何? 見つけたのか? それにしては歯切れが悪いが……まさか――


「実は――」


 部下の様子からある程度予想出来たが……やはり思った通りだった。

 報告では独断で森に入った勇者はおそらく魔物に襲われ死亡していたとのことだ。

 私はその報告を聞き苦い表情になるが――報告にはまだ続きがあった。


「ですが、何故かエリ殿の死体だけが見つかりません」

「何? どういうことだ?」


 現場の状況を見た部下の話では男達は一人が頭蓋骨を破壊され、残りの二人は焼跡から頭部をおそらく火魔法で吹き飛ばされて殺されていたらしい。

 だが、三人の死体の周囲には何故かエリ殿の死体だけが見つからないとのことだ。

 手分けして周辺を探ってみたのだが結局見つからず、一度調査を中止して報告のため戻って来たらしい。


「それに……三人の殺され方も不自然です」

「ああ」


 確かに魔物に殺されたにしては現場の状況はおかしい。

 断面の焼跡から考えると頭部を吹き飛ばしたというのはファイアウルフの使う火球位しか考えられんが……仮にそうだとしても、もう一人の頭蓋骨を破壊された方に関してはファイアウルフではあり得ない。

 ファイアウルフは獲物を襲う際に火球以外なら噛み殺すか両足の爪で切り裂いて仕留めるのが常套手段だ。頭蓋骨を破壊するなど、この森では奥深くに生息しているオーガか……せいぜいオーク位しか出来る魔物はいないはずだ。

 ファイアウルフとどちらかの魔物が一緒に勇者を襲ったと言うなら現場の状況を再現することは出来るだろうが……それはあり得ん。

 種族の違う魔物同士が徒党を組んで同じ獲物を狙うなど聞いたことがないし、仮にあったとしても仕留めた後の獲物の奪い合いが間違いなく起こる。だと言うのに、現場には魔物が入り乱れた様な戦闘の形跡が全くない上に死体も荒されることなく放置されている。おまけにエリ殿は行方不明。

