第35話
「あ、それよりコレどうする?」
ものすごいボロを出したレイガは未だに寝続けている輝を指差して訊いた。それにしてもコレ呼ばわりとは……。
「どうする……とは?」
「んー、ここに放置するかどうかってところかな。連れていくとコレもクランに入れないといけないし…」
「それに問題があるんですか?」
「まあ……ある。
こう見えても結構有名だからさ、クランを作ったときに品位を下げるような人が居ると困るんだよ。
例えば、無意味に人を見下す奴とか彼我の差を計れず突っ込む奴とかね。
冒険者は失敗を繰り返すと仕事が無くなるんだよ。
それで、どうする?」
レイガは軽く説明すると、再び詩音達に訊く。
もっともらしいことを言っているが実際はレイガ個人が輝のことを嫌いというのが大部分を占めるだろう。
「ここに放置するとどうなりますか?」
「最善で無事、次点で少しの怪我、他は……まあ奴隷にされるか殺されるかだね。とくに…ジョブが見られたらマズイし、たまにオークジェネラルリーダーとかも出てくるからそれなりに危険だね」
「ジョブを見られたら?」
「コレのジョブは【蛮勇者】。
最初はそこそこの強さだけど、途中からはなんの恩恵も受けられないジョブだよ。まあ、そこまではいい。
ただね……このジョブを持っていると周りに不幸を撒き散らすって言われているんだ。だから嫌われている。いや、迫害されている。見付けたら殺せ。もし自分がそうなら自殺しろ。
そう言われるほどにね」
「………」
「まあ、このジョブは相当高位のスキルでないと見破れないんだけどね」
レイガはそう締めくくった。
「じゃあ……連れていくだけ連れて行って街で別れましょう」
「わかったよ」
そう言い、レイガは輝を起こす。
その後一悶着あったが詩音が納得させ、無事にラッシュブルクへと到着した。
だが、この後レイガを今までに無いほどに苛つかせる事件が起きた。
「ヴァレンシュタイン様!」
「依頼の完了報告をしにきたんだけど……なんかあった?」
レイガは併設された酒場スペースで何時にもまして殺気だってイライラしている冒険者たちを見ながら言った。しかも数人は鼻血を出し、床にはサラミやワインが散乱している。
「はい。そのことでお話が…」
「まだ帰って来んのか!私は暇ではないのだぞ!」
受付嬢がレイガに話をしようとしたところで奥の階段から醜く太った禿げ頭の醜い男が鎧を纏った騎士を伴って降りてきた。その醜い男は悪趣味なほどに装飾の施された服を着ている。
その男が降りてきた途端にギルド内の殺気が強くなる。
「(なるほど、アイツが原因か)」
レイガはそれを感知し、冒険者達の殺気の原因を悟る。
「ねぇ、結局話ってなに?
あの人関係かなぁ?」
レイガはカウンターに寄っ掛かりながら小声で受付嬢に訊く。いや、言葉の上では聞いているようだが、実際は確認の意図があってのことだろう。
「はい…あの…イケスカーネル子爵がヴァレンシュタイン様にお話があると…」
「ん?おい!貴様!」
受付嬢が答え終わるのとほぼ同時に豚男がレイガに気付き、ノシノシと歩いてくる。この時点でお帰り願いたいところだがレイガは耐える。
「貴様がヴァレンシュタインか?」
「そうですが……どなたでしょうか?」
レイガは丁寧に答える。
伊達にお坊ちゃんお嬢様が通う学校に通っていたわけではない。ここら辺の知識は授業で必須スキルとして覚えさせられている。
「そうか、貴様がヴァレンシュタインか。
ならば話が早い」
豚男は話を聞かず、話を進める。
「貴様の持っているアイテムを全て我が国……国王陛下に献上し、我が国に隷属せよ」
「は?」
「それと……そうだな。
後ろの女共も渡せ。陛下に献上するまえに毒見しておかねばな」
「は?」
レイガは豚男の言葉に動きを止め、思わずといった感じの声をだす。
「聴こえなかったのか?早くその武装や女を渡せ」
「……聞き間違えじゃないか」
レイガは豚男が再び言った言葉を聞き、呟く。
そして、問う。
「なぜか、お聞きしてもよろしいですか?」
「なに?……まあ、構わんだろう。
貴様のアイテムが優れているという話が世に出回っていてな、それを耳にされた陛下がご希望なさったのだ。
この国は全て陛下のものだ。つまり、貴様のそのアイテムも貴様も、その女達も全て陛下のものなのだ。
わかったらさっさと渡せ」
レイガの問いに豚男は醜い顔を歪めて……おそらく得意気な顔で答える。その答えとともに後ろの騎士連中も剣を抜き、軽く脅しを掛ける。
だが、その程度でどうこうなるとでも思っているのだろうか。
「なるほど……では……渡すわけねぇだろ、ボケが。
笑えねぇネタやってんじゃねぇよ、オーク野郎。なにが全て陛下のもの……だ。ふざけたこと抜かすな。
それに渡せ?何様だ、ハゲ。ああ、貴族様(笑)か」
レイガは今までの丁寧な口調とは一転して豚男へ口撃を浴びせる。
