第47話
「さて、レイフィ。なぜ私が君をここに残したのかわかるかい?」
アルベールはレイガ達が出ていくのを見送り、部屋に戻ってくると自らの娘であるところのハーフエルフ……レイフィに問うた。
「あの男に復讐するため?」
レイフィはそんなことを宣う。
それを聞き、アルベールは思わず動きを止めてしまった。と同時に自らの娘の愚かさに、そして自分のこれまでの教育に軽く絶望した。
「レイフィ……」
自分とてエルフの中でもそれなりの家格の家に生まれた。
商人として大商人と呼ばれるまでに上り詰めた。それ故の見栄か、家族には贅沢をさせてきた。
レイフィが帝立魔術学園に通いたいと言えば通わせた。
貴族や富豪が集まるパーティーに行きたいと言われれば連れて行った。その時に着るドレスが欲しいと言われれば自分の古くからの友人である服飾職人に頼んだ。
それも全て、娘が可愛かったから。そして幸せになってもらいたかったからだ。
だが、そのせいで娘はこんな風に……自らの価値観が、自らの価値観のみが正しいというように育ってしまった。
上の息子がよく育ったがために、娘も大丈夫だと、そう思ってしまったのが悪かったのか。
商才に優れるアルベールですらもその答えは出せなかった。
「それは違う。本当になんでここに残されたのかわからないのかい?」
「だからあの男に……」
「そんな訳が無いだろう!
第一、あの男?あの男だと?いい加減にしたまえ!」
アルベールは声を荒げた。
傍から見れば興奮しているように見えるだろう。だが、アルベールは自分の中では、ひどく頭が冷えているような錯覚を覚えていた。
「君が、妙な疑いを掛けた相手は正真正銘のSSSランク冒険者だ!新たな英雄だ!私達商人なら誰もが関係を持ちたいと思うような存在だ!
どうせ見た目で判断したのだろう。
それを抜きにしてもだ。彼は冒険者ギルドの帝国本部長からの紹介状を持ってきた。それを奪ったもの?ギルドカードは偽造?どこからそんな発想が湧く!?
しかも奪ったとしたと言うことは帝国本部長の印章があったのを確認したのだろう?なら、何故気付かない。冒険者ギルドの帝国本部長が自ら紹介状を書くなんて余程の高ランク冒険者だと。それから奪うなど不可能だと」
「それ以前に。
なぜ見た目で判断した?見た目から年齢がわからない種族など大勢居るだろう」
「だ、だって……完全に人間だったし」
「レイフィ。君は彼のなにを見てそう言った?目か?耳か?
君は彼の背中でも見たことがあるのか?」
「私はね、レイフィ。
本来、良好な関係を築けたであろう彼との出会いを潰されたことは然程気にしていないんだ。ああ、いや、これは1人の人間としてだが。勿論、商人としては痛いし、商業ギルドとしては大問題だが。
私がね。今一番怒っているのは彼に……龍人である彼にあらぬ疑いを掛け刃を向けたことなんだ」
「りゅ、龍人……」
レイフィの顔が初めて歪んだ。
人間……かつて、レイガが冒険者登録をしたギルドの受付嬢ティエラはレイガの龍人という種族を聞いて反応を示さなかった。だが、これは住んでいた場所柄も関係していた上に、彼女が純粋な人間だからだろう。
しかし、エルフまたはハーフエルフにおいて龍人というのは人間よりもその存在は大きいものなのだ。
基本的に、エルフ種というのは長命だ。エルフ種の中でも一番寿命の短いハーフエルフでもその寿命は150年。ハイエルフとなれば2000年、精霊に愛されればその二倍に。エンシェントエルフに関してはほぼ無限とも言える命を持っている。それ故に、かつての龍人が成した偉業を正しく後世に伝えているのだ。
そして、エルフは精霊と共に龍人を崇め、祈るである。
「レイフィ。ミスは誰にでもある。
だが、今回は見過ごせないよ。君のしたことは先祖への冒涜にもあたる。
なにより、商業ギルドとしても許せないことだ。
よって、君のギルド職員としての資格を永久に剥奪。
さらに、リンドルフ森林ルーツ集落統括氏族ラトラス家次男アルベールの名において、レイフィ・ラトラスに【朧の虚】にて修業を課す。期間は40年間だ」
【朧の虚】というのはラトラスの故郷に存在する一種の牢獄だ。
そこでの修業とは、なにもしないということ。光の差さないそこで一日一回の質素な食事の他になにも与えられない生活を送る。ただそれだけ。本来なら百年単位で与えられる罰ではあるが、レイフィはハーフエルフ故に40年という期間であった。
エルフに於ける、精霊、先祖……そして龍人の冒涜はなによりも重罪である。
◇◆◇◆◇
翌日
「坊主!見取り図と家具類のデザインを持ってきた!」
「早くないですか?」
「気にするない!これだけの大仕事だ!やる気にならずにいられるかってんだ」
レイガ達の泊まる宿【龍の寝台】。
そこのロビー横のラウンジでレイガは昨日会ったばかりのゾルグに紙の束を見せられていた。
「地上4階建て、地下2階建て。それとダンスホールも作ろうと思う。ただ、その分庭が小さくなっちまうが……」
「構いませんよ。ダンスホールを何に使うのかはわかりませんが。
それと……ですね。鍛冶場を備えた工房を作って貰いたいんですが」
「構わねぇが……坊主は鍛冶もやるのか?」
「ええまあ。嗜む程度には」
「嗜むねぇ……そんな簡単なもんじゃねぇんだがまあいい。金床やらはこっちで用意するか?」
「いえ、こっちで用意します」
「そうかい。ならいい。
それとだな……家を作るに当たって外側に塀も作るんだが……そこの材料は龍石なんか使わんほうがいい」
「どうしてです?」
「坊主……わからんのか?龍石ってのは本来希少な石なんだ。それを塀なんぞに使ってみろ。欲に目の眩んだやつらが砕いて持ってこうとしやがるぞ。そうそう砕けるとは思わんが……。建物は……まあ、外壁に塗装をするからいいけどよ」
「塗装ですか。なら、永続魔術でもかけた方がいいですかね」
「永続魔術って……んなもんお伽噺のなかにしか……おい、まさか」
「使えますよ。一応」
「なんで、冒険者なんぞしてるんだ坊主……永続魔術なんて使えんなら安全に稼ぐのくらい楽にできるだろうに」
「憧れません?冒険者」
「わからんでもないが……」
「とりあえず、家の間取りや外観は文句ないです。ただ……」
「ただ?」
「ベッドはもっと大きめにお願いします」
「なるほどなあ……坊主も男ってことか」
「どつき回しますよ」
「なんだ?そういう訳じゃねぇのか?」
「当たり前でしょう。寝相の問題ですよ、寝相の。
野営なんかしてるときは平気なんですが、ベッドで寝るとなぜかね」
あっちへゴロゴロ。こっちへゴロゴロ。
ベッドから落ちることは稀だが、目が覚めると落ちそうになっていたなんて心臓に悪い。
「まあ……それにかんしちゃなんとでもなる。
後は……デザイン自体に問題が無いのなら、内装もこれに近くする」
「大丈夫です」
そんな会話を朝から楽しんだ2人は最終的に昼間から酒場に繰り出すこととなる。