 今回の件は不可解な点が多すぎる……。


「……呑気な物ですね」

「ん?」


 私が思考に沈んでいると、隣に立っている部下が馬鹿笑いしている勇者達の方を見て眉を顰めて嫌そうに呟いた。


「仲間が突然いなくなったというのに、何も気にならないのでしょうか……?」

「そうだな……」


 部下の視線を追い、私も勇者達の様子を窺う。

 彼らには仲間が殺されたということは伏せて、一先ず行方不明になったとだけ伝えてあるが……全く心配する素振りすら見せなかった。

 それどころか彼らを心配して気遣いにいった騎士に対して『んなこといいからさっさと王都に帰せよ!』などと……本当にどうしようもない。

 もはや我々の中で彼らに期待している者はいない。全員厄介者を見る様な目だ。

 だが、そんな騎士達も……私も含めてエリ殿だけは別だ。

 彼女だけは王国の危機を知ると心から心配し、戦うことに時折不安気な様子を見せながらも訓練に積極的に参加して我々と良好な関係を築こうとしてくれた。

 愛らしい容姿に真剣な表情を浮かべて頑張る姿に惹かれ、男の比率が高い騎士団の中で彼女のファンクラブが出来ているのに驚いたことは記憶に新しい。

 そのことに気付いた当初はどうしたものかと困ったが、騎士達の士気が上がるならいいかと黙認していた。

 だからこそ、周りで行方不明になった彼女のことを心配している部下達のためにもエリ殿をなんとしてでも見つけ出したいのだが……。


「はあ……」


 知らず知らずのうちにため息が漏れる。

 何も手掛かりがない上に人手が足りない状態で、この広大な森の中から人ひとりを探し出すのは容易なことではない。

 せめて生きていることだけでも確認したい。そう思い、今後の方針について会議をするために周囲の部下達を集めようと口を開いた――その瞬間。


「っ……⁈」


 我々が集まっている一帯に向けて、木々に覆われた森の一角から突如凄まじい殺気が放たれた。

 今まで生きて来た中でも経験したことのない圧倒的な殺意を感じ、気付いた時には剣を抜き放って殺意の出所に向けて構えを取っていた。

 周りの部下達は尋常ではない殺意に武器を構えるどころではなく、全身を振るえ上がらせ硬直している。

 殺気の出所の割と付近に座り込んでいた勇者達など、顔面蒼白になりながら歯をカチカチと打ち鳴らしている上に腰を抜かしているのか立ち上がることも出来ていない。

 まともに動けそうなのが自分だけということに内心舌打ちをしそうになっていると、暫しの間があってから藪を掻き分けて殺意の元が姿を現した。

 その瞬間、この場を満たす殺意が物理的な重さすら感じそうな圧力となって我々に襲い掛かり、それだけで近くにいた勇者は全員失神してしまった。

 私は全身から噴き出す汗を感じながら、この場に現れた者の全身を観察する。

 小さめのマントを羽織り、腰だけを布で隠された肉体は浅黒い肌に覆われ、所々に薄らと輝く紫色のラインを走らせていた。そんな人に有らざる肉体は、無駄な脂肪など一切ない、見るからに引き締まった鋼の様な筋肉に覆われている。ゆっくりと視線を上げていった先にある紫の髪を持つ頭部は、どこか人の面影を感じるものの決して普通の人間ではあり得ない特徴を持っていた。剣呑に細められた紫の瞳が発する鋭く危険な眼光。肉食獣の様に鋭利な牙の覗く口。そして、額から天へと伸びる二本の角。

 それらがこの存在が魔の者に属することを如実に表していた。

 一見オーガの様に見える。だが、一瞬浮かんだその予想は即座にあり得ないと否定する。目の前にいるのはオーガなどという枠に収めていい存在ではない。

 人の様な姿をしながらも、決して人ではあり得ない……その姿は、まるで――


「魔、人……?」


 部下の一人がそう呟いた。

 その呟きは、おそらくこの場にいる私を含めた全ての騎士の思いを代弁した物だろう。

 もっとも、私もこの場にいる部下達も本物の魔人族を目にしたことがある訳ではない。城の書庫に残された文献に記された魔人に関する内容と、目の前の男の姿を見てそう思ったに過ぎないが……彼が言わなければ私が口に出していたかもしれない。

 男の姿と全身から発される迫力に気圧されていると、決して大きな声ではなかったはずの部下の呟きが聞こえたのか、目の前の男が片眉を上げながら声を発した部下に怪訝そうな目を向けた。

 すると、目を向けられた部下は「ひっ」と声を漏らしてその場に膝を付いてしまった。

 その姿を情けないとは思わない。

 それなりの修羅場を潜り抜け、騎士団長を名乗っている私ですら気を抜けば一瞬で呑まれそうな気配を放たれているのだ。これ程の強者と相対した経験の少ない騎士ではあの男に意識を向けられるだけでも立っているのは難しいだろう。気を失わないだけ大したものだ。

 そんな部下達の様子を横目で窺いながら、男から発される明らかに格上の気配にこちらから迂闊に動くことを躊躇っていると――


「ふむ……お前がグラハムとかいう奴か?」

「っ⁈」


 さっきからこの場にいる者達の様子を窺っていると思ったら、男は私の所で目を止めると、驚いたことに人の言葉を使って名を呼んで来た。

 周りの部下達からも驚愕している気配が伝わってくる。

 咄嗟のことにすぐに口を開くことが出来ずにいると、男は全身から発せられる圧力を緩め、再度問いかけて来た。


「……あんたがグラハムか?」

「っ……ああ、そうだ……貴様は何者だ?」


 私の質問に男は困った様に頭を掻くと、この場の全員が看過出来ない発言をした。


「悪いが、それは言えん。それと……王国の勇者である白井 恵理は俺の方で預かっている」

「なっ⁈」


 男が言った名前は間違いなくエリ殿の本名だ。その彼女をこの男が預かっているだと?


「貴様! エリ殿をどうするつもりだ⁈」

「返答次第ではタダでは済まさんぞ!」

「彼女は無事なのか⁈」

「みな武器を取れ! エリ殿を救うぞ!」


 こいつら……。

 男から発せられる圧力が弱まっているのもあるだろうが、エリ殿の名前が出た途端元気になりおって……。

 私だけでなく目の前の男まで呆気に取られているじゃないか。

 男は数瞬の間ポカンとした後、苦笑して話し出した。……どうもさっきから仕草や表情がやけに人間臭い。


「心配するな。彼女は無事だし、この先も危害を与えるつもりはない」


 それを聞いた部下達は完璧には信じていないだろうが一先ず安堵の息を吐いているが……この先、だと……?