「き、貴様!何様のつもりだ!偉そうに!私は貴族だぞ!陛下の使いだぞ!騎士ども!やれ!」
豚男はレイガの言葉を聞き、唾を飛ばしながら命令する。
そんな豚男の様子とは裏腹にレイガはとあることを考えていた。
自分は何様なのか…と。簡単に言えば龍皇神様である。うん、でもそういうの合ってないよねぇ。それにそれ言ってもしょうがないし。ならなんだろう?龍皇様?うーん、どうなんだろう?みたいな感じで。
そして、暫定的に決めた。
「何様かって?……龍皇様かな」
騎士剣を構え斬りかかってくる騎士達をレイガは刀を抜くこともなく待つ。
「【穿魔・躯】」
レイガは呟き先頭に居た騎士の内側に入り込むと軽く指を折った右手を騎士の鎧へ当てる。
次の瞬間、騎士はヘルムの中から血を出し、倒れ伏す。それ見て後ろの騎士達は動きを止めた。
【穿魔・躯】。元は【穿魔】という魔力を利用し、相手の体に大穴を空け、絶命させることを目的としたレイガの技である。そして、【穿魔・躯】。この技は内部のみを破壊することを目的とした技である。その理論は浸透勁のようなもので、相手の体内に魔力を透し、破壊するというものだ。
「やるというのなら容赦はしないぞ?」
既に一人殺してからレイガは言う。
「無駄な殺しは性に合わないんだよ。死にたくなければ消えることを、おすすめするよ。さっさとしたほうがいい」
レイガはとある気配を感知しながら言う。
「ああ、やっぱ間に合わない」
その言葉と共に騎士二人の頭が爆ぜる。
「SSSランク冒険者【血濡れ】のハクアの到着だ」
レイガは生き残りの騎士達の後ろを見て言った。いつから居たのか、そこには白髪に赤い目をしたレイガと同じくらいの年齢の少女が居た。
「こんにちわ、レイガ。
コイツら……全員殺す?」
「いや、取り敢えず殺さないで。まだ居てもらわないと困るから」
「わかった」
「それより、どうしてここに?」
「レイガに会いたくなった。それに…勘が早くここに行けって叫んだ」
「なるほど、よくわかった」
レイガと少女─ハクアは人が死んだとは思えないほど和やかに話している。
「まあ、どちらにせよ俺も用事はあったんだよ。
それは、まあここでは言わないけどね」
「そう……」
「それより、コイツらをやらないとね。
さぁてと、なんかやらかしてくれたお陰でまた人が死んだよ」
レイガはハクアとの話を切り上げ、豚男の前に立つ。
「国王に伝えとけ。
『俺はテメェの所有物じゃない。次、ふざけたことしたら国ごと滅ぼす。それと俺たちにどのような形でもちょっかいかけるな』とな。
さっさと消えろ」
レイガはそう言うと脳内でとある誓約を立てる。『手配書等を含めたちょっかいを禁止する』と。それは自身への誓約ではなく、この国への誓約。それは破ることはできない。
「場所を変えようか。
シオンさん。彼に説明をしたらすぐに発つよ」
「え…」
「この国には居られない。元々腐ってた国っていうのは知ってたけどここまでとは思わなかったよ」
「……わかりました。………というわけで、私たちはヴァレンシュタインさんに着いていくわ。井出落くん、ここでお別れよ」
詩音はレイガの言葉を聞き、輝に声を掛ける。
この物わかりの良さは何故だろうか。いや、確実にアレのせいだろう。
「お別れ!?なんでだい!?」
「彼に着いていくからよ」
「なんで、彼についていくんだい?詩音達は僕と一緒に居るんだろう?」
「なんで、一緒に居ないといけないのかしら?
私たちは別に付き合ってたりするわけじゃないわ。
それに……その名前で呼ぶの止めて。虫酸がはしるわ」
「な、なんで……そ、そうか、ソイツに洗脳されたんだな!
貴様!詩音達になんてことを!」
詩音の言葉をどう解釈したらそうなるか、輝はレイガに掴み掛かろうとするがそれは出来ずに終わる。
「レイガ……殺していい?」
ハクアが輝の首にオレンジ色でルーンの刻まれたナイフをいつの間にか突きつけている。
「ダメ」
「なんで?」
「殺す価値もない。さっきの騎士以上に。無駄でしかないよ」
レイガは辛辣な評価を言い淀むことなく淡々と述べる。
「それじゃあ……もういいかな?」
「ええ、もう良いです。それで……どこに行くんですか?」
「それはお楽しみってことで……ハクア」
「わかった。……命拾いして良かったね」
ハクアは最後に輝にそう言い、レイガの方へ向かった。
そして、レイガの腕に自分の腕を絡ませる。
「…はぁ。それじゃあ行くよ」
「え…どうやっ「《転移》」
レイガはほのかの言葉を遮って魔法を発動する。
そして……レイガ達の姿はこの国から消えた。
ギルドに残ったのは輝と愚かな貴族達。そして、冒険者たちと職員。
暫くギルドを静寂が支配していた。
「さて、到着だね。
ここが【愛とワインと情熱と美の国】ヴェリタス帝国だ」
レイガは転移した場所の眼下に見える美しい街並みを指差して言う。
ここでレイガ達の新たな生活が始まる。