「まて、貴様はエリ殿をどうするつもりだ? 我々の元に返す気はないということか?」


 この男の言い方では、この先もエリ殿をこちらに返す気はない様に聞こえる。それに……この男がエリ殿を預かっているというなら――


「彼女と一緒にいた勇者を殺したのは貴様か……?」


 私の質問に周囲の部下達に緊張が走る。その様子をチラリと見た後、男は――


「ああ、あの三人は俺が殺した」


 平然と自分の行為を認めた。さらに――


「それと、彼女をすぐにお前らの元に返す気はない」


 男がそう言った瞬間、周囲の部下達から男に向けて一斉に殺気が立ち上る。

 まったく……勇者が殺されたと言われた時はそれ程反応しなかったくせに、エリ殿のことになるとこれか……。

 まあ、かく言う私も剣の柄を握り直して本気の殺気と闘気を男に向けて放っているのだがな。

 だが――


「ふむ……」


 我々全員から殺気を向けられているにも関わらず男は平然としていた。それどころか微かに笑みすら浮かべている。


「俺の方も王国の騎士とやらがどれ程の実力者か確かめたかった所だ。掛かってこい」


 言い終わると同時に、男によって意図的に抑えられていた殺意による凄まじい圧力が爆発的に膨れ上がり、再び我々に向けられた。

 だが、不意打ちだった最初とは違う。今度は部下達も心構えが出来ていたのか、冷や汗を流しながらも全員武器を構えて男を包囲する様に動き始めた。

 男は自分がどんどん包囲されていくにも関わらず、微動だにせずにその様子を眺めている。

 見ようによっては強者特有の傲慢に思えるが……この男に限ってはそうは思えない。纏う雰囲気が男の態度を当然のものとして周囲に認識させているかの様だ。正直に言って我々の勝機は薄い。だが――


「エリ殿の居場所を吐いてもらうぞ」


 彼女の情報を持っている者が自分からやって来たのだ。ここでみすみす逃す訳にはいかない。

 私の指示を待っている部下達に目で合図を送る。

 指示を受けた部下達は周囲の者とさらに視線でタイミングを計り、次の瞬間――


「「「「ぜああああ!」」」」


 前後左右から男の逃げ場をなくすように四人の騎士が襲い掛かる。

 元々の身体能力に加え、スキルによってステータスを上昇させた部下達は数メートルの間合いなどなかったかの様に一瞬で男との距離を詰める。

 肉薄した部下達はお互いの邪魔にならない様に大振りの攻撃を避け、小さく鋭く、速さと正確さを重視した攻撃を一斉に繰り出す。

 逃げ場のない斬撃を繰り出された男は成す統べなく剣の餌食に――


 ギイイィィィィンッ!


 ならなかった。


「「「「っ⁈」」」」


 本来なら肉を切り裂き血飛沫が舞う音が聞こえて来るはずが、騎士の剣をまともに受けた男の肉体からは、まるで金属同士を打ち合わせたかの様な硬質な音が響き渡り、逆に部下達の剣が弾き返される結果となった。

 その様な結果になるなどまるで予想していなかった部下達は、武器を弾き返された勢いで完全に体勢を崩し体を泳がせていた。


「まずい⁈ 離れろっ!」


 咄嗟に注意を飛ばすが、例え聞こえていたとしても今の彼らではすぐに行動に移すことは出来ない。

 その隙をあの男が見逃すはずがない。

 男は目の前にいる騎士の額に、中指を親指に引っ掛け、たわめた状態の右手を持っていき――


 バヂンッ!


 たわめた中指を騎士の額目掛けて弾いた。


「ぐああっ⁈」


 ただのデコピン。それだけで、額に受けた騎士は数メートルの距離を吹き飛ばされ地面を転がされた。


「ふんっ!」


 男は、仲間がただのデコピンで吹き飛ばされた様を唖然として見ていた左側にいる騎士の脇腹目掛けて右足を振り上げる。


「がっ⁈」


 油断していた騎士はまともに男の蹴りを喰らう。さらに――


「ぐげっ⁈」

「おごっ⁈」


 最初の騎士を右足に捕らえたまま一回転し、背後と右側にいた騎士二人を巻き込んで最終的には三人まとめて蹴り飛ばした。

 あっと言う間に四人の騎士を無力化した男は足を地面に戻し、スッと目を細めて私を視線の先に捉えたと思った瞬間――男の右腕がぶれた。


「っ⁈」


 全身を走り抜ける悪寒。私は直感に従い剣を正面に構える。


 ギイィィィン!


「ぐうう⁈」


 構えた剣に伝わった凄まじい衝撃で無理やり体が後方に下げられた。足を踏ん張り体を止め、顔を上げて今の衝撃を生んだ原因だろう男を見る。

 すると、男はいつの間にか腰に提げていたショートソードを引き抜いて右手に構えていた。その刀身は毒々しい紫色に染まっている。

 どうやらあの剣から斬撃を放って来た様だが……全く動きが見えないとは恐れ入る。

 地面には斬撃の威力を示すように足を引き摺った場所に轍の様な物が出来ていた。

 表面上は何でもない様に取り繕いながらも内心で冷や汗を浮かべていると、男は感心した様な表情になって話しかけて来た。


「今のはそれなりに本気だったんだが……大したもんだ」

「……それはこっちの台詞だ」


 私の方は全く余裕がないのだが、男は明らかにまだまだ余力を残している。

 私の他にもまだ戦闘可能な騎士達がいるが……この男が相手では数秒も持ち堪えることは出来ないだろう。


「お前達は倒れた者達を介抱しろ。あの男は私がやる」


 私の指示を聞いた部下達は悔しそうな顔になりながらも倒れた騎士達の介抱に向かう。

 自分達ではまともに太刀打ち出来ないと理解しているのだろう。

 悔しくとも自分に出来ることと出来ないことを判断し行動できる彼らは優秀であるということに間違いない。

 彼らの分も私が働かなくてはな……。

 部下達とのやり取りの間、攻撃するでもなくジッと待っていた男に向き直る。


「仕切り直しといきたいが……何故攻撃しなかった?」

「ん?」


 部下と話している隙に追撃を仕掛けなかった理由を聞いたのだが――男は少し考える素振りを見せた後。


「ああ……俺は別にあんた達を殺しに来た訳じゃない。ただ、どれ位の実力者なのか知りたかっただけだ」


 やはり……薄々感じていたがこの男は初めから私達を殺す気はなかったか。その割に最初は途轍もない殺気を放っていたがな……。


「大体わかったから俺はそろそろ戻ろうと思うんだが……そういう訳にはいかなそうだな?」

「当然だ」


 正直帰ってくれるなら私としてもそうしてもらいたい……だが、仮にも王国の勇者を殺し、エリ殿の情報を持っているこいつをこのまま逃がす訳にはいかん。


「行くぞ」

「ああ、いつでもかか――っ⁈」


 私は男が言い終わる前に〈縮地〉を使い、数メートルの距離を一瞬で詰めて男の背後に移動。振り向き様に袈裟懸けに斬り下ろす。


 ガギイイィン!


「ちいっ……!」

「驚いた……」


 流石だ……。

 完璧なタイミングだったはずだが、男は瞬時に私の位置を捉えて正確に私の剣を防いでみせた。

 だが、これで終わりではない。


「はあああああ!」


 ガガガガガガガッ!


 振り下ろし、薙ぎ払い、斬り上げ、突き。

 男に反撃の隙を与えない様、速く鋭く、それでいて決して軽くはない斬撃を怒涛の勢いで叩き込む。

 部下達との戦闘を見る限り、男の肉体の強度なら私の剣を生身で受け止めるかと思ったのだが……どうやら私が刀身に纏わせている魔力に気付いた様だ。

 常に維持することは出来ないものの、私は一瞬だけ自分の武器に魔力を纏わせることで鉄すら両断する程に切れ味を上げることが出来る。

 もし、この男が直接体で剣を受け止めようとすればそれで勝負は付いた。仮に男の持つショートソードで防がれても武器ごと両断出来るはずだった。だが、結果は両断すること敵わず、色は不気味なものの、どう見ても量産品である男のショートソードに私の剣は完璧に防がれた。

 それが意味することは一つ。

 目を細めて男の武器を観察し感覚を研ぎ澄ます――――思った通り、この男も武器に自身の魔力を纏わせて強度を上げている。

 しかも、私の様に一瞬ではない。この男は常時魔力を纏わせている。

 魔力の直接操作はスキルでは手に入れることが出来ない。そのため魔力操作の精度は完全にその者の力量次第となる。

 体内に存在する魔力の感覚を感じ取ることは誰でも出来る。そのため、人によって速さは異なるが魔法を発動させるために体の一点に集中させることは難しいことではない。

 だが、その魔力が一歩体外に出た途端、体内で感じていた魔力の感覚は一切失われてしまうため、自在に操作することは困難を極める。

 私も長年の研鑽によって、ようやく一時的にでも体外で魔力を操作、維持することが可能となったのだ。

 その一時的な魔力操作ですら一時の油断もならない集中力を必要とするというのに、目の前の男は平然と魔力を操作し続けている。

 あれだけの膂力を誇っておきながら、さらに魔力操作の技量まで常人ではたどり着けない境地に達しているとは……。

 召喚された勇者は恩恵によってかなりの技量を持つと言われているが、この男は勇者どころか人ですらない。一体何者なのか……。


「シィッ!」


 男の正体を推測しながらも集中を切らさず、鋭い呼気と共に数え切れない程の斬撃を僅か数秒の間に絶え間なく繰り出しているが、いまだに致命となる一撃は与えられていない。

 凄まじい強さだ。だが、勝機がない訳ではない。


「っ⁈ ちっ……!」


 この瞬間まで続いてきた攻防を見る限り、男は私の攻撃を防ぎ続けることに集中し、反撃に出る程の余裕はない様だ。

 時折、連撃の合間を縫ってショートソードを突き込もうとして来るが、武器のリーチでは圧倒的に男の方が不利なことと、反撃の動作に移ろうとした瞬間に私が邪魔する様に武器の軌道を変えて男に襲い掛かるので、やむなく武器を引き戻して防御に徹している。

 部下達との戦闘を見てもわかるが単純な膂力に関してはこちらが圧倒的に劣っている。

 だが、純粋な剣技や駆け引きの経験に関しては私の方に分がある様だ。ならば私にも勝機はある。


「はあっ!」

「ぬんっ!」


 焦れた様子を見せた男が強引に突き込んで来たショートソードを躱し、振り上げた剣を完全に伸ばされた腕の先にあるショートソードの腹に叩き込む。


 ギイィィン!


 完璧に捉えた私の剣は、鈍く甲高い音を響かせながら男の手からショートソードを弾き飛ばした。


「っ⁈」


 男は目を見開き、弾き飛ばされたショートソードを一瞬目で追う。それは、一秒にも満たないほんの僅かな隙。だが、それだけでも数々の戦場を潜り抜けて来た私にとっては充分だった。


「ぜあああっ!」


 今こそが最大の好機。

 握る剣の柄に渾身の力を籠め、躊躇うことなく全体重を乗せた全力の振り下ろしを叩き込む。


 ザンッ!


「……」


 確かな手応え。魔力を纏った私の剣は何の抵抗もなく男の肉体を切り裂くことに成功した。

 場には静寂が満ちている。

 周りの部下も、目の前の男も、私自身も、誰も何も声を発しない

 ゆっくりと残心を解き、確実に仕留めたはずの男の様子を窺う。

 男の胴体には私の剣の軌跡を示すように、肩口から腰にかけて深く斬り込まれた一本の痕が刻まれている。そこから血の代わりに紫色の液体が溢れ――


「むっ⁈」


 私は咄嗟にその場を飛び退き、男から数メートルの距離を取る。

 違和感を感じる頬に手をやると、ぬるりとした血が附着した。流れている量からしてそれなりに深く刻まれている様だが……この場で私に攻撃を加える者など一人しかいない。

 信じられない思いを抱きながら顔を上げて前を見ると……なんと、確実に仕留めたと思っていた男が右手を手刀の形にして前に突き出している姿があった。

 おそらく突き出された腕の先にある爪にでも斬られたのだろう。

 普通なら致命傷どころか即死でもおかしくない深手を負っているにも関わらず、まだ動けることにも驚いたが――


「……⁈」


 それ以上に驚愕すべき光景が目の前で繰り広げられていた。

 私だけでなく、それを目にした周囲の部下達も唖然としているのが空気だけでも伝わってくる。

 我々の視線の先に立つ男の体に斜めに走る一本の線。ついさっき私自身の手で深く刻み込んだ傷の周囲の肉がボコボコと膨れ上がったかと思うと、僅か数秒であっと言う間に傷口を修復し、傷など最初からなかったかのように元の綺麗な肉体へと戻っていた。


「馬鹿な……⁈」


 スライムなどの特殊な肉体構造をした魔物以外で、あれだけの再生能力を持った魔物など聞いたことがない。

 信じられない光景に誰もが動けずにいると、男は何度か傷のあった場所を撫でて完治したことを確認し、視線を上げて私を見る。


「凄いな……力だけじゃ積み重ねて来た経験には劣るってことか」


 男の声音からは本気で私の技術を称賛していることが伝わってくるが……今は素直に喜べる状況ではない。

 あれ程の実力を持った男が、さらに強力な再生能力まで持っているなど……悪夢以外の何物でもない。


「さて、今度こそ本当に終わりだ。俺は帰らせてもらおう」


 男は私に一言だけ断りを入れて、弾き飛ばされたショートソードを拾いに向かう。


「っ⁈ 待て! まだ終わってはっ、がっ……⁈ な、何だ⁈」


 こちらを侮っているのか、背を向けて勝手に帰ろうとしている男に剣を構え直して斬りかかろうとした瞬間、何の前触れもなく突然眩暈に襲われると同時に足元もおぼつかなくなり、その場に膝を付いてしまった。


「無駄だ。終わりだって言ったろう?」

「き、貴様……何をした?」


 男はショートソードを腰の鞘に収め、剣を握る力も入らなくなっている私に向き直る。


「俺の体は自由に毒を分泌出来る様になっててな。あんたの体内に入れさせてもらった。ああ、心配しなくていいぞ。濃度は薄くしてあるから死にはしない」


 毒だと? 一体いつの間に――


「……!」


 そこでハッとなり、ついさっき男に付けられた頬の傷に思い至った。


(あの時かっ……⁈)


 圧倒的な膂力。武器を通さぬ皮膚。常識外の技術。強力な再生能力。さらには自在に分泌される毒。

 私を見下ろす男の多彩な能力の数々に圧倒され、無意識のうちにゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込む。


「まあ、念の為だ……そらっ」


 そう言うと、男はマントの裏から何か容器の様な物を取り出し、私から少し離れた地面の上に転がして来た。


「解毒薬だ。必要だったら使え。それと……」


 何で魔物が解毒薬を持っているんだとか、何故それをわざわざ私に寄越すのかと、頭が疑問に埋め尽くされそうになっている所に――


「王国を守りたいならもう暫くそこの勇者の手綱をしっかり握っていることだな」


 男は気絶している勇者を呆れた様な表情で一瞥し、さらにこちらが混乱するようなことを言って来た。

 何故この男が王国のことを気にする?


「じゃあな」


 それだけ言うと、用事は済んだとばかりに今度こそ私達に背を向けて森の中に一足で跳び込み消えていった。


「団長! 大丈夫ですか⁈」


 暫く男の消えた方向を呆然と見ていると、倒された騎士の介抱を命じていた部下達が駆け寄って来た。


「ああ……大丈夫だ。毒を入れられた頬以外、特に外傷はない」

「すぐに隊を編成して追っ手を出しますか?」

「止めておけ。元々人数が少ないのに奴の追っ手に人手を割けば、この拠点を見張る者に……そこで気絶している勇者達を護衛する者がいなくなる。それに、追った所で奴には敵わん……もし執拗に追いかけた結果、奴の気が変わって本気で殺しにかかってきたら我々は間違いなく全滅する」

「では、エリ殿は……?」

「残念だが……」

「くっ……」


 部下は悔しさやら情けなさやらに表情を歪めているが、悲嘆するにはまだ早い。

 信用する訳にはいかないが、あの男の口ぶりからはすぐにエリ殿をどうこうするつもりはない様だ。しかも、わざわざそれを報告するために我々の元に単身で現れた。

 何より、情報を吐かせるため襲い掛かった我々を誰一人殺すことなく見逃した上に、自分で毒の状態異常にしておきながらわざわざ解毒薬を寄越す様な奴だ。

 正体は全くの不明だが、奴が普通の魔物の様に本能ではなく理性で動く限り、まだエリ殿を奪還する機会はある。


「悪いが、そこの解毒薬を取ってくれ」

「え? ああ……ですが、偽物かもしれませんよ? わざわざあれを使わなくても城の保管庫から持って来た解毒薬がありますし。もし、今度こそ致死性の毒だったら……」

「あの男なら簡単に私を殺すことが出来たのだ。わざわざそんな回りくどいことはせんだろう」

「……わかりました。ですが、念の為鑑定の使える者に確認してもらってからです」

「ああ、わかった」


 心配性な部下が解毒薬が入った容器を持って鑑定で調べるために離れて行く。どうやらもう暫く体のだるさをを我慢することになりそうだ。

 私は膝を付いた状態で周囲の状況を確認する。

 奴と戦わず被害に遭わなかった者達が協力して気絶した勇者達を運んでいる姿が目に映った。


『王国を守りたいならもう暫くそこの勇者の手綱をしっかり握っていることだな』


 去り際に男の言った台詞が脳裏を過る。

 私だってあの男にわざわざ言われなくともそんなことはわかっている。

 出来ることなら他の騎士や貴族達が言うように勇者を王国から追放したい。だが、それは出来ない。

 元々私が勇者召喚を進言したということや陛下が首を縦に振らないという理由もある。

 だが、仮に勇者を王国から追放したとしても問題が生まれるのだ。

 国を追放されれば彼らに残された道は近隣の村か街、またはどこか別の国へと向かって生計を立てるか、あるいは盗賊にでも身を落して旅人や商人などを襲って日々の糧を得ることになるだろう。

 彼らの性格や王都での振る舞いから考えて、まともな方法で地道に生活費を稼ごうとするとは思えん。平気で何の罪もない人々に襲い掛かり、金も命も女も手当たり次第に奪おうとするに決まっている。

 質が悪いのは、例え賞金首になって指名手配されたとしても滅多なことではやられない実力を持っていることだ。今までは訓練をサボっていたため大した力は持っていなかったが、今日の実戦訓練だけでそれなりにレベルが上がり、すでに部隊長クラスに匹敵する程のステータスを得てしまった。このまま成長すればいずれ私でも手に負えなくなる。

 そして、考えられる中でもっとも最悪なのが、自分達を追放した王国に対して恨みを持った勇者達が報復を仕掛けて来ることだ。

 彼らは一人一人が尋常ではない能力を持つ。

 例え少数でも、限界まで上げたステータスを引っ提げて王国に襲撃をかけて来たら、大量の被害が出るばかりかそのまま王国を乗っ取られかねない。


「はあ……」


 彼らが王国のために戦争で戦ってくれることはもはや期待していない。ならばこれ以上余計な力を身に付けさせないために放置しておくことが一番ではある。

 だが、訓練でも何でも……何かしらの建前で彼らを連れ出さなければ、王都に野放しにしたことで民衆の間にどれだけ被害が出るかわかったものではない。

 勇者をこのまま抱え込めば内部から国を荒され、国外に追放すれば外から王国を破壊される可能性を生む。

 どちらを選んでも碌な結果にならないことに心労がどんどん溜まっていく。以前よりも確実に溜息の数も増えた。

 陛下の命があれば、私は即座に勇者達の命を奪う覚悟はある。だが、陛下は決してそれを許さないだろう……。


(いっそのこと――)


 脳裏についさっき戦った、私ですら及ばない強さを持った男の姿が過る。

 我々が出来ないなら、あの男が勇者達を――


「……!」


 ハッとして頭を振り、今の考えを追い払う。


(何を考えているのだ私は……)


 どうやら気付かないうちに相当精神的に追い詰められていたらしい。


「くそっ……」


 悪態を吐きながら顔を上げると、鑑定に行っていた部下が戻って来る姿が見えた。

 部下の姿をぼんやりと眺めながら今後のことを考えるとまたも深い溜息が漏れる。

 勇者を三人失い、一人は行方不明。さらに人語を解する正体不明の魔物。

 城に戻ってから報告することになるだろう内容と、緩やかに破滅へと向かっている王国を憂いながら、一先ずは体の毒を何とかしようと部下を待つ。






「ただいま白井さん」

「霧島君!」


 枝から枝へと跳び移りながら移動を続け、白井さんに隠れてもらっていた茂みの近くに降り立つと、俺を見つけた白井さんが血相を変えながら物凄い勢いで迫って来た。


「怪我は⁈ 怪我は大丈夫なんですか⁈」


 おおう? 何だ? やけに心配されてるな……。


「ああ、大丈夫だ」


 俺はどこにも怪我をしていないことを示すために全身を白井さんに見せた。


「え? あ、あれ? 確かに斬られたはずじゃ……? 遠目だったから見間違えたんでしょうか……?」


 ああ、そういうことか。そういえば白井さんにはまだ俺の持ってるスキルのことは教えてなかったな。

 俺は〈増殖〉のスキルがあるから普通にしてたが、何も知らない人だったら仲間がザックリ斬られた場面を見て冷静でいられるはずがないか。普通だったらあれで死んでる程の一撃だったからな。


「ああ、それは――」


 俺が自分の持ってるスキルの一部を簡単に説明すると、聞き終わった白井さんは両目をまん丸に見開いて驚いていた。


「そんなスキルまで持っているんですか……。なんかもう色々と凄過ぎて何て言えばいいのか……斬られたのを見た瞬間、霧島君に面倒事を頼んだのをこれ以上ない位後悔しましたよ」

「まあ、心配かけて悪かった」

「いえ。それにしても……ステータスを見て強いんだろうなとは思ってましたけど、霧島君ってあんなに強かったんですね。あれだけの実力があるならもう充分な気がしますけど……」

「いや、これじゃあまだ足りない。騎士団長クラスが相手でも負けることはないとわかったが、このスキルがなかったら危なかったのも事実だ。騎士団長はまだ他に三人いるんだろ? そいつらと他の騎士をまとめて相手にしても圧勝出来る位にならないとな」

「そう、ですね……」


 白井さんは俺の意見に神妙な顔になって頷く。

 実際、俺達がやろうとしていることを考えれば一国の騎士団だろうが兵団だろうがまとめて相手に出来る力を身に付けなければ達成出来ないのだ。

 限られた時間の中でどこまで高みにいけるか……。

 考えてる暇があったらさっさと行動に移すべきだな。


「バロール山脈の方に移動しよう。ないとは思うが追手を差し向けて来てたら面倒だ」

「はい」


 白井さんが俺の背中に乗ったことを確認し、すぐにその場を離れようとしたのだが……ふと気になったことがあり、つい訪ねてしまった。


「なあ、白井さん……」

「はい? なんですか?」

「少し気になったんだけどさ……何でそこまで頑張れるんだ?」

「?」


 白井さんは質問の意味がよくわかっていなさそうに首を傾げている。

 まあ、俺も言葉が足りなかったか。


「いや、なんて言うか……王国の現状は確かに大変だし気の毒だとは思うけど……言っちゃなんだが白井さんにとっては全く関係ないことだろ? 俺みたいに仲間が囚われてるならまだわかるが、そういう訳でもないし」

「……」

「勇者達を召喚したこととか、それによって受けてる被害も元をたどれば王国の問題な訳で、白井さんはあくまで被害者だろ? なのに、何でそこまで王国のために頑張れるんだろうって思ってな……」

「……」

「……いや、すまん。変なこと聞いたな……」


 俺の背で黙ってしまった白井さんの様子に、不快な思いをさせてしまったかと後悔しかけた、その直後――


「ふふっ……」


 微かに白井さんの笑い声が聞こえた。


「白井さん?」

「あっ、ごめんなさい」

「……嫌なこと聞いたか?」

「いえ、そういう訳ではないんです。でも、そうですね……」


 白井さんは少し思案した後――


「理由は秘密ということで」


 肩越しに白井さんの顔を見ると、口元に人差し指を当ててどこか悪戯っぽい表情でそう答えた。

 まあ、本人が秘密と言うならこれ以上は聞かないが……それよりも、白井さんの幼げな顔立ちに似合わずどこか大人っぽい雰囲気に不覚にもドキリとさせられてしまったことの方が気になってしまった。

 ……そう言えばこの人の方が俺より一つ年上だったな。

 俺は白井さんの表情に気を取られたことを悟られたくなくてすぐに顔を前に戻した――が、


「ふふっ」


 ……どうやらすでにバレていた様だ。

 気にしていてもあれなので、俺は無理やり白井さんから意識を外すことにした。

 余計な話を切り出して時間を無駄にしたのは俺だが、今度こそ本当に移動しよう。


「いくぞ」

「はい」


 俺は白井さんを背負い直して遙か遠くに霞んで見えるバロール山脈目指して駆け出した。


 明日もう一話投稿します。

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